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第7夜



ひらりと、銀の髪が闇夜を舞う。


崖に向かって飛び降りた私は大きな岩の上に難なく着地すると、さらに下に見える巨木の枝へ飛び移った。

そうして音もなく木々の枝を飛び移り進んでいくと、しばらくして目的の池が見えてきた。

後ろから全員付いてきているのを確認しつつ、目立つ髪を隠すためにパーカーのフードを被ると池のほとりへ降り立つ。

辺りは霧が立ち込め、なんとも不気味な雰囲気を醸し出していた。

どうやらこの霧が妖世界の境界を作り出している。



「椿、あそこ見て。洞窟の入り口のようなものがある」



葵が指さす先へ視線を向けると、自分が立つ場所から池を挟んだ真正面にぽっかりと開いた洞穴があった。

意識を集中させると、洞窟の奥になにか気配がする。



「二手に分かれる。葵、春彦、月彦、琥珀は私と洞窟へ。夕鶴と七瀬は辺りの警戒を。何かあれば互いに狐火を飛ばせ」

「了解」



そして私は洞窟に向かって走り出した。







洞窟の中はかなりじめっとしていて、足元を水がちょろちょろと流れている。

どうやらこの水が池に流れ込んでいるようだ。石灰岩の中に出来た洞窟のようで鍾乳石があちらこちらに出来ていて、水が流れていることもあり足元はツルツルとかなり滑りやすくなっている。

幾重にも枝分かれする横穴を気配を頼りに慎重に進んでいくと、奥の方に微かな光源が見えた。そっと近づいていくと、そこに突然ぽっかりと天井まで20m以上はありそうな大きな空間が現れた。奥行もかなりある。

光源は、天井付近にある直径約5m程の風穴から射し込む月明かりのようだ。

その光源の下、そこには異様な光景が広がっていた。




湧き水が作り出した小さな泉の上に、まるで蛙の卵のようなものが産み付けられていた。

しかも、かなり巨大な。



「うわぁ…気持ちわる…」

「…ねぇ、あの卵の中身、人間じゃない?」



葵に言われよく目を凝らしてみると、確かに卵の中には蹲ったような状態で人間が入っていた。

その光景に、古い記憶が甦る。



「あれは、正確には卵じゃないわね。人間を保存しておく為のものよ。つまり、あそこに入ってる人間は保存食」

「………あの手の妖に会ったことがあるってこと?」



仲間が全員なんとも言えない顔になりながら、卵を見つめている。

卵の数は、行方不明となった人数より少し多い。どうやら、捕らわれている人間は観光バスの人以外にも居るようだ。



「100年以上前だけどね。ご想像のとおり、蛙の妖よ。ああやって人間を襲って、少しずつ食べていくの。通常のサイズは確か大型犬くらいだったはずだから、必要以上の養分を取り込んだ蛙は…」



ふっと、射し込んでいた月明かりが何かに遮られた。

天井に目を向けると、風穴に巨大な影が見える。

その影が、穴に向かって飛び込んできた。

ズドンッ!という大きな衝撃音を立てて着地したそれは、見たことも無い大きさの蛙だった。

紫と赤の模様が入る皮膚はヌメヌメと体液でテカリ、ギョロりとした目がなんとも言えない不気味さを醸し出している。



「本来の大きさの6倍ってとこかしらね」



全員がひたすら気持ち悪いと目で訴えている。

その様子に呆れつつも、私は不敵に笑ってみせた。



「安心して。あの妖の弱点は『火』よ。私達に分がある。とにかく、まずはあの卵を割ることが優先。妖の相手は私がする、気を逸らしてる間にあなた達は被害者の救出を」

「了解」



その返事を合図に、私は勢いよく飛び出した。

妖がこちらに気が付くと口をプクゥと大きく膨らませ、私に向かって毒を吐き出す。

妖の頭上に向かって大きく跳躍してそれを難なく躱すと、その勢いのまま手に持った扇を大きく薙いだ。

ボッと音を立てながら青い炎が刃となって妖の脳天へと突き刺さる。間一髪で脳天直撃を避けた妖だったが、左前足が犠牲となった。ぐらりと蛙の巨体がバランスを崩して粉塵を巻き上げながら倒れる。

妖は何とも表現し難い叫び声をあげながら、背後へと着地した私を睨んできた。



「オ、ノレ……マタシテモ我ノ邪魔ヲスルカ…!!」

「あら?あなたに会ったことあるかしら?」

「忘レタトハ、言ワセヌ!!!我ガ友ヲ殺シタ!!」

「あぁ、昔会ったあの妖は、あなたの知り合いだったのね。でも、」



私は扇で口元を隠しながら、すっと目を細める。



「先に殺したのはどちらかしら」



放たれた殺気は妖を怯ませるのに十分だった。

まるで蛇に睨まれた蛙だ。

正確には、狐だけれど。


私は扇を下から上に扇いだ。その動きに呼応するかのように、妖の足元から火柱が上がり身体を包み込む。

妖は一瞬驚いたように見えたが、急にニヤリと余裕の笑みを浮かべ叫んだ。



「フンッ!(ちから)ヲ手に入れた我ニ、コノ程度ノ炎ナド効カヌワ!!」



その言葉に、私も余裕の笑みを返してやる。



「そうかしら?」



それと同時に、妖からジュウと皮膚が焼ける音がした。

それはあっという間に全身を焦がし、あまりの痛みに絶叫しながらのたうち回る。



「何故…何故ダァァ!!!」

「単純にあなたより私の力の方が上だっただけよ」

「ウグゥゥ……オノレェェ!!」



突然、妖は私に向かって突進してきた。

最後の悪足掻きに、私を巻き込むつもりだろうか。

ちらりと自身の背後を確認する。

すこし距離が離れているとはいえ、後ろには仲間と捕まっていた人間がいる。

このまま避けたら彼らに被害が出てしまう。


咄嗟にそう判断した私は、手に持っていた扇を左から右へ大きく薙いだ。

轟音をたてながら扇から生み出された大きな青い炎の刃は妖の顎付近へと当たり、そのまま真っ二つに切り裂いた。

衝撃の余波で、背後の岩壁が抉られ崩れ落ちる。

真っ二つになった妖は断末魔を上げながら、全身に回った炎により燃え尽き、灰となって跡形もなく消えていった。



「やらかした…」



衝撃で崩れ落ちた瓦礫に目をやると、先程入ってきた横穴は完全に塞がれていた。

洞窟自体が崩壊しなかったのは不幸中の幸いか。

これは天井の風穴から出るしかないなぁなんて思っていたら、またしても月明かりが何かに遮られた。



「!?」



気配はなかったのに、まだ妖が!?と身構え見上げると、風穴から何かが落ちてくる。

ドォン!という衝撃音をたてながら落下した"それ"は、行方不明となっていた観光バスだった。

どうやら風穴のすぐ横に停まっていたらしい。先ほどの戦闘の衝撃で穴に落ちたようだ。

フロント部分から地面に衝突したバスは見るも無惨に全壊し、残っていたガソリンに引火して勢いよく燃え始める。



「葵!お願い!」



このままではいつ爆発してもおかしくないと判断した私は、捕らわれていた人間を介抱している葵へ叫んだ。

そして、来るであろう衝撃を回避する為に思いっきり右へ飛ぶ。

次の瞬間、まるで波のような畝りを伴って水がバスを飲み込んだ。

それは葵が泉の水を増幅させ作り出した大きな水の塊。

それはあっという間に燃え上がった炎を鎮火し、焼け焦げたバスの残骸だけがプスプスと小さな煙を上げそこに残っていた。



「葵、助かった」

「うん。爆発しなくて、よかったよ」



ホッと胸を撫で下ろした私はてくてくと皆の元へ歩いていくと、葵に礼を言う。

私は『水』を操ることは出来ない。葵がいなければ大惨事になっていただろう。



「この人達の容態は?」

「少し衰弱はしているけど、特に目立った外傷もなさそうだ。明日には目を覚ますと思う」

「よかった」



そう安堵する私を横目に、それにしても、と葵が小さく溜息をついた。



「出入口塞いじゃって。天井も崩れるんじゃないかとヒヤヒヤしたよ」

「えへへ。ごめーん」



笑って誤魔化すが、葵の目は冷ややかだ。

他の仲間達もジト目でこちらを見ている。よく見れば皆、服が砂埃で薄汚れていた。私が起こした粉塵やらから、人間を守ってくれたからだろう。

もう少し周りを気にしながら戦わないとなぁと、ちょっぴり反省しつつ、私は外にいる仲間を呼ぶ為に狐火を作ると風穴へ飛ばした。

まずはこの人達を外へ運び出さなくては。






****






風の力を使って人間を風穴から救出した私達は、東雲さんへ連絡をした。山中であった為、電話が圏外でわざわざSA付近まで戻ったりと、なかなか大変だったが。

先ほどの洞窟から少し離れた場所に県道が走っているのを見つけ、そこで東雲さんと合流する事になっている。

人間の護衛を仲間達に任せ、今は葵と二人で木の上で夜空を眺めながら待っていた。



さわさわと、気持ちのいい風が二人の髪を撫でる。

私は隣にいる葵をこっそり見た。

普段は藍色の髪は、本来の姿へ戻ると私と同じように銀髪になる。

しかし葵の銀髪は少し私と違う。毛先に向かって水色にほんのりとグラデーションがかかっているのだ。

それは青空にも似た、とても美しい髪。私は葵の銀髪が大好きなのだ。

そしてそれは、私とは『違う』ということを示している証でもあった。



「なに?なんか付いてる?」

「へっ?あ、いや、何も。相変わらず綺麗だなって思って見てただけ!」

「そりゃどうも」



どうやら見過ぎたらしく、葵に気が付かれてしまった。

葵は私の言葉に小さく笑うと、ひとつに結んだ私の髪へ触れる。



「俺は、椿の方が綺麗だと思うけどね」

「ふっふーん。髪の手入れはそれなりにしてるからね!」

「あー…うん。そうだね…」



何だか寂しそうにまた笑う。

私、何かおかしな事言った?

首を傾げる私を見て、葵はくしゃくしゃっと頭を撫でた。



「ちょ、ちょっと!髪の毛ぐしゃぐしゃになる!」

「出入口塞いだ罰だよ。それより、東雲さん達着いたみたいだよ」



何かを誤魔化されたような気がしないでもないが、確かに葵が指さす先に車のヘッドライトがいくつも連なって走ってくるのが見えたので、少し釈然としない気持ちを抱えつつ私は地面へと降りたのだった。




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