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精霊王の優雅な悪役令嬢生活  作者: 泉 太月
攻略対象2人目、執事
31/47

30.二人目の「酷い現在」を修正!

少しでも楽しんで頂けたら幸いです!

あと2話(夢とヒロイン視点)で執事編は終了です






随分と涼しい風が吹く。

もうすぐ凍てつくような外気に変わってゆくのだろうひと時の穏やかな時期だ。


レンシィは閉じていた瞳をそっと開くと、こちらを不思議そうに覗き込んでくる2対の目と視線が合った。


「どうしたんですの?」


先程まで兄弟2人で何やら楽しそうに話していたはずだ。

目の前にはメイドが準備してくれたティーセット。

庭園で楽しみたいとお願いして、わざわざガゼボを整えてくれたのだ。

おかげで日に晒されることも無く、涼しい風を楽しみながらお気に入りの紅茶を飲めている。


3人で庭園を散策し、休憩がてら始めたティータイムに並んだ様々なスイーツに目を輝かせたのは、意外にもクロノスだった。

伯爵家ではテーブルマナーが厳しく躾られ、このようにスイーツを色とりどりに並べて口だけでなく目を楽しむということは出来なかったらしい。

同じく甘党であるアトラスがスイーツの説明をしつつ、紅茶を淹れる腕前を披露し、兄弟はレンシィの目の前で楽しそうに交流を深めていたはずだった。


だからその間に、グローリアたちがどうなったかをそっと見届けていたのだ。

どうやら上手くいったらしい。

満足し、目を開けたところで今に至る。


この、精霊たちの目を借りるという方法はとても便利なのだが、一つだけ難点なのが〝瞳を閉じなければいけない〟というところだ。

人間の身体は、同時に別々の場所を見ることは出来ない作りになっている。

精霊であった頃は同時に幾つも〝視る〟ことができたというのに、なんとも不便な生き物である。


「目を閉じて笑っていらっしゃったので、なにか楽しいことでもあったのかと思いまして」


いつもの表情で、しかしどこか興味があることを隠せていないアトラスが、レンシィの前に置かれたティーカップの中身を継ぎ足しながら答える。

それに「ありがとう」と答えて口に運び、その香ばしさに、ほぅ、と息をついた。


「ちょっと気になることがあってね。でももう大丈夫よ。何も心配することはなくなったわ」


静かに微笑んでソーサーにカップを置く姿は、とても8歳の幼子とは思えない。

その不思議な感覚に、クロノスとアトラスは言葉にできない感情がじんわりと内側に湧き出てくるのを感じた。

それはまだ幼すぎて、名前なんて分からない感情だった。


「……レンシィ様……貴方はどうして、僕を連れて行ってくださったのですか?」


アトラスが問うその声がよく届くように、一瞬だけ風が止んだように感じた。


その質問は、あの時。

レンシィと共に、ニルヴァーナ伯爵邸へと向かう時に、レンシィから告げられた言葉だ。


レンシィだけが行っても解決は出来るが、アトラスの心が報われないだろう、と。


だから共に行くぞと、半ば強引に連れていかれた。

そして今までずっと気になっていた異母兄弟と、初めて会うことが出来たのだ。

だが、アトラスは当然ながら、異母兄弟の事を気にしているなどという話をレンシィにしたことは無かった。

父親のことも、ニルヴァーナ家の事も、一切気にならないのだという態度を貫いてきたはずだ。

それなのに、いつ、どこでそのアトラスの気持ちに気付いたのか。


しかしレンシィはその質問に思わず笑ってしまった。


「だって貴方、私と何年共に居ると思っているの?産まれた時からなのよ?気づかないわけが無いわ」


町へ出かけた際の、道を往く兄弟を見る時の目。

クロノスが愛読している、兄弟揃って海賊になり海を冒険する小説。

何より時折遠くを見つめ、何かを感じ取ろうとしている仕草に含まれているのは何だろうと、気付いた時に、興味を持たないわけが無い。


アトラスが時折眉を顰めるように、マリアベルの昔話を聞いているのを知っていた。

それは聞くに耐えないマリアベルの過去に痛みを感じているのかと思ったが、よりその表情が深くなるのは異母兄が産まれたという話の部分だと気づく。

何よりあのニルヴァーナ〝元〟伯爵がグロウレン公爵家へと渡した手紙に、異母兄が亡くなったのだと書いてあった時の顔だ。

それは痛みを耐えるようなものだった。


「貴方は案外、分かりやすいということよ、アトラス」

「……全く意味が分かりません」


揶揄われたと感じたのか、若干アトラスの眉間に皺がよる。

珍しいものが見れたと、レンシィは喜んでくすくすと笑った。

そんな穏やかな光景を、クロノスはどこかうっとりとした顔で見つめている。


「貴方は私の乳兄弟。それなら、家族と同じだわ。私の家族は何の憂いもなくその生を楽しめるべきなのよ。話したことも無い兄弟に会えず終いなんて、ずっと心に残るじゃない。私はそんなこと許せないわ」


だから連れていったのだと告げられ、ポカンと口をあけたままだったアトラスへ、特大のクッキーを手に取りその口へと放り込んでやった。

いつもクールなその顔が、まるでハムスターのように頬を膨らました姿が妙におかしくて思い切り吹き出してしまう。


「それに、ねぇ?」


(……あの子は今、どこで何をしているのかすら分からないけれど……)


思い浮かべたのは、自分の半身とも言える存在。

いつも一緒にいた、大切な片割れである、美しい夜の闇のような子。


「兄弟は、仲が良いほうがいいに決まってるわ。些細なことですれ違って、互いを誤解したまま過ごすなんて、勿体ないと思わなくて?」


そう告げて、アトラスが淹れてくれた紅茶を口へ運ぶ。

アトラスはクロノスの方へ視線をやると、クロノスも丁度アトラスを見たところだった。


確かにあの時、レンシィがアトラスを連れて行ってくれなければ、アトラスはこの先ずっとクロノスに会う機会はなかったかもしれない。

いや、いつか会う機会があったとしても、このように穏やかな気持ちで、共に時間を過ごせることは無かっただろう。

クロノスもそれに気づき、まるで泣き出してしまいそうな顔で笑った。


「…………ありがとうございます」

「あら、何に対してのお礼かしら?」


アトラスの礼にそんな惚けた返事をするレンシィは、珍しくどこか年相応に、イタズラ好きな子供のように見えた。

先程の淑女然とした態度とはまるで違う。


「色々です」

「なんて曖昧なのかしら!」


呆れたようにレンシィが目を見開いてやれば、今度こそアトラスは笑ってしまった。

その口にレンシィは素早くケーキスタンドから手に取ったタルトを放り込んでやる。

1口大の大きさに焼かれているとはいえ、淑女ならば二口に分けて食べるものをそのまま、だ。

先程のクッキーと同じくらいにモゴッと口いっぱいに頬張ることとなったアトラスに、そのやり取りを見守っていたクロノスがブフッと空気を吹き出した。

あまりのことに目を白黒させるアトラスへ、レンシィはニヤリと笑ってみせる。


「罰として明日、町の中心地の四辻角にあるマルシェ・ド・ミーナでイチゴのタルトを買ってくるのよ!クロノスと2人で!」

「何の罰ですか!何の!」

「え?僕もですか?」

「今笑ったでしょう?その罰よ!」

「笑ったのはクロノスだけでしょう!?」

「貴方は私のタルトを食べたじゃない、今。」

「食べさせたのは貴方でしょう!?」

「飲み込んだのは事実だわ!」

「口に放り込んだくせに!なんて横暴!」


きゃあきゃあと騒がしい声が、庭園中に響き渡る。

少し離れた位置で控えているメイドたち2人は、なんとも微笑ましげにその様子を眺めていた。


どうやら明日、レンシィのお気に入りである洋菓子店へお使いに行かされるようだ。

それがただの口実で、兄弟2人で親睦を深めてこいということだと、その場の誰もが悟っている。


「ではお返しします!」とアトラスが別のタルトを掴んで、レンシィの口へ入れてやろうと手を伸ばす。

その際にテーブルに敷かれたクロスがズレて食器が乱れそうになるのを、慌ててクロノスが止める。

そんなクロノスを盾にするかのようにレンシィがその体の後ろに回り、アトラスがそれを追いかける。

「それは貴方が食べたタルトとは別よ!」と叫ぶように告げるレンシィと、タルトを掴んで追いかけるアトラスと、その中心にいるクロノス。

随分と騒がしい、マナーも何も無いティータイムに衝撃を受け、終いには声を上げてクロノスが笑いだした。


その賑やかしい声に導かれるように母親3人がやってきて、子供たちが年相応にはしゃぎ、じゃれ合う姿に目をパチクリさせるまで、子供たちの〝遊び〟は続いたのだった。







読んでくださってありがとうございました!

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