【 1 】『召喚巫女』マスター青音 ーブネー
冗談の様に甘い味噌汁が私の舌を迎えたが、やはり神経や脳の働きが狂っているんだろうか。
『事故』に遭ってから十日経つけれども、『症状』は持続している。
つまり『剣』に成り十日が経つが、やけに鋭敏な五感はともすれば人間ばなれしており、具体的には味噌汁の持つ、甘味、の部分にだけ集中する事なども出来る。
豆腐がカステラの様に感覚された。
母親は何も知らないので、神妙な顔をして椀に口をつけている私に心配そうな声をかけたが、
「考えごとをしていた」
と否しておく。
朝餉は早々に、もう仕事に出ねばならない。
―はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢっと手をみる―、石川啄木―、
行ってきます、と言ったが、耳の遠くなってきた母には届かない様子であった。
『事故』『剣』―其れから勿論、『あの少女』―彼女は名を名乗りもしないから、髪の青さに準拠し、故人(、いや、猫だから故猫、とでも表すべきか、)の名を借りて青音と呼んではいるが、―について思案しながら中混みの通勤電車を降りて仕事場に向かおうとした瞬間に。
私は『異世界』に『召喚』された。
―出現する先の異世界空間は、常に『円型闘技場』の様な場である。笑ってしまう様なシロモノだが、或る種の少年マンガ等に類型顕著な、お化け白盆めく形状の『格闘技場』に私は『召喚』されるので有る。
だけれども、マンガじみた環境に相好を崩しているゆとりは無い。
と言うのは、其処には余りにも生々しい腥さ、生物の臓腑が捨て置かれたまま腐敗したにおい、などが視覚化できそうに充ちているからだ。(―おっと。視覚化できそうに、とは多少の誤謬か。過小表現であり、今の私には実際に視える。其れは赤暗い煙霧の形象を為している。)
圧倒的死臭の唯中に少女、青音はちょこんと立っている。
外貌は儚げな華奢な女の子に見える。十一、二、歳くらいの背格好をしていて、腰ほどまである青い髪を結わえもせず流している。
洗い晒しの様な、現実、いや、現実と今はルビを振るべきだろうか、とにかく自宅や仕事場や味噌汁が存在する世界では―、ワンピースと呼ぶ形式の衣類をまとうている。其れは白い色をしており、細っそりした脚は裸足だ。
白いワンピース、むきだしの下腿、ちんまりした爪先や踵、ともども、穢らしい錆び色が付着している。此れはもしかしたら返り血による血汚れかもしれない。
「来たか、アタシの剣よ」
少女が花の様に笑う。血のにおいの中で。