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精霊王の優雅な悪役令嬢生活  作者: 泉 太月
攻略対象2人目、執事
19/47

18.イメージはホラー映画







ニルヴァーナ伯爵家の家紋が入った馬車が、グロウレン家の門の前へと着けられたのは、レンシィ達が西の別館へと移動した次の日の昼過ぎだった。

昼前であれば昼食にまで誘わなければいけなくなるが、流石のニルヴァーナ伯爵もそこまで図々しくは無かったようだ。


「おかげでティータイムを犠牲にするだけで済んだわ。ウォークマン、お茶の準備だけでいいわよ」

「甘い物は召し上がられますか?奥様」

「あの男は甘い物は食べなかったと記憶しているし、私も不愉快な顔を見ながらお菓子の味を堪能できる気はしないわ」

「承知致しました」


グローリア達が控えている本邸の来賓の間。

そこにも勿論下位精霊たちがいるため、レンシィは先程からしばらく、自身の母とウォークマンの会話を盗み聞いていた。

精霊の視野を借りれば、まるで自分がその場にいるかのように見ることが出来、また聞き取ることが出来る。


(物証として残せないのが、この精霊の聞き耳の惜しいところね)


自室でゆっくりしたいからとマリアベル達に休憩の時間を与え、閉じこもる。

そうして自室のソファーに座り目を閉じると、レンシィの視界は瞼の裏から下位精霊の視界そのままを写し、見ることが出来た。


グローリアが本邸のエントランスで出迎えたのは、初老かと思えるほどにグレイヘアーを馴染ませ、伸びた背筋を美しい立ち振る舞いで飾った紳士だ。

年齢は確か50代だったはず。

エドウィンといいグローリアといい、そしてこの紳士といい、貴族というものは皆ずいぶんと若々しい感じを醸し出すような生活をしているのだろうか。

そして基本的に顔が恐ろしく整っている。

まぁ、貴族は昔から顔の綺麗な人間を選んで手をつけたり迎え入れたりできる立場であるし、そうなると遺伝子的に造形が美しい子孫で連なっていくのだろう。

その美に更に金を掛ければ、より磨かれていくに違いない。


「ようこそいらっしゃいました、ニルヴァーナ卿」

「申し訳ありませんグロウレン夫人。このように急な形となってしまって」

「生憎と急ぎだったもので何も用意できておりませんが、御容赦下さいませね」

「もちろんでございます。ご多忙でいらっしゃるグロウレン夫人にわざわざ時間を頂けるなど、光栄で天にも登る気持ちです」


明らかに「急に訪ねて来たんだから歓迎なんかしないぞ」というグローリアの遠回しな嫌味を、ニルヴァーナ伯爵は笑顔でさらりとかわして頭を下げる。

あまり深い交流がある訳では無いが、やはり食えない狐のような男だとグローリアは感じた。


エドウィンには急ぎ、本日ニルヴァーナ家当主が訪ねてくるということを伝える手紙は送ったが、昨日使いを出したばかりのため、返事すらまだ来ていない。

グローリア相手にどこまで紳士的かつ慇懃な態度をとるか、少しピリッと空気を張り詰めさせ、ウォークマンは邸の女主人であるレンシィの少し後ろに控えている。


そもそもエドウィン自体が常からの王都での業務に含め、1年前に領地で発見した新種の果実の研究の為に王立研究機関へと駆り出されており、今までよりも更に自宅へと帰ることが出来る頻度が激減したのだ。

来客のために一時自領へと戻って欲しいと伝えても、その程度のことであれば仕事を無理矢理切り上げて戻るのは難しいだろう。

王都内の別邸であれば一時戻ることは可能だが、自領の屋敷までとなると相当の距離がある。

それが分かってるからこそ、グローリアは毅然とした態度で屋敷の女主人として来客に対峙しているのだ。


応接の間へと案内をし、ソファーを勧めればニルヴァーナ卿は素直に応じ、一礼をして腰を掛ける。

素早くメイドたちがティーセットを並べ、グローリアが対面するソファーへと腰掛けた。

まずはひと口、紅茶を堪能する。

本来であればケーキスタンドにお茶請けを並べるのだが、今回は小さな皿に3枚の塩気があるビスケットのみ出されている。

これは暗に「早く食べ終わって帰れ」という意に取れるものだ。

ここまで咋にされると、ニルヴァーナ卿も苦笑しか湧いてこない。


「回りくどい話をしても仕方がないでしょう。要件をお聞きしても?」


音もなく目の前のティーカップを傾け、喉を湿したグローリアが、温かい紅茶すら冷えてしまうのではと思えるトーンで発言許可を与える。

まずは上位の者が口を開いてからでなければ、下位の者は声を掛けることすら出来ない。

グローリアの問いに、ニルヴァーナ卿は僅かにカップの底辺で音を立て、テーブルへと置いた。


「そうですね、私の訴えはご了解されていることとは存じますが」

「了解はしているけれど、了承はしていないわ」

「しかし、国の法に則れば、責任も義務も保護責任者が持ち得るものなのですよ」


身分制度の厳しい貴族社会ではあるが、それでも貴族院に正式に定められている国の法の元ではその立場も公平となる。

16歳以下の貴族の子供は、全て親権者の監護権が最優先だ。


「単刀直入に申します。こちらにマリアベルが産んだ男児がおりますでしょう?〝それ〟を返して(・・・)頂きたい」

「……子供の名前すら覚えていないのかしら?」

「こちらで正式に改名致しますので必要ありません。我が家門に相応しい名を与えるつもりです」


つまり〝アトラス〟という存在は必要無いと。

ニルヴァーナ直系の男児がいればいいのだと。

そう告げているのが分かり、精霊を通して聞いていたレンシィが、ザワリと髪が逆立つほどの何かを自身の中で感じた。

レンシィのその揺らぎを敏感に察したのだろう周囲の下位精霊が、忙しなくレンシィの部屋で、そして応接の間の至る所で落ち着きなく飛び回る。


『レンシィ様、あいつ嫌い?』

『やっつける?』

『消しちゃう?』

『どうする?』

『どうする?』

『どうする?』


レンシィの美しい金の髪が揺れ、ザワザワと室内の空気が騒がしくなる感覚に、本邸の至る所にいる下位精霊が影響され、応接の間へと集まってくる。

下位の精霊は良くも悪くも単純だ。

自分が好きだと思ったものにはとことん慈しむが、反対に嫌いだと思えば海の潮が引くより早くいなくなってしまう。

それはつまり、精霊の恩恵全てを受けられなくなるということだ。

この世界の人々はだからこそ精霊を敬い、大切にしているのだが、それでも精霊の反感を買ってしまう者も存在する。


それがどれほど死活問題かは、体験した者でなければ分からないかもしれない。


「――……なんだ?」


肌を微かに刺すようなピリピリとした感覚に、ニルヴァーナ卿が首を巡らせた。

グローリアも常とは違う空気を感じ取ったようで周囲を見渡すが、騒がしく飛び回る精霊の姿が見えることは無い。

だが、見ることが出来ないだけでそこにいるのだ。

レンシィの目を閉じた視界には、頭や肩、腕などに1人、また1人と精霊を貼り付けていくニルヴァーナ卿の姿が見える。

彼の顔を覗き込む精霊たちは、普段の愛らしい笑顔など想像もできないほど真顔になり、瞳に赤みを帯びている。

その様子に、レンシィの一瞬膨れ上がった感情も、徐々に落ち着きを取り戻してきた。


『こいつどうする?』

『どうする?』


「……今まであの子を迎えにこなかった理由があったはずです。貴方は奥様との大切なご子息がおられましたでしょう?」


『どうする?』

『どうする?』


「それは……手紙に書いた通り……」

「そのようなお話は今回初めて聞きました。一体何がありましたの?事故?事件?ご病気という話は聞いたことはありませんでしたが」

「……語るのも胸が痛みますので、ご容赦くださいますよう……」


『どうする?』

『どうする?』


『レンシィ様、どうしたい?』


グロウレン家の本邸を訪れた時は、威風堂々と。それこそ強気とも見える態度で、格上である筈の公爵夫人を前に、舐めている態度を僅かに覗かせていた。

それが今は、精霊の怒りを買ったからか、わらわらと集まる精霊の圧を感じているのだろう体は指先が震え、本能が警鐘を鳴らす。

当初は本人やマリアベルが拒否したとしても無理矢理アトラスを連れ帰ろうと思っていただろうに、今はこの場にいることすら圧迫感を感じ、すぐにでも辞したくなっている。


グローリアは本来の後継であるニルヴァーナ家の息子のことを詳しく聞きたかったのだが、その子供の死と、傷心中であることをチラつかせられたらこれ以上追求は出来ない。

もしも本当に子供を亡くしたのであれば、その心痛はどれほどか計り知れない。

ニルヴァーナ卿本人からの詳しい情報は諦め、アトラスの話へと移ることにした。


「残念ですが、今日はこの屋敷に居ませんの。先日より娘の予定に付き合わせて、泊まり込みで出かけておりますのよ」

「……お嬢様の、ですか?」

「えぇ、だから今、ここには(・・・・)居ないわ」

「………………」


嘘ではない。

アトラスは確かに先日より、この本邸には帰ってきていない。

ただ、隣の別館にレンシィと居るだけで。


「貴方が〝父親として〟まずは話がしたいと仰るのであれば、その意思を伝えておきます。そのうえで、彼がどう思うかは私にも分かりません。もし会いたい、貴方の元へと行きたいと言うのであれば、彼の意思が最優先だと考えておりますので」


グローリアがハッキリとした言葉で告げると、ニルヴァーナ卿はしばらく口をもごもごさせ、何かを言いたそうにしていたが、やがて視線を下げ、目の前のティーカップを手に取った。

先程よりも若干派手な音が鳴る。

どうやら指先が小刻みに震えているようだ。

2人には見えないが、レンシィの目にはそのニルヴァーナ卿の腕にも複数の下位精霊が群がっているのが見える。

ある意味ホラーだ。

小さな下位精霊がわらわらと付き、小さな声で『どうする?』『どうする?』とくすくす笑いながら言い続けている。


その影響もあってか、ニルヴァーナ卿の顔色も少しずつ悪くなり、余裕さは微塵も無くなってしまった。


「……私は親権者です。彼に対し、監護の義務があります」

「法的にはそうですが、産まれる前から籍があるのみで実際会ったことも無く、今まで監護、養育をしてきたのは母親であるマリアベルだけですのよ。権利を主張するのなら、義務を果たしてからではなくて?」

「………………」


あまりにも急のために、都合が合わずに弁護士を同席させることは出来なかったが、それでも事前に相談し、過去の判例などを聞いていた事が役に立った。

今まで親権者と養育者で子供のことで争いが起こったことは少なからずある。

その際、あまりにも親権者と子供の接点がなかった場合、養育者に親権を移すということで結審した判例もあるのだ。

本人の意思が、相手方に属することを強く望んでいないのならば尚更。


「とにかく、今日はお帰りください。この話は正式な申し出のはず。我がグロウレン家もマリアベル親子に対して長年保護を続けていました。当主同士の話し合いが必要と判断致します。再度こちらからご連絡致しますので、今日の所はお引取りを」


バッサリと切って捨てたグローリアに対し、ニルヴァーナ卿は何も言えず了承するしかない。

グローリアであれば口先と威圧で無理矢理返事をもぎとれるだろうと踏んだのだが、それは甘かったのだと知る。

何より当主であるエドウィンが出てくるとなれば、事は簡単に解決しなくなることは必至。

どうにか事態を有利に運びたいが、体調はどんどん思わしくなくなってゆく。

人間はそうなると、深く考えることが困難になるのだ。


「……分かりました、今日は一度失礼させていただきます。ただこちらも、改めて我が子への面会請求を致しますので、ご考慮ください」

「〝あの子〟に確認しておきますわ」


最後までマリアベルとの子供の名前を教えることなく、グローリアはニルヴァーナ卿を見送った。

未だにニルヴァーナ卿の肩や頭に張り付いている精霊たちに気付かず、簡単な挨拶を済ませるとさっさとニルヴァーナ卿は馬車に向かう。

その彼に張り付く精霊たちは、もはや指示をしなければやりすぎる気がした。


『どうする?』

『どうする?』


「そうね、とりあえず手始めに帰り道の途中で馬車が止まった時に、車輪でも壊してやってちょうだい。近くのおんぼろ宿屋にでも泊まらざるをえないようにね」


レンシィの言葉に、下位精霊たちが瞳をキラーンとさせるのが分かった。

意気揚々とニルヴァーナ卿と共に馬車へと乗り込むのが見える。

咄嗟に思いつく、命には関わらず大した怪我にもならないだろう事が無さすぎたので仕方ない。

下位精霊たちの中には、火の精霊や地の精霊もいるのだ。

自宅が火事になったり、地面が陥没したりするよりも遥かにマシだろう。

レンシィはそっと目を開けると、自分の部屋へ視線を戻した。





ブクマ、評価、ありがとうございます。

とってもモチベーションが上がります。

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