親友の元王女が無理やり娶られることになったので、婚約破棄させてやりますわ!
「おファックやってやろうじゃねぇですのよ!」
食堂のど真ん中で白髪交じりの金髪を逆立て、少女が怒鳴る。
彼女の小さな背中の後ろには、銀色の髪をシニョンにまとめた大柄な少女。
そして目の前には、不敵に見下すように笑う少女。
「エセ貴族のくせに生意気なのよ! 元王女なんて庇っちゃって!」
「うるせぇですわよ!! わたくしの友人を馬鹿にすんなですの!」
彼女……ヨン=アレクシア・スールシャールにとって、エセ貴族と馬鹿にされることは別にどうでもいい。
事実、五年前の戦争で伝説の古代魔法に覚醒した父が大戦果を上げたから、貧民街で暮らしていた一家の人生は一転して、貴族として今この帝国魔法学校に通っているのだ。
しかし、彼女の友人である元王女がいる理由はある意味で全く逆で。
「友人!? あんたの父親が滅ぼしたんでしょうよ! そこの、シェアト王女様の国を!! しかもあんたの領地は、王国から奪った土地でしょ!!」
「うぐっ……でも、それとお友達であることとは関係ありませんのよ!」
痛いところを突かれたというように、アレクシアの顔が歪み、下を向く。
ルームメイトになって、色んな話をして。それで仲良くなったんだ。
そう言い聞かせている間に、少女は畳み掛けるように罵倒を続けた。
「関係ない? よく友人なんて言えるわよね! 何様のつもりよ!」
「うぐぐ……」
「娼婦の娘らしいわぁ。王国の隠し遺産目当てかしら? もう一緒に寝たの?」
少女は勝ち誇ったように笑って、俯いたままのアレクシアの頭の上からなじる。
しかし、まるでそれを待っていたかのように、彼女の頭が跳ね上がった。
「ぐっえっ!?」
「カサンドラ!! 絶対ぶっ殺してやりますの!!」
顔面に思い切り頭突きを食らわせて、アレクシアは飛びかかる。
友人も母親も馬鹿にされ、絶対に許さないと誓って。
しかし握り締めた拳は敵に届くことはなく、彼女の身体は宙に浮いた。
「……やめましょう。アレクシア、退学になってしまいますから」
「シェアト!! 離しなさい!! わたくしは!! こいつを!!」
アレクシアの後ろに、ずっと居心地悪く見守っていた大柄な元王女、シェアト・アルフェラッツはその真紅の瞳に怒りの炎を隠して、友人の襟首を掴み上げていた。
じたばたともがくアレクシアを持ち上げたまま、彼女はカサンドラと呼ばれた少女に言葉を向ける。
「帝国貴族は、自国民に対してずいぶん横柄ですね」
「あぁん? それが何よ。あたしは大貴族、オルセン公爵家の一人娘よ?」
「……その公爵という地位が、誰によって保証されたか。少し考えてみると良いでしょう」
嫌味を込めて。
王国は確かに負け、シェアトを遺して全てが滅んだ。しかし、それは帝国貴族の手柄でも、皇帝や皇太子達の手柄でもない。
「それに家の話をするなら……アレクシアの事を本当に馬鹿にできるんですか?」
「はっ! いきなり伯爵になったエセ貴族よ?」
「……何故いきなり伯爵なのか。その理由も考えられない愚かな小娘でいればいいでしょうね」
それは、アレクシアの父グンナル。
『歩く災厄』『轟く雷神』『生ける天変地異』などと畏怖を込めて呼ばれる史上最強の古代魔法『星の雷』の使い手は、たった一人でシェアトの父が治めていた王国を滅ぼしたと言って過言ではなかった。
それを身をもって知っているシェアトはただただ淡々と事実を告げたが、カサンドラは納得した様子もなく、この帝国の建国以来続くオルセン公爵家の誇りを鼻にかけたまま。
「あんた生意気よ。元王女だからってお情けで領地を残してもらっただけのくせに」
心底苛ついたような声を出して。
「あー、そっか。あんたの領地の元王都って、エセ貴族領の隣よね。そいつの足でも舐めないと生きていけないわけだわ」
更に挑発を繰り返す。
しかしそれは、既に友人以外に心を閉ざした元王女に効果などなかった。
「それで結構です。アレクシア、行きますよ」
じたばたしても無駄だと分かって大人しくなったアレクシアを担ぎ上げて、シェアトは二人の部屋に戻る。
後ろでは鼻血が出ていたことに気づいたカサンドラが再び罵倒を続けていたが、それはもうどうでも良かった。
――
「わたしの為に怒ってくれたことは感謝するのですが」
「……」
解放されたアレクシアはベッドに横たわり背を向けて、拗ねたように黙りこくる。
シェアトはそんな彼女に穏やかな声で続けた。
「気にしない方がいいですよ。妬ましいだけでしょうから」
貴族というものは、家の長さををやたらと重んじるので。と彼女が続けると。
アレクシアは背を向けたまま、言葉を返した。
「シェアトはいいんですの?」
「何がです? アレクシアと寝た? 本当だとして、そんなに悪くはないでしょうね。お世辞抜きで貴女は可愛いですし」
女同士なのに、と自分で言っておかしくて、思わず笑う。
ただアレクシアは一言、違いますわ。と真面目な声で。
「……確かに、シェアトの国を滅ぼしたのはお父様ですの」
「それで? グンナルがわたしの家族を皆殺しにしたのに、友人なんておかしい、という話ですか?」
「……ですの」
「それを言うなら、あなたの地元ガブラスを焼き払ったのは王国ですよ。どうして友人でいてくれるんです?」
自暴自棄のような声でシェアトは言葉を返す。
どこか空虚な笑顔でアレクシアの言葉を笑い飛ばす彼女に、寝たままだった少女は起き上がって顔を向けた。
「……分かりませんわ」
「でしょう? わたしもですよ」
そう言いつつ、二人は出会った時の事を振り返った。
◆◆
「相部屋の、アレクシアですの! 入ってもよろしいかしら?」
寮の地図を渡され、大きなトランクを引くアレクシア。
やっと見つけた角部屋の扉に彼女が名乗ると、部屋の扉が開いた。
「……シェアトと言います」
「でっか……じゃなかったですわ! よろしくお願いしますの!」
ぬっと現れた、とんでもなく背が高く、何から何まで大きい女。
真紅のドレスに身を包んだ美女は、アレクシアの姿を見下ろして呟いた。
「……貴女が……アレクシア……」
「覚えて頂いてありがとうございますわ! 荷物を入れたいのですが、大丈夫ですの?」
じっと見つめるシェアト。
アレクシアは屈託のない笑顔で彼女に感謝して、トランクを叩いた。
「手伝いますよ」
シェアトがそう言って軽く指を振る。
大きなトランクはふわっと浮かんで、そのまま部屋の中に入っていった。
「おおぅ……魔法使えばよかったですわ」
なんでこんな重たいものを引きずってきたんだろうと、アレクシアも続けて中に入る。
ベッドがふたつ置かれて、真ん中にカーテンが取り付けられた簡素な部屋。
それぞれの窓際には机と大きな衣装棚もひとつずつ。
シェアトはアレクシアの為に空けておいた方にトランクを下ろすと、自分のベッドに腰掛けた。
「ありがとうございますわ!」
「いいえ。気にしないで下さい」
なんとなくそっけないけど、優しい人だな。とアレクシアは嬉しくなって。
荷解きをして衣服を衣装棚に詰めて、机に勉強道具や日用品を開けると、シェアトに向かい合うように座る。
「えぇと、改めて自己紹介をしますわね。ヨン=アレクシア・スールシャールですの」
輝くような笑顔。
シェアトはしばらく彼女の金色の瞳を見据えて、小さくため息をついて。
その様子に首を傾げるアレクシアをもう一度見つめて、なにか決意を込めて名乗る。
「シェアト・アルフェラッツ。貴女のお父様が滅ぼした王国の王女です」
うっ。とアレクシアの声が詰まる。
シェアトがなんだかそっけない態度に見えたのはそういうことか。と理解して、どう言葉を続けたら良いものかと悩んでいると。
「気にしないで構いません。自己紹介も結構。貴女のことは調べていますから」
小さく微笑んで、彼女は続けた。
「ガブラスの出身でしょう。しかも最下層民。父は靴磨きでしたか。弟は病死、母は娼……」
彼女からすれば、なんでこんな底辺の民に滅ぼされたのか。
馬鹿にするように揺れる声で、調べ上げたアレクシアの身の上を語る。
「あたしの家族を馬鹿にするな!!」
その声色に、アレクシアは激怒した。
彼女の白髪が虹色に輝き、父親譲りの膨大な魔力の片鱗が浮かぶ。
それを見たシェアトは芝居がかった手付きで手を振って、軽く謝罪をした。
「……失礼、馬鹿にするつもりは。少し、感情的になりました」
謝罪を受けたアレクシアは、少しの間シェアトを睨みつける。
ただ彼女は、目の前の女を元王女に貶めたのは自分の父親だと知っていたから。
「……こちらも。気持ちは分かりますから」
戦火の中、家族を失った者同士。
しかし違いは、身分を得た者と失った者。
二人は偶然同い年で。本当にたまたま、この魔法学校にやってきただけだった。
◆◆
「……今思うと、大分失礼でしたね。さっきのカサンドラ嬢くらいに」
シェアトは反省したふうにしゅんとして。
一方のアレクシアは困ったように眉尻を下げて、唇に指をあてた。
「んまぁ……でも、シェアトに言われるのは仕方ないかなって思いますの。それに……」
それに? と聞き返したシェアトに、アレクシアは手で口を隠す。
笑いを堪えるような仕草に、不思議そうな目を向けたシェアトに対して、彼女は震える声で言った。
「確か最初の朝ですわ。ほんと笑いましたの。やっぱり貴女も、わたくしと同じ人間だなって思って」
「……最初の朝……? あっ!」
◆◆
「シェアトさん、シェアトさん、朝ですのよ。朝食に行きますわよ」
「ん……」
ばっちり着替えて支度を終えたアレクシアが、ゆさゆさとシェアトを揺らす。
ベッドから若干はみ出た足先がフレームにあたって、彼女はめんどくさそうに目を開けた。
「すげぇ……色んな所が揺れてる……ですわ」
「どこ見てるんですか」
主に胸元の、大迫力のウェーブを眺めて感動していたアレクシアを咎めながら、少し頬を紅く染めたシェアトが起き上がる。
「着替えますから、カーテン閉めてください」
「え、えぇ……」
生唾を飲み込んだアレクシアがカーテンを引く。
しばらくゴソゴソと音がして、急にシーンとなったところ。
薄いレースに映る影が固まっているように見えて、思わず声をかけた。
「シェアトさん、どうしましたの?」
「……手伝って下さい」
恥ずかしさを噛みしめるような声がして、アレクシアは首を傾げながらカーテンを開く。
そして、思わず吹き出した。
「んふっ、どうやったら、んふっ、そんなに絡まるんですの??」
腕を上げたままの姿勢で、自分のドレスに拘束されたシェアト。
アレクシアは腹の底から笑うのを堪えて、彼女の背中に回る。
「あー、ここの金具がつけっぱなしですわ。ボタンも留めたままですし……髪も絡まって……昨日はどうやって着てましたの?」
「昨日までは侍女にやらせましたので……脱げたので、一人でもできると思ったのですが……」
あぁ、王女様だもんなぁ。自分で服を着たことすら無いのか……と、アレクシアは育ちの違いに気が遠くなって。
腰まで伸びるシェアトの髪をなんとか救い出してドレスを一度脱がせると、下着姿の凄まじい圧力に気を失いかけた。
「……おぅ」
「あまり見ないで下さい!!」
アレクシアは思わず自分の胸に手を当てる。
すかすかと宙を切る手のひらと、目の前で威圧する物体。
ため息を吐きながら、素直な感想を述べた。
「……良いもの食べてたんですわねぇ」
「くっ……!」
心底恥ずかしそうに悔しそうに歯噛みするシェアトの髪をまとめて、彼女でもわかるように一から説明しながらドレスを着せる。
やがて完了した頃、朝食の時間を知らせる鐘が鳴り響いた。
「あら!! 朝食ですわ!! 急ぎましょう!!」
がばっと音のした方を振り向いて、走り出そうとするアレクシア。
「あの、アレクシアさん、もうひとつお願いが……」
それを、今度は心底申し訳無さそうにシェアトが呼び止めた。
なんですの? と聞くアレクシアに、彼女は続ける。
「髪も……ひとりでは結べないので……」
「もう! 明日からはもっと早く起こしますのよ!!」
◆◆
堪えきれずに笑い出したアレクシア。
思わず顔を赤くしたシェアトは怒ったように。
「もう! しょうがないじゃないですか! やったこと無かったんですから!」
「んっふ、まだ髪結べないのに……ふふっ……」
「お、怒りますよ!」
「あはは……って、なんか馬鹿らしくなってきましたわね」
笑ったら、カサンドラのことなんかどうでも良くなってきたと二人。
ばたっと仰向けにそれぞれ寝転がって、眠たい声で話を続けた。
「……そういえば、友達の貴女にも言っていなかったことがあります」
「……なんですのー?」
「卒業したら、わたしは皇室に嫁ぎます」
は? と眠気が吹っ飛んで、いきなり起き上がったアレクシア。
シェアトのベッドに腰掛けて、背を向けた彼女の肩に触れる。
「皇帝は、きっと反乱を起こすと考えているんでしょうね。卒業と同時に婚約発表ですって」
ため息をついて、冷めた声で。
泣いているように小さく震えた肩。
アレクシアも貴族の端くれとして、皇室に嫁ぐことの重さは理解している。
そして、元王女なんて肩書の彼女が嫁いだらどんな扱いを受けるかも、歴史を学んで知っている。
「……皇帝陛下は、王国の血を根絶するおつもりで……」
アレクシアは絶望したような声を漏らす。
「でしょうね。数年もしたらわたしの子供だと偽って、皇室から誰かをよこして王都を治めさせるつもりでしょう。そうしたら用済み……運が良ければ生きていられるでしょうか?」
犯されて孕まされるよりはマシかも知れませんが。
そう、吐き捨てるように。わずかに震える声でシェアトは言う。
アレクシアはそんな彼女をしばらく眺めて、何かを思い出したように切り出した。
「考えがありますわ」
え? と聞き返すシェアト。
アレクシアは顎に手を当てて、しばらく眉間に皺を寄せて。
あまり自信がなさそうに言った。
「多分シェアトのお相手は、ティウ第二皇太子ですわよね?」
「え、えぇ。そうですが。なぜそれを?」
婚約者の名前を言い当てられて、シェアトは目を丸くする。
アレクシアは首をひねり、その疑問に返答した。
「皇族の男性で今独身なのは、あの方だけですわ。戦争で奥様を失いましたから」
「なるほど……それで、考えとは」
ちゃんと皇室の事情を把握していたんだなと、シェアトは何度か頷いて。
考えを聞かれたアレクシアは若干の間黙ってから、とんでもないことを切り出した。
「……婚約の破棄、できるかもしれませんわ」
「は? 何を言っているんですかアレクシア」
わけがわからない、という風に首を傾げるシェアト。
皇帝が決めたことを、たかが皇太子である彼が覆せる訳がないと耳を疑った彼女に。
アレクシアは一度深呼吸をすると、皇帝とティウの確執を話した。
「……ティウ様は、皇帝陛下を恨んでいるのですわ。ティウ様の奥様は、勝手に王国に攻め込んだソール第一皇太子殿下を救助するために部隊を率いて、代わりに犠牲になったお方でして」
あぁ。とシェアトが相槌を打つ。
開戦してしばらく、一度は追い詰めたソールを逃し、気高い最期を迎えたという彼女の名前を思い出した。
「エリーザの事ですか。たった一人で三日間も王国軍を足止めした怪物だったと聞いていますよ」
「そう、そうなんですの。わたくしはティウ様に直接お聞きしたので知っているのですが……」
当然シェアトは知らなかったが、ティウの妻エリーザは名誉を傷つけられていた。
本当はソールを救出するために王国へ向かったのに、逆に彼女が独断専行したせいで、戦争初期の帝国は大打撃を被ったことになっている。
「皇帝陛下は、不名誉な戦をした殿下を守るために……エリーザ様のことを、殿下の足を引っ張り勝手に戦死したと喧伝したんですの。だから……」
「ティウは皇帝を恨んでいる、と言うわけですか」
ですの。と相槌を打つアレクシア。
「それでも、彼が皇帝に逆らうなんてできないでしょうに」
そう言われて、アレクシアは少し黙って。
決意を込めた目で、シェアトの瞳を見つめた。
「貴女との婚約が公になる前に、わたくしが嫁ぎますわ」
「そんな事できるんです?」
「帝国法では問題ないはずですの。それにティウ様はお父様を見出し、スールシャール家を創設するように奏上した保証人ですわ。婚約発表の前にわたくしが割り込んでしまえば、いくら皇帝陛下でも拒絶はしにくいはず……ですの」
アレクシアの話を興味深く聞いていたシェアト。
彼女は期待を込めた眼差しを一度伏せて。微笑みながら首を横に振る。
「……ごめんなさいアレクシア。心遣いは嬉しいのです。本当に」
そして目尻から流れる涙を拭うと、悲しいほどに美しく笑う。
「私と皇族との婚姻が結ばれなければ、王国の民には重い枷が嵌められるでしょう? たとえ最後の一人であっても、血が絶えることになっても。犠牲になるのは王族だけでいいのですよ。それが務めというものです」
その言葉に、アレクシアは何も言えずに。
「ごめんなさい。貴女には背負う民がいるのに……」
「いいえ。貴女にはいずれ背負うスールシャール領の民を……かつての王国の民をよろしくお願いします」
素直に謝罪した彼女に、シェアトは優しく諭した。
――数日後
早朝からごそごそと音が聞こえて、シェアトは珍しく自力で目を覚ます。
いつもはアレクシアが起こすまで熟睡している彼女は、むくりと起き上がるとカーテンを開けた。
「えっ、自分で起きれたんですの?」
「し、失礼な……起きられないのは事実ですけど……何処かへ行くんです?」
何故かよそ行きの正装をして、あまり上手くない化粧までしたアレクシア。
彼女はバツが悪そうに苦笑いをすると、若干上ずった声で嘘をつく。
「お父様が仕事で帝都に来てるので、会いに行ってきますわ」
本当は、あの日の翌日にはティウに手紙を送っていて。
これから忙しい合間を縫って謁見を許可してくれた皇太子の元へ行くのだが。
そしてシェアトのことについて、何かできないかと相談しようと考えていた彼女。
「……あぁ、いってらっしゃい」
寝起きのシェアトに、アレクシアの言葉が嘘だと見抜くような目は無く。
あっさり出かけられたことに、心底ホッとした。
――
「ふぅ……危なかったですわ……」
学生寮を出て、てくてくと歩く。
やがて学校の門を出たところで、豪奢な装飾の施された馬車を見つけた。
迎えをよこすと聞いていたなと、その馬車に近づこうとした彼女。
「おーい! ヨンちゃん!! 迎えに来たよ~~~~!!!」
いきなり窓から手が出てきて、呑気に名前を呼ぶ声が聞こえて。
「ティウ様!?」
びっくりして尻餅をついた。
「あはは、ごめんね~。さあ乗りなよ」
御者が扉を開けると、手を広げて迎え入れる、金髪とよく日に焼けた肌が輝く屈強な大男。
第二皇太子にして、帝国軍最高指揮官であるティウ。軍事の殆どを任されているスールシャール伯爵家の、直接の上司に当たる彼は当然アレクシアとは面識がある。
それどころか、焼き払われた故郷から帝都に逃れ、工場で働いていた彼女を見つけたのも彼。
そしてヨンという名前の貧相な少女に、アレクシア・スールシャールという名前を与えたのも彼。
ある意味でもう一人の父とも言える男は、実の娘を見るようにニコニコと笑っていた。
「少し背が伸びたかな?」
「お陰様ですの! というかティウ様、勝手に外に出て大丈夫ですの?」
「大丈夫。でもないけどね……まぁ、なんとか休みは取ったさ。行こうか」
彼は苦笑いをして、御者に出るように命令をする。
しばらく他愛もない近況を話して、彼の屋敷についた。
「いつみてもでけぇですわ……」
「ヨンちゃんは小さいからなぁ」
「ぐぬぬ……」
ぽんぽんと頭を撫でられて、アレクシアは悔しそうに歯噛みする。
中へ通されて朝食を摂り、応接室に案内されると。
「で、話があるって書いてたね。大体想像つくけど」
「え?」
ソファに座って向かい合い、茶と菓子が置かれる。
ティウはおもむろに手を叩き、執事に告げた。
「二人きりにしろ。急用でも通すな」
承知しました。と一礼して去った執事を見送り、驚いた顔をするアレクシアに微笑んで。
彼女を見透かしたように短く話した。
「シェアトの事だろう?」
「な、なんで……」
「君をルームメイトにしたのは僕だよ。シェアトが帝国へ復讐を考えていても、そうでなくても。何かあれば君なら真っ先に僕に相談すると思っていたからね」
なぜ分かった? と疑問符を浮かべたままのアレクシアに、要はお目付け役だよ。とティウは種を明かす。
そして茶を一口飲むとテーブルにひじを突いて手を組み、鋭い視線を向けた。
「で、どんな話だい?」
その視線を浴びて、思わず苦笑いが溢れるアレクシア。
駆け引きなんかできない事を理解して、正直に友人を救いたいと言おうと、深呼吸をした。
「……婚約を取りやめてほしいんですの」
「驚いた。それを話すくらい仲良くなったのか」
今度はティウが目を丸くして、称賛の意を表して手を叩く。
そして彼女がわざわざそれを直訴しに来た理由を推察して。
「彼女、そんなにいい子だったかい?」
どうしてシェアトを救いたいと思ったのかを聞く。
「シェアトは、わたくしに偏見を持たないし、どんな貴族よりも貴族らしい女性ですの。それを皇族に嫁がせるなんて」
皇室に入って、残りの人生全てを狭い鳥かごの中で終わらせるなんて。
アレクシアは拳を握りしめて、震える声で言う。
ティウは飄々としつつも穏やかに目尻を下げて、彼女の心配は的中することを告げる。
「まぁ、君が察してる通りだね。僕に嫁いでも僕と話すことは一生ない。いずれ皇室から適当に子供を見繕って僕と彼女の養子にして、そいつがいつの間にか王都を治めることになるかな」
「やっぱり……」
アレクシアの額から、一筋の汗が流れた。
眉が下がって、瞳はうるうると涙をためて。
その様子は、目の前で彼女を見定めるもう一人の父に心を伝えるのには十分だった。
彼はふぅとため息をついて、ハンカチを持った手を伸ばす。
「お化粧が崩れるよ。それで、君の言いたいことはよーく分かった」
彼女はハンカチを受け取り、涙を拭う。
それを見守る彼は爽やかな笑顔を浮かべて、予てから温めていた解決策を。
まるで予定通りと言うように切り出した。
「よし、結婚しよっか。ヨンちゃん。シェアトは養子に迎えよう」
この前の夜に、アレクシアがシェアトに話したことと殆ど同じ解決策。
まだ婚約を知らないスールシャール家と勝手に婚姻を結んでしまって、シェアトは子供のいない自分の娘として迎え入れる。
あっさりとそれを言う彼の目を見て。
「えっ、できるんですの?」
アレクシアは驚愕した顔のまま完全に固まって、彼の言葉を何度も反芻する。
そんな風にかちかちに凍りついた彼女を眺めながら、ティウは笑顔のまま、腹の底からうっかり怨嗟を漏らした。
「できる、というかやるのさ。皇帝(クソ親父)は馬鹿だからな。この俺がどんなに恨んでいるか理解すらしていない。エリーザの仇がソール(クソ兄貴)だということも理解していない……汚れ役を俺に押し付けて、王国から甘い汁を吸おうってか? そうは行かねぇんだよなぁグズ共が」
笑顔がだんだんと崩れ、顔中に皺が寄る。
全身から凶悪な怒気がじくじくと漏れ出した彼の前。
やっと思考の整理が完了したアレクシアは慌てて手を振った。
「ちょちょ、ちょっとティウ様。いきなりお顔が怖いですわ」
「おっとごめんね。ちょっと感情的になってしまったよ。指揮官失格だね」
ふふふ、と口を隠して笑いでごまかす。
そして彼はわざとらしく壁にかかった時計を見ると、芝居がかった声で告げた。
「時間がないな。お姫様。僕の結婚を受けてくれるかな? お古だし、しかも随分年上だけど」
笑顔で手を差し出して、アレクシアの返答を待つ。
彼女はおずおずとその手に、自分の手を差し出そうとして。
「ティウ!! 待ちなさい!!」
爆風とともに扉が吹き飛び、ついでのように巻き込まれて吹き飛んだアレクシア。
ティウはとっさに腰に隠した魔法の杖を抜いて、煙の中から乗り出した巨大な影に向けた。
「……これはこれは王女様。会うのは初めてになるかな」
なるほど、婚約者であることを屋敷の人間だけは知っているからな。とシェアトが侵入できた理由に納得して杖を下ろす。
相対する彼女も、鍵がかかっていたから吹き飛ばしただけだと杖を放り投げると、静かに言った。
「二度目です。アレクシアをどうするつもりですか」
苛ついたように聞こえる声に、ティウは座ったまま両手を上げて。
やれやれとため息をついて、悪い話ではないと告げた。
「どうするもこうするも、僕は君のために彼女を寄越したし、彼女は君のために来たんだが。僕は彼女の提案を飲むし、勿論君にとっても悪い話にはならないようにするよ」
シェアトはぎりっと唇を噛む。
やけにあっさりと、小娘からの提案を飲むという彼がやけに胡散臭く感じて。
その本心を見抜いた。
「……最初から、貴方はアレクシアを狙って」
ティウの息がかかったスールシャール家の令嬢、アレクシアを自分のルームメイトに手配したのかと気づく。
もし自分が帝国に復讐しようとしていたら、彼女はそれをティウに相談しただろう。それなら自分を処刑して、アレクシアを迎え入れるつもりで。
人のいい彼女が自分と仲良くしていたら、自分を餌に彼女を養子にでも迎えるつもりだったのだと。
引きつった顔でティウの考えを読み取ったシェアトに、彼は小さく拍手した。
「察しがいい娘は嫌いじゃあないよシェアト。僕は彼女が欲しい。正確に言えば彼女の血だが」
狙っていたのは、スールシャール家の血。
史上最強の魔導師を父に持ち、自らも圧倒的な魔力の片鱗を見せ始めたアレクシア。
それを何のために使うのか、シェアトは薄々察していた。
「貴方は、エリーザの復讐を……」
妻の復讐のために、自分たちを利用したのか。
そう問いかけると、彼は唇の端を持ち上げて否定する。
「若干違うな。エリーザと結婚したのも、元はと言えばいずれ親父と兄貴を殺すためだった。無駄に戦争ばかりして手柄があれば持っていき、失敗の責任は全て俺だ。先の戦争だってグンナルがいなければどうなっていたことか。君には分かるだろ」
逆に問われ、シェアトは歯噛みする。
確かに、グンナルが目覚める直前までは王国が圧倒的有利に戦いを進めていた。
しかしそれを完全にひっくり返した、地平線の果てまで降り注ぐ雷の嵐を思い出し、背筋が凍る。
ただ、それがなければ。アレクシアの父がいなければ。
「皇帝最大の失政になったでしょうね。ソールも国を滅ぼした大馬鹿者と呼ばれたでしょう」
「そんな馬鹿どもに、エリーザは殺されたんだぞ。この俺に、撤退する橋ごと爆破させてな! あそこに味方が、あいつがいたことなんか俺は知らなかった!! 奴らは全員撤退したと言ったんだ!! 挙句の果てに、エリーザが馬鹿野郎の足を引っ張ったと言いふらした!!」
ん? とシェアトは違和感を覚えた。
ティウ本人も気づいていないのだろうが、今は亡き妻を打算で迎えたと言ったのに。
テーブルを殴りつけて拳から血を流し、彼女が死んだことを悔いる彼の声は、とても悲しく響く。
その声を聞いたシェアトは、彼のことをただの敵国の軍人だとは思えなくなった。
「エリーザさんは、最期まで誰も恨んでなどいなかったと聞いています」
そしてティウと彼の妻への態度を改めると、懐から古びた封筒を取り出して差し出す。
「……これ、渡すつもりなどなかったのですが」
皇室の誰かに見つかれば焼かれるであろう、彼の妻の遺した手紙。
瀕死の重傷を負った彼女が、ティウに向けて紡いだ最期の言葉。
もし、アレクシアを追いかけた今日この日に和解できたとしたら、渡そうとしていたもの。
「手紙? いや、遺書か……生きて、いたのか」
封筒の面に書かれた文字を読んだ彼は、愛おしそうにその文字を撫でて。
震える手でナイフを取り出し封蝋を切ると、慎重に開く。
「治療の甲斐はありませんでしたが。口述筆記ですから信用しなくても構いませんよ」
彼女はもういないし、筆跡の違いで偽物だと思われても困る。
そうシェアトは補足したが、彼にその必要はなかった。
「ふっ……懐かしいな。これは彼女の口癖だ。本物だろうね」
片手で鼻と口を覆い、目には涙を溜めて。自然と震える手で、短い遺書を何度も読み返す。
まず治療にあたった王国兵への感謝から始まったそれは。
ティウの爆破魔法に巻き込まれたことの恨みなど一言も無く、ただ命令を遂行した彼に対してよくやったと。
そして彼の兄が、自分という犠牲を強いてでも生き延びるべき人間だったと。絶対に父と兄を恨むなと記されて。
最期に、たった一言の愛の言葉。
「そうか、そうかエリーザ。今更気づいたが、俺もお前を愛してたよ」
ティウは何度も頷いて、文字を撫でながら読み返す。
やがて納得したようにすっきりとした顔で手紙を折ると、丁寧に封筒にしまって懐に入れた。
「アレクシアを巻き込まないで下さい。わたしは納得していますから」
その様子を見守っていたシェアトは、自分も諦めるからと。親友を巻き込まないでくれと懇願する。
ただその言葉に対して、ティウは首を横に振った。
「僕が納得してなくてね。いいかいシェアト。年長者として教えておこう。復讐とは自分の満足のためにやるものだ。過去に囚われた愚か者のやるものだ。死者の願いなど、そこに意味はない」
指で涙を拭い、赤くなった鼻を摘んで。
たとえ妻が止めようと、彼の復讐は止まらないと言い切った。
ただし、今まで図ってきた計画などもう使わず、自分の力だけでやると拳を握る。
シェアトはその言葉に目を丸くして、呆然と口を開けた。
「どういうことですか。エリーザさんはそんなこと……」
彼女の言葉には答えず、手のひらで制して。
彼は真剣な表情で目線を合わせる。
「正式な発表前ではあるが、婚約を破棄する」
「何を言っているんですかティウさん」
「これで君もヨンちゃんも、僕と無関係だ。ふたりとも仲良くしなよ」
死を覚悟して微笑む彼から、突きつけられた言葉の重さ。
本心ではそれを望んでいたシェアトすら、その言葉に耳を疑った。
「もし君の状況が悪くなったら、王都の民はスールシャール領に逃がすといい。グンナルがどっちに着くにしろ、彼がいるほうが勝つからね」
しかし彼は説明もなく一方的に話を進めると、軍服を羽織って出ていった。
彼の姿を呆然と見送っていたシェアトの後ろで、ガラガラと瓦礫を崩す音がして。
「出るタイミングを伺ってたのですが」
けほけほと咳き込んで、ほこりまみれの少女が這い出てきた。
「あ、アレクシア……そういえば姿が見えないと……」
「背が低いから、とか言いませんわよね!?」
「いやまさか巻き込んでしまったとは……」
「とっさに魔法障壁を張れましたが、わたくしじゃなきゃ大怪我でしたわよ!?」
眉間にしわを寄せて頬を膨らませて。
ぷんぷんと怒るアレクシアに、おろおろと慌てたシェアトは頭を下げた。
「申し訳ないです……」
それはそれとして、と今度はアレクシアが頭を下げる。
「こちらこそごめんなさい。勝手にティウ様に話を持ちかけて……」
「気にしてないですよ。そこまで考え込ませてしまったのはわたしですし」
その頭越しに微笑んだシェアトは、自分のためにここに来た彼女に感謝をして。
えへへと笑い返すアレクシアにしばらく見とれ、急に我に返った。
「って! のんびりしてる場合じゃないですよアレクシア!」
「あわわそうでしたわ! ティウ様が反乱を起こすなんて! しかも、ティウ様は帝国軍の全てを握っているから……!」
これからとんでもないことになる。
二人は真っ青になって、今何をすべきなのか考えて。
エリーザの最期について聞いてしまったアレクシアは、父を説得するかどうか考える。
どっちみちスールシャール家がどちらに着くか決めれば、それで決着が着くのだから。
そんな風に考えて、シェアトの方をちらっと見た。
「どうしたら……」
「ん? この国の命運を握っているのは、貴女ですよ」
彼女は首を傾げて、自信なさげな少女の背中を叩く。
叩かれたアレクシアは、自分の言葉にそんな重みがと躊躇したが。
「いいですかアレクシア。ティウさんや帝国軍が反乱を起こせば、貴女の家は彼らを叩き潰すのが道理です」
「そりゃあそうですの。帝国の敵となりますし」
「ここからは貴女の判断ですが、皇帝こそが帝国の敵だと言うなら話は別ですよ」
王国との戦争を起こし自国に多大な被害を与え、たまたま父を見つけて勝った皇帝が。
現場で散々な苦戦を強いられ、騙されて自分の妻さえ亡くしたティウと比べて正当だと思えるか。
それは考えるまでもなく。
「お父様を説得してきますわ」
アレクシアは拳を握りしめて。
きりっと眉尻を上げると、走り出した。
―― 半年後
帝国内に不穏な空気が流れた一年が終わりを迎える。
一面真っ白な化粧を施された帝都の中心では、雪が溶けるほどの熱気の中。
割れんばかりの拍手を捧げる大観衆の視線の先に。
「臣民諸君!! 我々帝国の民を唆し、かつて友邦であった王国の民と殺し合わせた暴君は処刑された!!」
新皇帝として皇帝城のベランダから、ティウが手を振っていた。
その横には緊張で凍りついたように不自然な笑みを浮かべるアレクシア。
娘の晴れ姿に泣き崩れるその父グンナルと、二人の姿があまりにもおかしくて笑いを堪えて震えるシェアトの姿もある。
「私は忌まわしき血族の最後の一人として、臣民諸君への責任を果たすことを決意した」
拡声魔法で増幅されて、観衆全ての耳に届く彼の声。
「我が友人であり、今日からは我が父でもあるグンナルと、同じく今日から皇后となる彼の娘アレクシアとともに」
彼は手を広げ、父娘を指す。
二人は揃って手を振って、観衆も大きな拍手を贈る。
あの日、すぐに父の元へ向かった彼女は、父に向かって全てを話した。
娘の話を黙って聞いていた父はただ一言、「ティウには恩がある」と呟いて。
娘を抱きしめると、真っ先に帝都へ向かった。
彼の離反に恐怖した殆どの貴族がティウに寝返り、僅か半年で反乱が無事に終わった事は言うまでもない。
「そしてかつての過ちの、我が亡き妻エリーザの名誉を取り戻したシェアトと共に。この帝国に、この世界に調和と安定を取り戻すことを約束する」
直前まで舞台に出ることを断り続けていたシェアトも挙げられ、気まずそうに顔を出す。
帝国人は、自分のことを歓迎しないだろうと思っていた彼女にも、万雷の拍手が贈られた。
ティウが彼女から贈られたエリーザの遺書を公開し、皇族たちに突きつけた姿。
それは帝国人の心をいたく打ち付けて、同時にシェアトや王国人は名誉を重んじる高潔な人柄だと理解されている。
最も本人は、買いかぶられて困るとぼやいてはいるのだが。
「さあ! 新しい帝国の行く道を、皆で作ろう!」
最後に、ティウがもう一度声を張り上げて宣言する。
それに習って、眼下の臣民たちは新たな時代の到来に歓喜した。
――
式典が終わり、城内の大広間では宴が催される。
あらゆる貴族からの挨拶を受けながら、上座に座る二人は一段落して、ほっと一息をついた。
「いや~、緊張したねぇ。皇后陛下」
「……今だに夢かと思っていますの……」
ティウの反乱が終わると同時に、改めて求婚を受けたアレクシア。
いつの間にか父はそれに大賛成をしていて、元々の婚約者だったシェアトも祝福してきた。
気づかない間に外堀を埋められていたことに気づいたのは、割と最近のことで。
果てしなく上がっていく身分にめまいを覚えながら、疲れた風に背もたれに寄り掛かる。
「最初に言ったじゃあないか。結婚しようって」
「まさか本当にするとは……ですの」
「まぁ正直言うと、僕が本当に信用できるのはグンナルとヨンちゃんだけだからさ。子供もいらないし、外面のためだけだけど、よろしく頼むよ」
「むぅ……」
皇室の血を絶やすために協力してくれ。と彼は言う。
彼女はそんなティウをジト目で睨みながら、近づいてくる女に目を向けた。
「あっ!! シェアト!!」
「おめでとうございます、皇后陛下。凄い出世ですねぇ」
「からかわないでくださいまし!? そもそも貴女が皇后になった方が良かったんですのよ!?」
おいおい、僕の気持ちは無視かね。と苦笑いを浮かべるティウを完全に無視して、二人はきゃっきゃと話し合う。
「わたしは王国人と帝国人を繋ぐ橋渡しをしたいので、ちょっとした事業でも始めようかと。皇后の身分は重すぎますよ」
「そういうことでしたのね……シェアトならできると思いますの! わたくしと、最初にお友達になってくれた親友ですし!!」
受け入れられ始めたとは言え、かつての皇帝が仕掛けた戦争で崩壊した両国の関係。
今は統一されていても、地域に根強く残る差別感情。それを払うと決意したシェアトは、力強く未来へ歩む。
アレクシアはそんな彼女の決意を受け取って、心からの激励を返すと。
「親友、ですか……そうですねぇ……」
彼女は若干不満そうに口を尖らせる。
そして小さく微笑んで、さらっと告白した。
「ま、女同士なんでアレですけど。初恋でしたよ、アレクシア」
「えっ」
目を丸くするアレクシアに、シェアトは艶っぽく笑いかけて。
続けてちらっと彼女の横を見る。
「ティウさん。子供がいらないのなら、わたしがアレクシアを連れて行っても?」
「それは駄目だが!?」
「じゃあ時々遊びに来ますので。寝室からは退いてくださいね。ではでは」
照れ隠しのようにふんふんと鼻歌を歌いながら去っていくシェアトの背中を、ティウは困ったように苦笑いを浮かべて見つめ。
アレクシアはまんざらでもなさそうに見送った。
(終)
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