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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏のホラー2021『かくれんぼ』

声変わり

作者: 小畠由起子

 職業柄、レオポルドにとって夜道を一人で歩くことなど、単なる日常以外の意味を持たないのだが、その日は違った。ナイツ・ヴィレッジのしけた酒場でのやり取りを思い出す。




「お客さん、旅の人だろ?」


 酸っぱいエールに顔をしかめていると、マスターが親しげに話してきた。レオポルドはあいまいにうなずく。


「あぁ、傭兵だ。……依頼なら受け付けていないぞ。王都で仕事が控えているんだ」

「あぁ、いやいや、依頼とかじゃないさ。それに傭兵さんなら気にしなくてもいいけどさ」


 思わせぶりないいかたに、レオポルドはまゆをあげた。


「おやじ、もう一杯頼む」


 正直にいってそこまでうまい酒ではなかったが、話を聞き出すには酒を頼むのが一番手っ取り早い。それにいくら酸っぱいエールだろうと、酔えないわけではないのだ。


「あいよ。つまみはいいのか?」

「ああ」


 マスターはうなずく。間もなくエールがカウンターにドンッと置かれる。レオポルドは一気に半分ほどあおってから、マスターに向きなおす。


「……で、いったいなにを気にしなくていいんだ?」

「あぁ、さっきの話ね。いや、ナイツ・ヴィレッジじゃ誰もが知ってることだけど、旅の人は知らないから、一応忠告しとこうと思ってさ」

「忠告? なんだ、夜盗でも出るのか?」

「夜盗じゃないけどね。傭兵さん、教会近くの宿に泊まってるだろ? この酒場からじゃ、帰りはまっすぐ行く道と、ぐるっと迂回する大通りの二つがある。……悪いことはいわないから、大通りを通りな」

「なにか出るってことか?」


 マスターはわざとらしくきょろきょろして、それから首をたてに振る。


「ああ。魔物だよ。ハイドアンドシーク、知ってるか?」

「ん? ああ、子供の遊びだな。……それがどうかしたのか?」

「その魔物も、ハイドアンドシークが好きなのさ。あの道を歩いていると、どこからともなく『もういいかい』と聞こえてくる。そうしたら、『まーだだよ』と答えなけりゃ、斬り殺されるってうわさなんだよ」

「斬り殺される? ……ならば、やはり夜盗かごろつきのようなやつらなんじゃ」

「それがさ、その声はどう聞いても、子供の声にしか聞こえないらしいんだよ。まさか夜盗やごろつきも、子供を使うなんてことはないだろう?」


 レオポルドは干し肉のかけらを口に放りこむ。しっかりとかみしめながら、そのうわさ話を思案する。


 ――夜盗どもも生活がかかっているんだ。その気になりゃ、子供を使うなんてこともあるだろう。だが、子供を使うとしても、なんでそんな声をかけるんだ? 闇討ちしたほうがはるかに効率がいいだろうに――


「ま、とにかく『まーだだよ』と答えておけば安心だからさ。それ以前に、大通りをとおりゃそいつらとも出くわさねぇよ」

「マスター、勘定だ」

「え、あ、ああ」


 ぐいっと一気に残っていたエールを飲み干し、レオポルドがいった。きつねにつままれたような顔のマスターに、代金よりも銀貨を一枚弾んでやった。目を丸くするマスターをふりかえることもせずに、レオポルドは酒場をあとにした。




 ――面白い、どうやら本当に魔物のようだな。……百歩譲って夜盗だとしても、からだがなまっていたんだ。王都で一仕事する前の、いい準備運動になるさ――


 しめった土のにおいがする道を、レオポルドはのらりくらりと歩いていく。酔いが回ったわけではないが、大股に歩いて魔物に臆病者だと思われるのはしゃくだった。


「……このあたりか?」


 教会の十字架が遠くに見える。星も月も出ていないというのに、その十字架はわずかに輝いているようだ。レオポルドは鼻で笑った。


 ――まかり間違っても、神の威光とやらにビビッて、今日はやめにするなんてことはないだろうな? 戦場で神にすがるようなやつは真っ先に死ぬ。ましてや神の威光にビビるようなやつはいうまでもないぜ――


 にやりとするレオポルドだが、その耳元でかすかに声が聞こえた。


「……もう、いいかい?」


 声変わりしていない少年の、澄んだ声だった。讃美歌のように節をつけているのを聞くと、それこそ聖歌隊が歌っているかのように聞こえてくる。しかしレオポルドは油断なく周囲に気をはり、剣を抜いた。


「……いつでも、来い!」


 ドサッと音を立てて、レオポルドの筋肉質のからだが地面に倒れた。血だまりが広がっていくのを見届けて、闇から先ほどの声とは違う、低い声が聞こえてきた。


「どうしてかなぁ? 誰も『まーだだよ』っていわなくなったよね」


 血だまりがゴポゴポと音を立てて、それから先ほどの歌うような澄んだ声が答えた。


「もちろん、まーだだよっていっても無駄だけどね」

「助けてあげないの?」


 意外そうな低い声に、澄んだ声はにべもなくいう。


「そうさ」

「だけど、助けてあげたら、かくれんぼは終わるんだよ。……ぼくたちも、この終わらないかくれんぼから抜け出せるっていうのに」


 低い声が、わずかにとがめるような口調になる。闇の中に、ゴポゴポという音だけが響いていく。


「ねぇ、聞いてるの?」

「……君さ、声、変わったよね?」


 声変わりしていないほうの、澄んだ声の子が唐突に聞き返した。声変わりした低い声の子が、「えっ」と口ごもる。


「……もういーよ」


 歌う声が静かにいい、声変わりした男の子の悲鳴が闇の中にこだました。

お読みくださいましてありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] レオポルドはやられてしまいましたか。 圧倒的な力量差でしたね。
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