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精霊王の優雅な悪役令嬢生活  作者: 泉 太月
攻略対象2人目、執事
29/47

28.断罪のお時間です2

少しでも楽しんで頂ければ幸いです!






未だ入り口より少し離れた程度の位置で立ち尽くすニルヴァーナ卿へ、グローリアは微笑みながら目の前のソファーを勧めた。


「さぁ、卿、どうぞお座りになって?いつまでもそちらで立たれているのも疲れますでしょう?連日お越し頂いて、お疲れでしょうし」


レンシィの言葉にしばらく逡巡するものの、ニルヴァーナ卿は緩慢な動作でソファーへと足を向けた。

昨日も座った、立派な革張りの3人がけソファーだ。

ただ昨日と違うのは、目の前に座るグローリアの隣に、何故か自分の妻であるエバが座っていることである。

なぜエバはそこに座っているのだうか。

普通に考えるならば、夫であるニルヴァーナ卿の隣に座るべきではないのか。


それに、先程のグロウレン夫人の言葉。


(娘の乳兄弟の親族……だと?)


誰のことを指すかと言えば、おそらく話の流れ的にはエバのことだろう。

更には母親同士という言葉が出ているのだから間違いない。

それに先程の、子供たち3人が仲良く手を繋いで並び立つ様は。


「……エバ……」


聞きたいことが山ほどありすぎて、どれから口に出せばいいのか分からない。

だがニルヴァーナ卿がどう切り出そうか迷っている間に、エバが先に口を開いた。


「大きくなりましたでしょう?クロノスはもう8歳になります」

「え?……あ…あぁ……」


突然子供のことを持ち出され、なんと返事をするか一瞬躊躇ったが、素直に頷くだけにしておく。

エバは手元にあるティーカップの中身を、緩やかにティースプーンでかき回していた。


「レンシィお嬢様と同い年で、僥倖なことに本日はこうやってお相手をさせて頂くことをお許しくださいましたの」

「あぁ……」


ニルヴァーナ卿が軽く混乱している理由がそんなことでは無いことくらい、エバも分かっている。

本当は、クロノスの身体がいつ治ったのか。どうやって解毒したのかをまずは問いたいのだろう。

だがその疑問に答えてやるような親切なことをエバはするつもりは無い。

この男は、息子が毒に犯されている時には興味を全く抱かなかったのだから。


涼し気な顔で紅茶を口に運ぶ対面で、眉間に皺を寄せ睨みつけるように夫人を見遣る夫。

その夫人の横にはグローリアが座っているため、まさか「息子の体はいつ治ったのだ」などと聞けるはずもない。

そんなことを口にすれば、ニルヴァーナ卿が実の息子が伏していることを知っていながらも、その体調を全く把握していなかったと自ら証言してしまうことになる。


もう死ぬだろうと思い、そうそうに切り捨ててもう1人の息子を代わりにしようと思っていたなどとグローリアに悟られれば更にその子供を手に入れにくくなるだろう。

グロウレン公爵夫妻は特に仲睦まじいことで有名だ。

そして自身の子供を慈しみ、更には自領の子供に関する政策には特に力を入れていると聞く。

子供を蔑ろに扱えば、グロウレン公爵家を敵に回すも同然となる。

それだけは避けたかった。


しかし、それを望むにはニルヴァーナ卿はあまりにも家族のことを知らなすぎた。

今までずっと、興味すら抱かなかったのだ。


「……いつの間にエバは公爵夫人に覚えを頂いていたのだ?最近はあまり領地の外にすら行きたがらなかったから、そんな親しくさせていただく機会があったなんて知らなかったぞ」

「領地から出るためには、貴方に許可を頂かなければいけないと言われておりましたけれど、貴方はほとんど邸宅にお戻りになりませんでしたので、お話することすら出来なかったんですわ。グローリア様とは以前からでしてよ。なにせクロノスはお嬢様の乳兄弟と、兄弟なのですから」


エバの言葉はニルヴァーナ卿にとって何よりも信じ難いものだった。

何故なら、そのクロノスの〝兄弟〟であると認めたくなくて、マリアベルをニルヴァーナ伯爵家から追い出した筈なのだから。

何よりクロノスを後継者から外すと告げた際、何よりその兄弟が代わりに後継者としてニルヴァーナ家に迎え入れられることを、叫ぶような声で否定していたのは目の前のエバだ。

そんな彼女が、まさかマリアベルの子をクロノスの異母兄弟だと認めるようなことを言っている。

一体何があったのか、理解が追いつかない。

そしてエバの隣に座るグローリアが、異様な程に穏やかに、まるで哀れな子供を見守るかのように微笑んでニルヴァーナ卿を見続けている。

じわりと言葉にならない不安のようなものが奥底から滲み出してくるのを、ニルヴァーナ卿は確かに感じた。

その予想は、すぐに当たっていたのだと知る。


「クロノスとアトラス。あの二人は間違いなく、貴方の血を受け継いだ正式な後継者でございましょう?貴方はあの子たちのどちらかに、このニルヴァーナ家を継いでいってもらいたい。そう考えていらっしゃいますよね」

「あぁ……そうだ……」


一度はクロノスを後継者から外すと判断したが、体調が戻り命の心配がなくなったのならば問題は無い。

再び後継者として据えおけばいい。

だがいつ何時繰り返し命を狙う者が現れないとも限らないのだから、やはりアトラスはもしもの時の為に取っておくべきだろう。

そこまで考えたニルヴァーナ卿の目の前に、紙の束が3冊、いつの間にか歩み寄っていたウォークマンの手によってローテーブルの上に置かれた。

ギョッとしてウォークマンを見ると、その視線を無視してウォークマンはくるりとその身を翻し、素早くグローリアの後ろへと控える。


「…………これは?」

「だから、未来あるあの子達のために、親である私はニルヴァーナ家を綺麗に整えて、その手に渡してあげなければいけないと気づきましたの」


ねぇ、貴方。と微笑んだエバが、僅かに首を傾げる。

ふと見れば、グローリアの手にももう1冊、同じような紙の束が持たれ、ペラリ、ペラリと捲られていた。


なんだそれは、と喉が鳴る。

どこか見覚えのある紙の束だ。

書きやすさを最重要視した紙。

数年に渡りひっそりと整えていた裏の帳簿。

決して日の目を見ることはあってはならないそれと、今目の前に置かれている紙の束はとてもよく似ていた。

グローリアが笑いながら、その中身を開いたままこちらに向けるまでは、確かに似ていると思っていたが、しかし。


「凄いわね、この帳簿。5年も前から徐々に横領の額が増えていってる。これだけやっていてバレないのだから、これからも漏れるはずがないと思っていたのかしら?」


ニルヴァーナ卿へと突きつけられるように広げられたそれは、確かにニルヴァーナ卿自身が持つ帳簿そのままだった。

瞬間、ニルヴァーナ卿の思考が停止した。

これか所謂「頭が真っ白になる」というものの典型だろう。


「領地の民から少しずつ税収を毎年増やしていき、国へ収める税金は作物が不作だという理由で2割を下げていただくようお願いしておきながら、実際はその2割は貴方の懐に入っている、と。随分と大胆だわ」

「ちっ違います!誤解です!確かに領民らの税は少し高くなっておりますが!これは不作続きの領地へ平等に支援を行っていて!王都へ嘆願した2割の納税減額も不作の理由は嘘ではありません!」

「えぇもちろん全て嘘だとは思っていないわ。ただ収支が随分と合わないだけで」


グローリアは全てを知っているのだと分かった。

だがそれでも認めるわけにはいかない。


「そもそもこのような帳簿は私は知りません!一体どうされたのです!?私の管理している帳簿は毎年貴族院へ提出しております!これは何かの間違いです!」

「私が持ってきましたのよ、貴方」

「なんだと!?」


思わずソファーから立ち上がり、鋭く睨むニルヴァーナ卿を、エバがまっすぐに見つめ返す。

その瞳には、もう以前のようなただ縋り泣くだけの女の姿は無かった。


「私はずっと貴方の横領のことを存じておりました。むしろ黙認していたことで、共犯とみなされても仕方ありません。ですが、私はあの子たちがこのニルヴァーナ家を次ぐ際に、まっすぐに伝えられないものは渡すわけにはいかないと気づいたのです」


とある公爵に憧れているのだと語ったクロノス。

美しく、凛と佇むその姿と、彼の語った貴族としての誇りに胸を打たれ、彼のようになりたいのだと夢を得た愛しいわが子。

そんな子供の夢を叶えるには、ニルヴァーナ家の後継者としての立場を取り戻すだけではダメなのだ。


何より、その誇り高く民を思いやる貴族へ近づくためには、我が子の背中に背負わせるこの伯爵家を、誇れるほどの物に磨き直さなければならなかった。

何よりも〝ニルヴァーナ卿〟という汚れの大元を、掃除してしまわなければと。


「貴様ァ!裏切ったのか!」

「!!」


エバの言葉に全てを悟ったニルヴァーナ卿は、瞬間激昂し、目の前のエバへ掴みかかり、拳を振り上げた。

覚悟をしていたのか、エバは大きく目を見開きはしたものの、顔を逸らすことなく夫であるはずの男を見続ける。

しかしニルヴァーナ卿の左手がエバの首を掴むより早く、突如その手首を横から掴み上げられ思い切り背後に捻りあげられた。

ダン!という床を踏み鳴らす音と共に、その勢いのままニルヴァーナ卿の体が回転し、バランスを崩して派手に床に両膝を着く。

その激しい痛みに反射的にエバへ振り下ろそうとしていた右の拳を床へと着いた。


「ぎゃっ!」

「失礼、この公爵家での狼藉は、御遠慮下さいますようお願い申し上げます」

「な!?」


どこをどう押さえられているのか分からないが、気がつけばニルヴァーナ卿は床に押し付けられ、取り押さえられていた。

背後にいるのは、先程までグローリアの後ろで静かに控えていた初老の執事(バトラー)だ。


「な!?おっお前一体なんだ!?執事のくせになぜこんな!」

「はい、私はこのグロウレン公爵家の管理を任せて頂いております執事でございます。執事たるもの、管理する邸宅内での狼藉を取り押さえるなど当然のことでありますれば」

「いや執事はそこまでしないだろ!近衛兵じゃないんだぞ!そんな執事がいてたまるか!」


何とかウォークマンを振り払おうとするものの、マウントを取られた上に的確に急所を押さえているために、ただウゴウゴと体を揺らす程度にしかならない。

しかし今の流れから、自身の罪を認めてしまっていることになるなど、ニルヴァーナ卿はまだ気づいていなかった。


そんな彼の目の前に、いつの間にか立ち上がったグローリアが真上から見下ろす。

その顔は、先程まで浮かべていた慈悲深い笑みの欠片もなく。

その身に纏う夜の色のように、静かに闇色の瞳をニルヴァーナ卿へと向けていた。


「国への税の横領は、反逆罪に次ぐ重罪。既に陛下へは証拠の品とともに報告書を届けておりますの。処分は早々に下されると思いますので、貴方の身柄は今この時を持って拘束し、王都へ護送させて頂きます。今頃は貴方の邸宅にも王都の調査機関が入っている頃ですわ」

「……な……な……」

「でも安心なさって?今回の横領は貴方1人が独断で行ったもの。ニルヴァーナ伯爵家の者が、それを見兼ねて告発し発覚したのですもの。つまりは〝身の内の膿を出すという自浄作用〟が的確に働いたと判断される可能性が高いのです。もちろん私もそれを陛下に証言させていただきますわ」


芝居掛かったように胸元へ手を当て、そっと目を閉じるグローリアが、少し身をかがめて唖然と見上げてくるニルヴァーナ卿へ笑う。

美しい、月の女神のようだと。

どこかぼんやりとニルヴァーナ卿は思った。


「ニルヴァーナ伯爵家はきっと、あの子たちが立派に継いでいってくれるでしょう。成人するまでは仮預かりとしてニルヴァーナ伯爵夫人が当主代理となるかもしれませんが、どうかご安心なさって?」


甲高く鳴り響いたヒールの振動が、床にベッタリと付けられたニルヴァーナ卿の頬へと振動を伝えた。

ビリビリと、耳が鳴る。


そんな夫の目の前に、グローリアと並ぶようにエバが立った。

初めてかもしれない。エバが、ニルヴァーナ卿を見下ろすなど。


エバはなんの感情も浮かべていない瞳で夫を見下ろすと、やけに通る声で、最後に告げたのだった。


「サイロン・ニルヴァーナ。貴方はこのニルヴァーナ伯爵家と縁を切る事となりましょう。罪人として投獄される者を、このニルヴァーナ家の一員と認めるわけにはいきません。よって、私とも離縁して頂きますわ。王都の罪を犯した者の施設で、今後をゆっくり考えてくださいまし」


「エバ!?何を言っている!私がニルヴァーナ家の当主だぞ!ふざけるな!貴様などたかが商人の娘のくせに!離せ!無礼者!この女たちが俺を騙しているんだ!離せー!!」


エバの言葉に怒り狂ったニルヴァーナ家の〝元〟当主、サイロン・ニルヴァーナは、しかし公爵家直属の近衛兵らに取り押されられ、遂に引きずられて行ってしまった。

逃亡の危険があるため、王都からの護送兵が来るまでは公爵家の地下牢へ入れておくのだろう。


重厚なドアが見た目に反してパタリと軽い音を立て閉まると、それまで響き渡っていた男の声が瞬時に聞こえなくなる。

シン、と訪れた静寂の中、ぼんやりとその姿を見送ったエバは、ただ1粒だけ、そっと涙を流した。







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