極道とクルセイダース
「クルセイダースですか……随分と、厄介な相手ですね」
難民達を、諜報部員として、街に放ち、情報収集を行っていたマサの元には、すでに、大陸統一教会のクルセイダースが、マジアリエンナに到着したという報告が入っていた。
賭場、引いては、勇者が狙いであろうことは、想像に難くない。
「十年近く前に、この世界に、集団転生して来た、我々と同じ世界の人間達……」
「どうやら、この世界では、随分と前から、我々の世界の人間達が、集団転生させられて来ていたみたいですね」
「筋力も五倍、初期装備も、能力も、我々と同等かもしれません……」
叡智のノートパソコンを見ながら、クルセイダースの説明をするマサ。
「クルセイダースのクラスは、聖騎士、ということは、全員がヒーリング持ちの可能性すらあります」
「あらっ、あたしのヒーリングも回復したことだし、まぁっ、任せてちょうだいよっ」
ようやく、再びヒーリング能力が使えるようになったアイゼン。
「そうだわっ、ダークエルフの森で、留守番してもらっているケンさんに、こっちの応援に来てもらったら、どうかしらっ?」
「いやっ、それでは、同じタイミングで、あちらが攻められたら、あちらの人員だけでは、防ぎ切れませんよ」
「唯一の救いは、魔法は全く気にしなくていいということですかね……『魔』を冠している術である以上、彼等は決して『魔法』は使って来ないでしょうから」
「せやろなあ、魔女狩りしとったぐらいやしな」
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「いずれにせよ、今回は、タフな戦いになりそうですね」
「おうっ、そりゃぁ、ちょうどいいじゃあねかっ」
ここまで、黙っていた石動が、ようやく口を開く。
「まぁっ、こっちに来てから、いろんな相手に、喧嘩ふっかけて来たが、未だにどうにもスッキリしねえんだっ」
「そりゃ、きっと、筋肉五倍なんてえ、チートがあるからなんじゃねえかと、ちょうど、思ってたところだっ」
「やっぱり、相手と対等の立場じゃねえとなっ」
「あぁっ……なるほどっ、そう来ましたかっ」
これには、さすがに、マサも呆れている。
「まさか、アドバンテージを全否定される日が来るとはっ、さすがに、ちょっと、想定外でしたっ」
「でも、兄貴っ、敵は、数がようけおるんやから、それぐらいはいいんとちゃうけ?」
「そうよねえっ、タイマンと、集団戦じゃ、訳が違うものねえっ」
「まぁっ、こちらも、兵士ではありませんが、数は増えていますし」
「難民だった者達の中には、いろんな種族やクラスがいましたから……まぁっ、いろいろと、準備はしていますよ」
現に今、ダークエルフの森と、マジアリエンナの賭場、その間の連絡は、有翼人に頼んで、伝言、もしくは手紙を運んでもらっている状態だ。
それでも、時間はかかるが、地上では通れない場所もあり、迂回せざるを得ないことが多い。直線距離での移動が可能で、速度も上がる、空の方が圧倒的に早い。
「個人的には、アロガ王、最大の悪手は、種族差別政策による、他種族弾圧だと、思っているんですよ」
「それによって、空が、ほとんど使えなくなりましたからね」
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同じ頃、マジアリエンナの大聖堂では、クルセイダースのみによるブリーフィングが行われていた。
「目撃者達の話を総合すると、おそらく、敵は銃を使用出来るのではないかと」
銃に関して、報告するのは、転生組である立花正太郎。
「この世界で、これまで、銃の使用は、確認されていなかったはずだが」
これに呼応するのは、同じく転生者であり、副長の十文字剛。
「……初期装備か」
隊長の神原が呟く。
「我々の頃には、初期装備で、銃を与えられた者は、いなかったですね」
「そりゃあ、十年近くも経っているんだ、アップグレードもされているだろうよ」
部隊での情報共有が済んでも、転生組だけは、すぐに、その場を去ろうとはしなかった。彼等には、思うところがあるのだろう。
「しかし、日本から来た者達ですか……」
十文字の言葉に、立花は頷いた。
「我々以外の、日本人に会うのは久しぶりですね」
「極道なんてのがまだ居るぐらいだ、我々が居た頃と、日本は、それほど変わっていないのかもな」
そこで、みなの想いが、ふと、口をついて出る。
「家族は、まだ達者だろうか……」
「親父やお袋は、今も、生きているんだろうか……」
「私の娘は、もうじき、成人式を迎える頃でしてね……」
沈黙する一同。みな、それぞれ、故郷への想いを噛みしめている。目に涙を浮かべている者も少なくない。
神原が、再び口を開く。
「かって、我々が、守ると決めていた、日本国民と戦う……」
「我々としては、どうにも、やりにくい相手だな……それが例え、反社の者達であったとしても」
「そうですね、神原三尉」
「その階級で呼ばれるのも、久しぶりだな……」
「国のため、日本のために戦っていたあの頃が……
すべてが、懐かしいな……」
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することがなくて、マリョウは、時間を持て余してしいた。
クルセイダースとの衝突を前に、賭場は一時閉鎖せざるを得ない。
急に空いた時間で、あれこれと考えてみる。
だが、いろいろと、考えてみても、どうにもスッキリしない。
思い余って、質問してみることにしたマリョウ。
みなが集まっている屋根の下に行ったが、そこには、残念ながら、一番答えを聞いてみたかった、石動の姿はなかった。
「……みんなは、どうして、何で、戦っているんだ?」
「俺は、ただ、生き残る、そのためだけに戦って来た」
「逃げたくても逃げられなかったし、
いつ間にか、逃げようともしなくなった」
「でも、今、みんなは、逃げようと思えば、逃げられるじゃあないか」
「生きて行くだけなら、わざわざ、こんな戦いをしなくてもいいんじゃあないか?」
マサが、眼鏡を押しながら、頷く。
「戦う理由、ですかっ……」
「改めて、そう言われると、今まで、深く考えたことはなかったわねえっ」
「それが当たり前、そんな日常でしたからね、我々は」
「せやなあっ、いつも、いろいろあったわっ」
右人差し指を、顎にあてて考えているアイゼン。
「……そうねえっ……何かを守りたいから、とかじゃないかしらねえっ?」
「守りたいモノは、人によって、違うでしょうけど……誰か人だったり、心だったり、自分自身の命とかも含めてねっ」
「その守りたいモノが、名誉、地位、お金、プライドなんて人もいるでしょうね……まぁっ、信仰もそうなのでしょうが」
「ワイは、若頭のためやな、次が仲間で、その次が子供と女や」
「まあっ、あたしはっ、慈愛の乙女っ、アイゼンちゃんですからねえっ」
「仲間も含めて、生きとし生ける者みんな、やっぱりっ、愛よ、愛っ」
「自分も、若頭と仲間、そういうことになりますかね」
「……では、あの人は、どうなんだろうか?」
マリョウは、一番答えを聞いてみたかった、石動のことに触れる。
「あぁっ、あの人は、『自由』と『信念』のためですかね」
「若頭は、よく、芯を通すと言っていますが」
「言いたいことも言えず、やりたいことも出来ない、そんな抑圧された世界が、心底大嫌いで、そういう世の中には、歯向かわずにはいられないんですよ、あの人は」
「そうねっ、あの人は、社会の奴隷では、いらない人なのよねえっ」
「まぁっ、そこが、ええんやけどなっ」
「まぁっ、魂を奴隷にしたくない、と言うんでしょうか……」
「魂の奴隷……」
「ちょっと、待ってくれっ」
「では、俺の体は、奴隷から解放されたが、俺の魂は、まだ奴隷のままということなのか?」
「俺には、もう家族もいないし、友達もいない……守りたいモノなんて、何もない……」
「俺は、ずっと奴隷として生きて来たから、こうやって奴隷から解放されても、奴隷以外の生き方が分からないっ」
「だから、奴隷じゃない生き方を探すために、みんなと一緒に居るんだっ」
「でも、みんなが居なくなったら、また、どうしたらいいか、分からなくなってしまう」
「そのために戦う、それは、おかしなことか?」
「あらぁっ、すっごく、素敵な理由じゃないっ」
「せやなあ、自分が納得出来るモノなら、なんでもいいんとちゃうかな」
「自分自身の生き方を見つけるために戦う……まぁっ、奴隷ではない生き方の、第一歩ですかね」
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「聖なる教会の跡地にて、邪なる集会を行う、勇者を名乗る者達よ」
「我等、大陸統一教会は、諸君等を邪教徒とみなし、処断することと決めた」
馬上の神原は、五百の兵を率いて、廃墟の前に立つ。
「ただちに、速やかに、投降するよう勧告する」
「もし、求めに応じない場合は、武力の行使をもって、あたらせてもらう」
その投降勧告を、石動達は、廃墟の壊れた壁や、柱の影に身を隠して、聞いていた。敵が銃を所持している可能性を、捨て切れないためだ。
「いやっ、投降勧告とは、また、律儀と言いますか」
「ホンマに、日本人なんやなっ」
「あらっ、やだぁっ、ちょっと、あたし好みのイケオジじゃないっ」
「まぁっ、上等だなっ」
獲物を見定めるかのように、神原の姿を見つめている石動。
「しかし、まだ、こんなに、よく集まって来ましたね」
「ホンマやなっ、前も痛い目見とんのになっ」
「ホントッ、これで、向こうもヒーリング使うとか、泥試合、必死よねえっ」
「若頭、まずは数を減らしますから、肉弾戦は後にしてくださいよっ」
「ちっ、まぁっ、仕方ねえっ」
パァン パァン パァン
「おうっ、これが答えだっ」
物陰から、銃を乱射する石動、やっていることが完全に悪役ムーブだ。
最前に陣取る兵士達が次々と倒れて行く。
「物理防御壁、展開っ」
隊長の神原の指示を、副長が復唱して、後方へと伝える。
「物理防御壁っ!展開っ!」
クルセイダースと駐留軍の混成部隊の最前に、展開される物理防御壁。
「やはり、そうなりますよねっ」
マサの予想通り、こちらが出来ることは、あちらも出来る。
しかも、壁の数は三枚。敵のほうが、その能力を使える人数が多いということだ。
「弓隊、撃ち方、用意っ」
今度は、立花が前方へと指示を伝える。
「弓隊っ!撃ち方っ!用意っ!」
「撃ち方、はじめいっ」
「撃ち方っ!はじめいっ!」
物理防御壁の隙間を縫って、曲線を描いた飛んで来る多数の矢。
「あらっ、じゃあっ、こっちも、負けてられないわねえっ」
アイゼンも、物理防御壁を展開して、矢を防ぐ。
この時点で、敵には、銃が無いことをマサは察する。
ロングレンジからの撃ち合いをお互いに封じられ、次は接近戦だろうと思っていた神原だったが、その予想は見事に外された。
ダダダダダダダーン
ダダダダダダダーン
防御壁を飛び越えた、空からの銃撃。
その連射音が、何度か続く。
背中に翼を持つ、竜人族の二名が手にしているのは、マシンガン。
撃ち終えて、残弾がゼロになると、彼等は矢の届かないところまで、高度を上げる。
そして、体に巻き付けている弾倉を、マシンガンに充填した後は、再び、低空飛行に切り替えた。
敵が、物理防御壁を、上空に展開すると、今度は横から、地上の石動に狙い撃たれる。上と横の二面を完全に防ぎ切るには、さすがに、防御壁の枚数が足りていない。
二方向からの3D立体攻撃、それが、マサが準備していたことの一つだった。
「いや、まぁっ、ライフルが造れるんだから、マシンガンもイケるってえのは、分かんだけどよっ」
魔法エネルギーは使えないが、こちらの通常の人間よりは、はるかに生命エネルギーが豊富な竜人族のために、今回のマシンガンには、仕様変更が加えられている。
「ちょっと、イノベーション、早過ぎなんじゃないかしらねっ?」
「まぁっ、もたもたしてると、我々が死にますからねっ」
それでも、今回は、二丁をつくるのが限界、ギリギリでやっと間に合ったというところだ。
「お陰で、ドワーフの工房は、ブラック企業みたいなことになっていますけどねっ」
「まぁ、あれやなっ、飯と金と女、豪勢にしたれば、なんとかなるやろっ」
「あらっ、でも、それって、それこそ、魂が奴隷になってるんじゃあないのっ?」
「まぁっ、簡単に言えば、いわゆる、社畜ってやつですかね」