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第5夜



同僚を助けた翌日、私は人知れず冷や汗を流していた。


昨日屋敷から見送った時、確かに忘却の術を彼女達に施した。

1度油断して記憶が蘇ってしまい酷い目にあった過去のこともあり、かなり念を入れた。

入れたのだけれど…



「狐守さん!」

「……はい」



出社してすぐ、私は始業開始まで休憩室でいつも駄弁っているはずの一人に、人気のない会議室まで拉致された。

老婆に殺されかけた、帰り際に唯一謝罪してくれた例の彼女である。

壁ドンされる勢いで壁際まで追い詰められ、私の顔をじっとのぞき込んでいる。

なんとも居心地が悪い。

この様子は確実に術が解けている。なんてこった。



「昨日、私達に何かしたよね」

「何かって、何?」



すっとぼけてみるが、彼女の目には確信的な色が見える。



「昨日のこと。みんな忘れてるの。狐守さんが何かしたとしか」

「昨日のこと?」

「誤魔化したってダメなんだから!本当は狐守さんが人間じゃないって、知ってるんだからね」



おかしいなぁ。結構術かけるの上手いはずなんだけど。

お祖母様のお墨付きもあるのに。



「やだなー。私が人間じゃない?そんな訳な」

「狐守さん!」



私の言葉を遮り、さらに詰め寄られた。

うーん、ダメそう。

私は誤魔化しきれないと早々に諦め、はぁ、と溜息をつく。



「昨日の帰り際に、妖関連のことはすべて忘れるよう術を施したのよ」

「やっぱり…」

「でも、どうしてあなたは覚えてるのかな?」



そんなこと知るわけないだろう、という顔をしている。

そうだよね。聞いた私が悪かった。すまん。


私は会議室の壁際に寄せられていた椅子を二人分引っ張り出すと、彼女に座るよう促した。

素直に座った彼女は、かなり前のめりになって私に問い詰める。



「昨日あったことは現実だって確信してるんだけど、誰も覚えてないから不安でしかたなかったの。でもどうして忘れるように術なんてかけたの?」

「…私は、殺されかけた記憶を残しておきたいとは思わないけど」

「…………そうね……」

「それに、本来妖は人間に見えないものよ。だから、正しい状態に戻すことが私の仕事なの」



とりあえずそれっぽい事を言っておく。

まぁ間違いではないのだけれど。一番の理由は、ただ単に混乱を起こされるのが困るからだ。

私が生まれた時代以前は、妖が見える人間がそれなりにいた。それに今ほどのネットワークがあるわけでも、科学も発展していない世界では、見えていたとしても大きな混乱にはならなかったのだ。

むしろ、目に見えない何かの力を本気で信じている時代だった。



「理由は分かった。でも、私の記憶はもう消してほしくないかな」

「なぜ?」



術を施す気満々だった私は、さっそく出鼻をくじかれる。

一番恐ろしい目にあったのは彼女だ。一般的に考えるならば、そんな記憶は消してしまいたいと思うのではないだろうか。

はっ!もしや彼女には特殊な性癖が…



「今失礼なこと考えてるでしょ」

「……」



すると彼女は急にふふ、と笑った。

私は笑う理由が思い当たらず、驚きに目をパシパシさせる。



「狐守さんって、正直取っつき難いイメージだった。でも人は見た目だけで判断しちゃダメだね」

「?」

「昨日のことは、心から感謝してる。確かに怖い体験だったし二度と経験したくないけれど、代わりにこうやって狐守さんと話す機会ができた。私はそれが嬉しいかな」



なるほど。

彼女は私が思っていた以上に、強かなようだ。

私のほうこそ、見た目で判断していたことに反省しなれば。



「さて、私の疑問もすっきりしたし、仕事開始するかな」

「始業まですぐだわ」


腕時計を確認すると、始業5分前を指している。さっきチラッと見えた私のデスクには相変わらずのファイルが積み上げられていたし、早く戻らねば。

椅子を片付け、彼女が会議室の扉に手をかけた時、何かを思い出したかのように振り向いた。


「ねぇ、今日一緒にお昼食べない?美味しいイタリアンのお店知ってるの。お礼もしたいし」

「…そんな気を使わなくても大丈夫だよ?」

「私がお礼したいの!だめ?」

「…わかった」


今日はちょうどコンビニ飯の予定だったし、まぁいいか。と承諾する。

その時、私はあることに気がついた。

彼女の名前がわからない。

なんとも失礼なことだが、長生きしていると人の名前を覚えるのが億劫になるのだ。

正直名前を知らなくても仕事は出来ていたし、必要性もなかった。

でも今更聞くのもどうかと悩んでいると、またしても彼女に笑われてしまった。



「私の名前は、杵柄(きねづか) 綾音(あやね)よ」


よろしく、と手を差し出される。

申し訳なくなりながらも、私はその手を握り返した。


彼女、なかなか鋭い観察眼をもっているようだ。





****




帰宅途中の葵の車の中。私はいつも以上の疲労感にぐったりしていた。



「なんだかお疲れだね。何かあったの?」

「実はね…」


杵柄さんに誘われて、私はお昼にイタリアンレストランへと連れていかれた。

単純にお礼がしたいだけなのだと思っていたのだけれど、彼女には別の企みもあったようだ。

かなり大きな屋敷に住んでいるのになぜ派遣社員なんてやっているのかとか、実際に妖でないのなら何なのかとか、昨日ずっと後ろにいたイケメンは何者なのか、などなど。

とにかく彼女が疑問に思っていたことをこれでもかと聞かれたのである。それは夕方のちょっとした休憩のときや、帰り際まで続いた。



「最近の子は怖いわ…」

「そんな年寄りみたいなこと言って」

「人間からしたら十分おばあちゃんよ」



というか、やっぱり思い出しちゃったんだね。なんて葵は他人事のように言ってくる。

その時、なんとなくその表現に違和感を感じた。

『忘れた』というより『最初から記憶が消えていなかった』かのように彼女は話していたからだ。



「術自体を失敗した?」

「椿が失敗なんて、そんなことは絶対にありえないよ」



きっぱりと言い切る葵。

私の実力を知っているからこその言葉だ。

うーん、じゃあこの違和感は一体なんなのだろう?

とその時、カーナビで流していたテレビから気になるニュースが出てきた。



「観光バスが乗客乗せたまま神隠し?」



なんとも不思議なワードである。

内容を聞いていると、SAで休憩していた観光バスが突如その場から消えたらしい。

バスが動いたところを誰も見ておらず、霧のように消えたと。



「ねぇ、葵。東雲さんに会うのって明日よね」

「そうだよ」



これは、詳細を聞かねばならないだろう。

なんだか嫌な予感がする。


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