裸の少年 - 七色の石 -
夢を見ないで書いたお話。
ある街に一人の少年がいました。
不満を持たず、かといって満足もせず。
極普通の日々。
そんな彼がある日、何を想ったのか、くじを買いました。
くじは当たりました。
街で三、四日、不自由せずに暮らせる程度のお金が手に入りました。
彼は考えます。
「このまま持っていても、いつの間にか消えてしまう」
「何か買おう」
欲しいものがあったのではありません。
無駄に使ってしまうのが怖かったのです。
お金を受け取ったその足で市場へ向かいます。
「ちょっと見ていかないかい?」
お決まりの商人声。
普段なら聞こえないふりをするところです。
しかし今日は違いました。
商人が広げる布の上に目を走らせます。
「うん?」
通り過ぎた少年の目を小さな指輪が引き戻しました。
一見、ただのガラスですが、浴びる光の角度で色が変わります。
緑、赤紫、青、黄色。
どれも淡く確かな色とは言えません。
でも少年が首を動かすと次から次へと色を変えキラリと光ります。
その不思議な輝きが彼を捉えました。
「いくらですか?」
尋ねると、もらった賞金とほぼ同じです。
今まで興味がなかった知らないもの、もしかしたら必要がないもの。
ためらいましたが、もう心は奪われていました。
翌日、少年は指輪を着けて出かけました。
お洒落とは程遠い生活を送る彼にとってはとても勇気が要りました。
十字路の木陰で仲間に会いました。
「なんだそれ?」
少年は馬鹿にされる、と思いました。
お世辞にも良い友達とは呼べません。
しかし仲間の言葉は意外でした。
「良いね、綺麗だね」
「似合ってるよ」
そして次々と話しかけてくるのです。
「どこで買ったの?」
「服も沢山、持ってるの?」
返答に困る少年でしたが少し嬉しくもありました。
その日は行く先々で声をかけられました。
指輪が会話を連れてきたのです。
次の日、少年はまた市場にいました。
指輪を売ってくれた人はいません。
なんとなく他の店を回ります。
シャツがありました。
生成に細い空色の縞模様。
指輪に合いそうです。
今度は自分のお金で買います。
部屋に帰り早速、袖を通し鏡を眺めます。
右に左に体を揺すり、目を皿のようにして確かめます。
「うん、おかしくない、ピッタリだ」
納得して眠りにつきました。
鳥の歌が響きます。
そそくさと食事を終えた少年は朝陽も眩しく飛び出しました。
指輪とシャツを身に着け十字路で仲間を待っています。
来ました。
「やっぱり良いね、素晴らしいシャツだね」
会話が弾みます。
「未だ未だ沢山持ってるんでしょ、そんなの」
ちょっと顔が引きつりましたが頷きました。
部屋に帰った少年は困りました。
服も靴も鞄もありふれたものしかありません。
以前から使っていたものばかりでみんな、とっくに知っています。
それから一週間。
お昼を抜き節約したお金を持って少年は市場にいました。
少し痩せましたが活き活きとした目が商品を捉えます。
またお気に入りを見付けた彼は意気揚々と持ち帰りました。
当然、戦果を身に纏った彼は出かけます。
道行く人々が笑顔で語りかけます。
みんな少年を見るのが楽しみで待っていたのです。
少なくとも彼にはそう思えました。
ますます気をよくした少年は朝食も抜いて翌週の市場にいました。
また見付けました。
また出かけました。
また褒められました。
また疲れました。
そう、実は疲れていたのです、彼は。
そんなとき帰り道で知らない子どもが後から言いました。
「お兄ちゃん、休んでいいんだよ」
「えっ」
振り返ると今、擦れ違ったはずの親子がいません。
「風?」
何か感じた少年でしたが気にせず帰りを急ぎました。
「休んでいいんだよ、か」
少年は夕食で汚れなくなったテーブルに肘をついていました。
力がすぅーっと抜けていくのが分かりました。
今日のお気に入りの格好のままベッドに飛び込みました。
目が覚めると知らない天井が見えました。
薄く白いカーテンが風に揺れています。
「起きたの? 起きたのね! 私が分かる?」
離れて暮らす母でした。
「ここどこ? 僕どうしたの?」
「部屋で倒れていたのよ」
「もう三ヶ月も寝ていたのよ」
無理をし続けた結果がこれでした。
大切な人を泣かせてしまった。
長い間、街を離れてしまった。
街へ帰った少年は、もう着飾るのをやめました。
「付き合うのは裸の僕を好きになってくれる人だけで良い」
指輪はそっと小箱にしまいました。
くじが当たる前の普段着で足取りも軽く街へ出ます。
声をかける人は減りました。
仲間との会話も以前の様には弾みません。
でも変わらず微笑んでくれる人もいます。
一日を終えた帰り道、いつかの親子連れが来るのに気付きました。
「お兄ちゃん、いい顔」
「ありがとう」
お互い、足は止まりません。
歩いたのは数歩でしょうか。
また後から
「箱の指輪は時が来たら使ってね」
「えっ」
振り返るとやはり、親子の姿はありませんでした。