33.加護を得る者、与える者
少しでも面白いと思って頂けたら幸いです。
精霊のことを悪く言えば、精霊から見放される。
精霊から見放されるということは、この国では国民扱いされなくとも仕方がないほどの罪悪だった。
産まれた時から精霊と共にあり、どれ程の恩恵を受けているか、この国の国民だあれば誰からも親より教わることだ。
たからこそ常日頃から精霊たちに感謝をし、加護の恩恵を得ている。
それ自体はレンシィも悪いものでは無いと思う。
精霊たちが人間に様々な恵を与えているのは事実だ。
土地を豊かにし、水や火を与え、更に便利さを授けてやる。
その事に胡座をかくわけでなく、きちんと感謝を忘れずにいるということは、精霊にとっては気持ちのいいものだ。
だがしかし、それが過度に影響されるのであれば話は別である。
精霊たちが告げてもいないことを勝手に「精霊の教えだ」と嘯き、なんの根拠もなく「精霊はこう思っているに違いない」と勝手に知ったかぶって解釈をする。
時に金儲けの道具にし、時に人を虐げる理由に使い、時に罪悪感の免罪符に掲げる。
そういったことを平然とやる人間が、どこからともなく現れるのだ。
そして何故か人々は、そういった人間の言葉を確証もなく信じてしまう。
他者を害することに、罪悪感などなくなるのだ。
言わばそれは、自分たちを貶めていると言える。
レンシィは精霊王の姿であるときから、そのような人間を酷く嫌っていた。
だからこそ「馬鹿らしい」と評価したのだ。
些細な生活魔法に大した価値などないと。
加護を受けることに、そこまで大層な価値などないと笑い飛ばした。
一個人の意見として。
しかしこの国は、そんな言葉すら許さないようだ。
「気をつけますわ、夫人。どうぞ今の言葉は聞かなかったことにしてくださいませ。何分、分別も未熟な子供ですの」
分別がつかない子供にこのような対応は出来ないだろう、と隣で成り行きを見守っていたクロノスは思う。
幼い子供であれば、自身の主張を押し通そうと更に不平不満を述べたり、教師の言葉を跳ね除けるだろう。
しかしレンシィはあっさりと引き下がり、無知な子供の主張なのだと嘯いて授業の続行を望んだ。
確かに子供なのだ。
そのためユースベル夫人は驚いてオロオロと狼狽えていたが、レンシィが引くことで咋に胸を撫で下ろしている。
ユースベル夫人の立場では、もしも公爵令嬢であるレンシィに食い下がられた場合、答えに窮しただろう。
クロノスはそっとレンシィを伺ったが、その雰囲気は先程精霊の加護を下らないと切って捨てた苛烈さなど微塵も感じられず、ただ授業の続きを待つ少女の姿しか無かった。
ユースベル夫人もそれを感じとったのだろう。
ホッとしたように息を吐くと、教科書のページを捲るように告げたのだった。
「では次に、精霊と聖女の関係について説明致しますわね」
ユースベル夫人がページを開き見せてきた教科書の中に、1枚の扉いっぱいを使って美しい絵が描かれているものだった。
薄紅色の長い髪をたなびかせ、空を見つめる金色の瞳の少女。
掲げた手の先にはいくつもの精霊が飛び交い、光を放っている。
そしてその少女の後ろから、彼女を慈しむようにそっと寄り添っている、一人の女性の姿。
神秘的とも言える絵に、しかしなぜだかレンシィは嫌な予感がした。
そしてそんな予感ほど、大抵当たるものなのだ。
「このケルトレイ国は世界の中でも特に精霊のお力を恵んでいただき、良き隣人として共に暮らしております。精霊と共に生き、精霊の加護を受ける中で、特に精霊たちから愛される方が稀に現れます。それは100年に一度の周期と言われておりますの。何故その周期で聖女が現れるかは分かっておりませんが、精霊の特別な導きによるものでしたら、私たちのような人間が理解するなど到底不可能なのかもしれません」
(……言い方が回りくどいわね……)
精霊のことを敬愛しているのは十分伝わってくるのだが、如何せん中身の説明が全く足りていない。
長々と話してはいるものの、分かった内容と言えば「何故か100年事に聖女が現れるよ」ということのみだ。
「聖女が降臨なさる場所は特定されておりません。時に王都の民の中から。時に地方の貴族の御嫡女と、その時々でお立場が違うと言われております。聖女だと判断なさるのは王都の王立教会にいらっしゃいます教皇様が宣言なさいます。聖女の候補となる条件は、光の精霊に加護を頂くことでございます」
あぁ、やっぱり……とレンシィは確信する。
手元の教科書に描かれている聖女の絵。
その少女の後ろにいるのはもしや。
「歴代の聖女は光の精霊、特に高位の精霊から加護を頂き、人々を光の袂へと導いたと言われております。初代聖女となりますアリア様は、なんと光の精霊王、レンシィ王より加護を与えられた最上位のお力を宿す御方と伝えられておりますのよ」
それがまさにこの教科書の絵なのだという。
教科書の記述によると、この初代聖女は光の精霊王の加護を得て、偉大なる力でこのケルトレイ王国に豊穣と安寧をもたらしたのだという。
そしてこの国の王族と結婚し、この国を護り続けたのだとか。
そのため、ケルトレイ王国の王族には初代聖女の血が流れており、光の精霊の恩恵を受けることが多いのだと。
王族はその光の精霊の恩恵をより深く得て、更に維持していくため、婚姻の相手は必ず光の精霊の加護を受けた者となると。
(…………なにかしらそれ……加護に血なんて関係ないと思うけど……)
精霊の意見として言わせてもらえば、その人間を精霊が気に入るか気に入らないかに血縁など関係ないだろうと思う。
魂の色や輝き、その子供の日頃の行いや性格、魔法の才能や強い願い、そういった「個々人の特性」に惹かれることが殆どだ。
そもそも血縁で気に入っていたら、どこに聖女が産まれるか分からないなんてことにもならないだろう。
どの家系から光の精霊の加護を得る者が出ることが多いか、すぐに分かってしまうだろうから。
そもそも精霊に義理などという感情は無い。気が向くか、気に入るか、気になるか。そういったもので動いており、ある意味どんな存在よりも素直だ。
その為「この人間が気に入ったからこいつの子孫も加護を与えてやろう」なんてことにはならない。王族に光の精霊の加護持ちが多いのはたまたまだろう。
それに何より、レンシィはその初代聖女という者に加護を与えた記憶がなかった。
今までに加護を与えた人間は3人だけで、その人間の子供たちのことはしっかりと覚えているはずなのに。
そして何より、加護を与えた愛しい子達が、どのような人生を歩んだか、そっと見守っていたというのに。
しかしまさか「本当に初代聖女は精霊王から加護を貰ったのですか?」などと聞けるはずもない。
レンシィはその語り継がれている精霊王本人だが、その聖女に本当に加護を与えていないのか、既に本人がいない以上、確かめることが出来ないからだ。
初代聖女本人は、きっと今頃はどこかで生まれ変わり、記憶など引き継ぐことなく今の生を送っているだろう。
それに真実を確かめたとしても、誰にも得など無いのだ。
レンシィ自身にすら。
(……まぁ名前を勝手に使われるのはあまり心地よくはないけれど……)
むーんと口をへの字に曲げて教科書を見つめる。
「100年に一度と申しましても勿論ピッタリではありません。前回聖女が現れてから既に100年となりますので、そろそろ新たな聖女が現れる頃。昨年は光の精霊の加護を受けたという報告はありませんでしたので、今年こそはと皆期待しておりますのよ」
毎年行われる加護の儀。
その年に10歳になる子供は全て、この加護の儀を受けることが義務付けられている。
貴族の子供は王城で、市井の子供はその地区にある精霊を祀った教会で。
これを守らなかった親は厳しく罰せられ、ともすれば王国に対する反逆罪となってしまうため、どんな家庭でも必ずこの儀は子供たちに受けさせるようにしていた。
そして光の精霊の加護を得ることが出来た子供は、すぐさま王宮が保護をする。
下位精霊だろうと、中位精霊だろうと、光の精霊は特別なのだそうだ。
「もし!今回光の精霊王に加護を受ける者が現れたりしたら!その時はこの国を上げてのお祝いとなるでしょう!やっぱり期待してしまいますわ!」
夫人が目をキラキラとさせて祈るように空を仰いで語る。
その姿を見上げながら、レンシィは苦笑いしか出なかった。
なぜなら今、その精霊王は、誰にも加護を与える気など全く無かったのだから。
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