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精霊王の優雅な悪役令嬢生活  作者: 泉 太月
攻略対象1人目、騎士
11/47

11.小さな騎士の、大きな誓い






「…………植物の中には一時的に陶酔や酩酊状態、興奮を引き起こしたりするものがあります。ですがそれらには強い依存性があって、中毒症状を引き起こしてしまうのです。そういった類でしょうか?」

「確かに活性化して血色が良くなり、健康さが増したように見えた。結局は王都に頼まなければ何も分かりはしないが」


だが何となくだが、そういった中毒性のある果物ではない気がする。

エドウィンは確証は無いが、そう感じていた。

何故なら、既に発見されているそういった危険な植物とされるものを使用した際の症状とは、避難民らやバルトの様子は全く違うからだ。

 

彼らは、ただただ健康そうに見えた。

そしてエドウィンがその土地を離れるまで、彼らが不調を訴えることは無かったのだ。

逆に生き生きと自身達の家を作っていた。

確かに支援物資が行き届き始めたとはいえ、人はそれほど一気に活力を得るものなのだろうか。

 

そして気になることも言っていた。

この実がなる木だけは、どれひとつとも切ってはいけないと。

どんなに家を建てるに適した平地だとしても、そこに生えている果物の木は絶対に触れるなと。


それは、女神が我々に与えてくれた奇跡の実がなる木だからと。


「女神とは?」

「私たちをお救い下さった方です」


グリムに尋ねたが、ハッキリとした答えは得られなかった。

近年、王都で一気に広がりを見せている宗教の類だろうか。

 

ケルトレイ国でははるか昔よりこの世界全ての精霊を奉ってきた。

精霊の与えた力を日常魔法へと変え、精霊の力を他国から身を守る為の力とし、全ての理は精霊の元にあると伝えられている。

それに対抗するように、この世界を作ったとされる神を崇め奉る教団が王都に現れたのだ。

もちろん他国では精霊より神を敬う土地も多く、エドウィンらも世界には様々なものを信じる土地があるのだと理解はしている。

そしてケルトレイ国は他宗教を排除するような厳しい措置は取らず、信仰対象は個人の自由という暗黙の了解があるため、特にその教団に対し、処置をすることは無かった。

 

今ではじわじわと地方にも広がり、奇跡のような出来事は身近である精霊の力より、不明確な対象である神の御業と捉えるものも多い。

彼らの言う「女神の奇跡」のように。


「その女神の奇跡とは?」

「……突如現れ、彼らに奇跡の全てを見せたのだと。詳しいことは誰も語らないのだが。この果物も、飢えていた彼らに女神が与えた物なのだそうだ。これを食せばたちまち健康になり、力が漲り、十分に腹が満たされる。女神が与えてくれた奇跡の果実……と」

「俄に信じ難いですわね」

「だから神、なんだろう……」


精霊の魔法ではなく「奇跡」なのだと。

そうグリムたちは主張していたのだ。

興味深そうに果物を見つめるグローリアに苦笑しつつ、エドウィンはソファーの背もたれにその身を預け、息を大きく吐き出した。

 

思い出すのはそれだけでは無い。

 

その果実を見ていた時、1人の少年が近寄ってきたのだ。

その子供はグリムから紹介を受けていた、息子のアダムといった。

歳はレンシィと同い年くらいだろうか。

エドウィンを見上げるその顔は真剣で、口は固く引き結ばれていた。

黙って胸元へと右手の掌を当てる。貴族を前にした騎士による挨拶の代わりである。

位の上の者を前にした際、騎士団に所属する者はそうして口を開く許可を得るのだ。

その手には、常に持つ剣を持たず、敵意なく相手の前に立っていることの証明として。

この子供は幼いというのに、こういった礼儀を知っている。地方と言えども子爵位を持つ家であり、貴族社会の教育はきちんと行っているのだろう。

その事に、エドウィンはかなり驚いた。

だが態度として見せることなく、口を開く許可を出す。


「何用だろうか?小さな騎士殿」

「お聞きしたいことがございます」

「私でわかることであれば」


告げると、アダムは緊張したように軽く息を吸い、微かに震える声で問いを捧げた。


「……グロウレン公爵のお嬢様のお名前は、レンシィ様と仰いますか?」


アダムがその問いを口にした瞬間、周囲が微かにピンと糸を張ったような緊張に包まれたのが分かった。

僅かに視線を回せば、周囲の人々が緊張を孕んでこちらを窺っているのが見て取れる。

何故、エドウィンの娘の名を問うのか。

何故、レンシィの名を知っているのか。

そして何故これ程までに、周囲が固唾を飲んで窺っているのか。

次々と疑問が湧いてでるが、まずは質問に答える。


「そうだ、私のたった1人の大切な娘の名は、レンシィ・レイ・グロウレンという」


何故そんなことを問うのか、と言葉を続けようとしたが、その答えにまるで輝かんばかりに一気に笑顔になったアダムに、一瞬言葉が詰まった。

その直後、周囲からどっと歓声が上がったのだ。


「本当だった!」

「いや俺は信じていたさ!」

「ずるいぞ!俺だってだ!」

「あぁこんな奇跡、どうしたら」

「グロウレン公爵様!」


騒がしい中にも所々聞こえてくるセリフの意味が、エドウィンには分からない。

何より自身の娘の名を、どうやらこの避難民たちは知っているようで、どこで知ったのかと疑問が湧く。

 

デビュタント後の成人した娘であれば、確かにあちらこちらの貴族の茶会やパーティーなどへ招待され、その領地を案内されることもあるだろう。

領民が名前を知っていても不自然な点は無い。

だがエドウィンの娘はまだ7歳になったばかり。

そろそろ社交の為に家庭教師を付けようかとようやく思い始める時期である。

当然、社交界デビューする成人年齢の16歳に遠く及ばない。

自領の貴族家の子供ならまだしも、他領の貴族の娘の、社会にまだ出てこない子供の名など知る機会は一切無いはずだ。

 

それなのになぜこれ程知られているのか。

そしてなぜこれ程、歓迎されている雰囲気なのか。

中には感動して泣いている女性などもいる。意味が分からない。


「……私の娘の名を、なぜ知っているんだ?」

「レンシィ様に、救って頂いたからです」

「レンシィに?」


思わぬ言葉に、エドウィンの声も多少強くなった。

どういう事なのか。

たった7歳の、領地から出たことも無い自分の娘が、この少年を助けたとは一体。

いつレンシィと出会ったのか。

レンシィに救われた、とはどういう事なのか。

次いで尋ねようと口を開いたが、その先は目の前でアダムの立てた派手な音によって阻まれた。

 

手に持っていた1メートル程の少し太めの棒を、アダムが勢いよく地面に突き立てたからだ。

 

ザンッ、と力強い音と共に、乾いた硬い土であるはずのそこへ、突き立てられた木の棒。

なんの変哲もないその棒を両手で持ち、アダムは片膝を突いた。

そして頭を下げ、目を閉じる。

 

エドウィンはその姿を嫌という程知っている。

ケルトレイ国の貴族位を頂く者であれば、たとえ幼い子供であろうと毎年目に焼き付ける。

市井の民は目にしたことは無い者が殆どであろうそれは、1年に1度行われる誓の式の場で、その年に新しく王都所属の騎士となった者らが王族へと捧げる近いの姿だからだ。

式典には貴族位の全ての者の参加が義務付けられており、余程のことがなければ子供の頃から参加する。

そうして、自国を護る騎士の姿を目に焼き付け、誇りを抱くのだ。

幼い子供の中には、騎士に憧れを抱くものも出る。

そうして次代を築いて行くのだろう。


アダムの姿は、その誓の姿そのものだった。

子爵位を持つ家の出であるアダムなら、その式典は知っていて当然ではあるが、しかし。


「私はまだ、あの方に直接誓うことが許されるほど、力がありません」


膝を突き、束を両手で強く握り、僅かに震える声でアダムが言葉を吐き出す。

どこか苦しそうに。正しく吐露という言葉が似合うほどに。

だが次の瞬間、アダムはグッと顔を上げると、エドウィンを強く見詰めた。

それは何かを固く決意する、強い瞳だ。

口を開きかけたエドウィンが、何も言葉を発することが出来なくなるほど。


「私は強くなります。誰よりも強く」

「………………」

「大切な人を、今度こそ守れるように。そしていつか」


エドウィンを見詰めながら、アダムは立ち上がった。

両足で地面をしっかりと踏みしめて。

大きく胸を張り、堂々と宣言する。

いつか彼女に。


「あの方の元へ、誰よりも早く駆けつけ、今度は私があの方をお守りできるように!」

「…………君は……」


真っ直ぐに見上げてくるブラウンの瞳に、痛いほどの強さを感じた。

暫く茫然としていたエドウィンに、アダムはそれ以上何かを告げることなくぺこりと頭を下げると、踵を返して走り去ってしまったのだ。

追いかけて言葉の真意を問おうかと迷ったが、丁度後ろから部下が声をかけてきたため、タイミングを失ってしまった。


しかしエドウィンとて愚鈍では無い。

女神の恵と口を揃えて言う者達と、レンシィの名前を出した時の周囲の反応。

それらを見てしまえば、自然と彼らの言う女神というものが、もしやレンシィを指しているのではなどと推測するのは自然の流れだった。

ただし、レンシィがたった7歳の幼い子供でなければ、だ。

エドウィンはレンシィを連れて領地を出たことは未だにない。もちろんこのクロウ領の民の元へ連れていくこともあるはずが無い。

レンシィが他の大人に拐かされ、彼らと会ったなどということも無く、レンシィが1人で訪れることが出来る場所でもない。

 

何より、レンシィはエドウィンが出立する朝に、屋敷の門の前までグローリアと共に見送りに来てくれたのだから。

にっこりと愛らしく美しい笑顔で。

「行ってらっしゃいませ、お父様」なんて頬にキスをくれて。

 

だから彼らがあれ程までに傾倒する〝女神〟が、自身の娘なのではと問い詰めることはしなかった。


「どうなさったの?」

「…………いや……」


深く考え込んでいる様子のエドウィンに、グローリアが声をかけるが軽く返事をするのみだ。

有り得ないと思っていても「まさか」という疑惑が晴れるほどの明確な証明がある訳でもない。

 

ただ、何よりもエドウィンの脳裏に焼き付いた少年の強く鋭い瞳。

決意に満ちた言葉と、真っ直ぐに向けられた感情だけは、疑いようがなかった。

エドウィンの娘、レンシィが、あの少年の何かを変えたのだと。

 

それがいつ、どこでなのかは分からない。

過去にたまたま誰かに連れられて、正式ではないにしろグロウレン領にアダムが来たことがあるのかもしれない。

その際に、レンシィを見かけたのかもしれない。

何が強く惹かれたのかもしれない。

今はただ、そんな予測しか出来ないが。


「明日の朝には再び出立する。5日後に戻る予定だが、その後は王都に行くことになるだろう。あちらの仕事も置いたままなのでな」

「少しは休まれてからでもよろしいのでは?お体を壊しますわよ」

「君のその言葉で、私は力が溢れて止まらないよ」


エドウィンのそんな言葉に呆れて、だが少し照れて赤く染ったグローリアの頬に、エドウィンは愛しさのまま軽く口付けた。






 

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