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精霊王の優雅な悪役令嬢生活  作者: 泉 太月
攻略対象2人目、執事
24/47

23.自分の身代わりにさせたのでは、と

少しでも楽しんで頂けたら幸いです!






目の前で歓喜に泣く夫人。

そんな母親に抱かれ、嬉しそうに縋る少年。

まるで劇の一幕のような光景に、レンシィの後ろに控えていたアトラスは茫然と見ているしかできなかった。


何がどうなってこんな展開になったのか、理解が追いつかない。

先程足元に溢れかえっていた光の玉の波が、一体何だったのかも分からない。


だがひとつ言えることは、今まで意識もなくベッドに寝たきりとなっていた少年が、目を覚まし、起き上がることが出来たということ。

そしてその奇跡は、おそらく自分の主である目の前の少女が何かをしたから、という事だ。


「……レンシィ様…………貴方は……」


呟くように声を出すが、そこから先の言葉が出てこない。

なんと言えばいいのか。


一体何をしたのか。

なぜこんなことが出来るのか。

先程の空間を移動して来たことといい、今回といい、どのような〝魔法〟を使っているのか。


そして。


(……貴方は一体…………何者なのですか……?)


その問いは、声に出すことは憚られた。

口にしてしまった後に、なんと返されるか予想もできない。

ただ沈黙し、見守るしか出来ないアトラスを、レンシィは何か察したかのようにくるりと振り返った。

突然目が合ったことに驚いて、アトラスの肩が軽く跳ねる。


「アトラス、こちらに」

「は…え?……は、い……」


急に傍へと呼ばれ、一瞬躊躇ったが、すぐに気を取り直して踏み出した。

その言葉に、ようやく今その存在に気がついたとでも言わんばかりに、涙で濡れた夫人が顔を上げ、茫然と呟いた。


「……お前は……」


「これで少しは落ち着いて話せるでしょう?さぁアトラス、貴方のお兄様よ」


レンシィの言葉に、その場にいたレンシィ以外の3人全てが目を見開く。

確かに間違いはない。

異母ではあるが、父親は同じ。

半分だけだとしても、確かに血の繋がっている兄弟だった。

レンシィに並ぶようにベッドの傍らまで歩み寄りはしたが、アトラスは緊張した様子で口を引き結んだまま。

それでも瞳は真っ直ぐに、自分の異母兄を見ていた。

反対側のベッド脇に縋っている、クロノスの母親も、咄嗟に反応出来ずにただ見守ってしまう。

唯一、クロノスだけが、アトラスと目を合わせて微笑んだ。


「……だれ?僕がお兄様?」

「そう、お母様は違うけれど、お父様が同じ。貴方の弟ですのよ」

「僕に弟がいたの!?」


クロノスは幼い子供そのままに、無邪気に喜び歓声を上げた。

母親が慌てたように少しだけ身を乗り出し、何かを話そうとしたのか軽く口を開閉させるが、結局何も言葉は出てこない。

実際に真実なのだ。

何一つ間違ってはおらず。

何より目の前でアトラスを紹介するレンシィが、クロノスを癒してくれたのだと分かっているだけに、様々な思いが湧き出て止まらず、頭の中でまとめて声に出すことが困難だった。


そんな母親に気づくことなく、クロノスは少し照れたようにはにかみ、軽く両手を伸ばした。


レンシィの手に押され、前に出たアトラスの両手を、そっとクロノスが握る。

指先まで暖かいなと、クロノスはそんなどうでもいいことを思った。


「僕に兄弟がいるなんて、知らなかったなぁ。ずっと一人っ子だと思ってたんだ。しかも弟だなんて、嬉しいよ」

「…………あ…………」

「弟なのにあんまり年が変わらないように見えるね。いくつ?僕8歳だよ」

「……8歳になります……」

「同い年なの?」

「僕の方が……少し遅く産まれて……」

「そっかぁ、じゃあ少しだけお兄ちゃんなんだ!」


嬉しいなぁと笑顔で告げるクロノスは無邪気だった。

大人たちの都合など全く知らず。

同じ年であるはずの意味や、少しだけクロノスが早く生まれたという理由も分からず。

ただ純粋に、自分に弟がいたということを喜んでいる。

その姿に、アトラスは泣きそうな顔で笑い、そして更にクロノスの元へと近寄った。

レンシィより前に。

ベッドの上に座る、クロノスの隣へと。

母親は、口を固く引き結びはしたものの、何も言わなかった。


「僕は、貴方の存在をずっと前から知っていました」

「え!?そうなの!?なんで会いに来てくれなかったの!?」


アトラスを見上げ、クロノスが問うそれに、アトラスは答えられない。

答えれば、クロノスが大好きな母親への恨みを延々と吐きそうだからだ。

身重だったマリアベルを、無情にも屋敷から追い出したその夫人を。

そんなことが言いたいのではない。


「……知ってたけど、でも1人で〝ここまで〟は来れないから」

「なんで?遠いところに住んでるの?」

「…………そう、とても遠くて……簡単には会えない所にいるんだ……」


だから、ごめん、とアトラスが謝る。

それは距離だけを意味するものではなく、立場や環境、そして心の問題などの為に、とても遠い所にいるのだと含んでいる。

しかしクロノスはそのまま受け止めるのだ。

言葉の裏に隠された意味を読み取るには、8歳は当然ながら幼すぎる。

アトラスが早熟過ぎると言っていいだろう。


「でも今日は来てくれたんだ?」

「……レンシィお嬢様が、連れてきてくださったんです。そうでなければ、叶いませんでした……」

「お嬢様?」

「グロウレン公爵家のご息女であらせられます。……とても……尊い方です……」


そう告げ、少し身体をずらしレンシィの立つ場所を見せる。

それが自分を救ってくれた少女なのだと分かると、クロノスの頬は赤みを帯び、花が開くように笑った。


「貴方が助けてくれたんだよね。本当にありがとう。苦しくなくなったよ!」

「それはようございましたわ。でも私は貴方のために貴方を助けた訳ではありませんの。気にならさないで?」

「僕のためじゃない?」


不思議そうに首をひねったクロノスに、レンシィは頷いて見せた。


「私は私自身の大切な従僕が、心に残るものがある事が許せませんでしたの。貴方の身体から毒を消し、癒したのは、彼の望みを叶えるためですのよ。だから、さぁ」


レンシィの言葉に戸惑うようにこちらを振り向いたアトラスの背を、軽くポンと叩いてやる。


「……あ」

「貴方の望みを叶えに来たのよ、アトラス」


「望み?」

「一体なにを…っ!?」


不思議そうにキョトンとしたクロノスと、その傍らで警戒し再び声を荒らげる母親。

しかしそんな2人を前に、アトラスはもう一度レンシィをチラリと見、そしてクロノスへ向かうと、苦しそうに少しずつ話し出した。

眉を寄せ、身体の横で拳を握り。


「……僕達親子は、僕が産まれる前からグロウレン家の方々に保護して頂けました。母は無事出産でき、僕を産んで、そしてグロウレン家のお嬢様の乳母となることが出来ました。そして僕は光栄なことに、お嬢様の乳兄弟となれました……」


その先の言葉を告げる前に、一度キュッと唇に力を込める。

でなければ、声が震えてしまいそうだ。

クロノスは黙って聞いている。

傍らにいる母親さえも。


「将来、なりたいものも出来ました。それに向かい励むことも出来ます。満たされています。…………幸せ、と……言えるんです……」


クロノスより、クロノスの母親の方が目を見開いていく。

自身が恐れた言葉とは全くかけ離れていたからだ。

恨みや妬み、どれほど苦労したのかなど、責め立てるのではと。

それを異母兄であるクロノスへぶつけるのではと。


「でも……じゃあ、僕の兄弟はどうだろうと……気になっていました……」

「………………」


「ニルヴァーナ伯爵の話は聞いていました。会ったことは無いけれど。そして改めて今回の話を聞いた時に、やっぱり〝家族〟を大切にする人ではなかったんだと確信出来ました……」


クロノスが静かに、顔を強ばらせる。

なにより、ニルヴァーナ伯爵家の正妻である夫人が愕然としていた。

アトラスの言葉に。


「もし何かが少しでも違えば、貴方の立場は僕だったかもしれない。貴方が幸せな子供として、両親の愛情を受けて育っているならいいけど、なにか苦しんでないか。なにか負担になってないか。それが気になっていました。だって僕は〝自由〟だから」


アトラスの言葉に、なにより頭を殴られたかのようなショックを受けたのは夫人だった。

逆にクロノスは、どこか泣きそうにも見える。

だが視線を外すことなく、しっかりとアトラスと向き合っていた。


「ずっと、見たことも無い異母兄弟に、自分が負うかもしれなかった苦しみを押し付けてしまったのではと、不安でした。僕は生まれた時から親は母だけとして育ちましたが、愛情いっぱいでした。グロウレン家の方々はとても優しく、暮らしやすい場所です。昔も、今も、そしてこれからも、僕は選べます」


「…………でも……義兄(にい)さん……あなたは?」


アトラスの問に、クロノスはしばらく口を開くことさえ出来なかった。

母親であるエバすらも。






 

読んでくださってありがとうございます!

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