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第4夜



「報告会は急遽キャンセル?」


とあるビル内オフィスの会議室で資料の準備をしていた女性が、部下からの報告に眉をしかめた。

今日は2週間に1回行われる定期報告会の日であったのだが、先方から急遽日付変更依頼の連絡が入ったとのことだ。

女性は大きく溜息をつく。

この日の為に、積みあがった仕事の山を片付けたというのに。



「どうやらこちらへ向かう途中、トラブルがあったようで」

「"あちらの世界"に関することか?」

「そのようです」


そうなのであれば、仕方がない。

改めて調整するしかないかと、彼女はノートPC横に置かれていたタブレットを開きスケジュールを確認すると、空いている日付を部下に伝え先方に連絡するよう指示をした。


彼女の名は、東雲 冬子(しののめ とうこ)

肩口でまっすぐ切り揃えられたボブに鋭い眼光、ダークグレーのパンツスーツがよく似合うキャリアウーマンである。

彼女は、警察庁内に密かに組織された『刑事局AGW対策部』に所属している。歴史は意外と古く、当時は『神秘部』だなんて呼ばれていたらしい。

都道府県警察刑事部などでは解決出来ない、不可解な事案について取り扱っている。

要は、『妖』絡みの事件を取り扱っているのである。


少数精鋭で構成されたAGW対策部は、わずか8名しかいない。

その理由は、実際に事案を解決するのが自分達ではなく、外部組織だからである。

東雲らは、刑事部での未解決事件や行方不明事件などの情報を外部組織に渡し、その後の経緯等を管理するだけだ。管理するだけとは言っても、日本全国規模となるとなかなか量が多く大変である。

東雲は当初、外部組織に重要機密である事件の詳細を教えるなど考えられないと、上司へ抗議した。相手にもしてくれなかったが。




東雲は会議室を出ると自身のデスクへノートPCを置き、休憩室にある自販機へ向かった。

急な予定変更に、なんだか集中が途切れてしまった。

缶コーヒーを買い、近くにあるソファへぼふっと座る。一口飲むと、はぁ、と息を吐いた。

なんとなく、今日会うはずだった女性のことへ思いを馳せる。




初めて彼女に会ったのは、5年ほど前だ。

白い肌に黒髪が映える、なんだか不思議な雰囲気を纏った女性だというのが第一印象。身に着けた上品な着物が、余計にそう印象づけたのかもしれない。

自分よりも年下に見えたが、それにしては妙に落ち着いていた。



最初、辞令が下りた時は目を疑った。

そんな部など、聞いたことがなかったからだ。

そして職務内容を聞いたときは、自分の頭がおかしくなったのかと本気で思った。


その為、当時不信感しかなかった私は彼女が取引先のトップであることも疑っていたし、そもそもこのご時世に妖?そんなものお伽話で存在するはずがない、と少し馬鹿にもしていた。


そんな私の考えを見透かすかのように、じっとこちらを見る彼女の視線が居心地悪かったのを、よく覚えている。

彼女は小さく笑みを浮かべると、実際に見てみますか?と言った。

見てみる?何を?と思ったのもつかの間、急に会議室が暗くなった。突然のことに咄嗟に身構えるが、向かいに座っていた彼女を見て動きが止まる。先ほどまで目の前にいたはずの黒髪だった女性が、美しい銀髪になっていたのだ。彼女は徐にすっと手を胸元まで上げると、手のひらにボッと音を立てて、青白い炎を浮かべた。ひとつ、ふたつと次々生み出される青白い炎は会議室の中に散らばり、まるで星空の下にいるかのような錯覚を受けた。


なんだ?何が起きてる?


混乱する私をよそに、彼女はまた小さな笑みを携えながらこう言った。

『私も、人間ではないのですよ』と。

青白い炎に煌めく金色の瞳が、一本一本がまるで瞬いているような銀の髪が、神々しいとも思える美しさを纏っていた。

彼女は、自分達が生きている次元とは別の場所にいるのだと、漠然とそう思った。


その衝撃的な出会いに私の常識は覆され、相手を馬鹿にしていた自分を恥じた。

自分の目に見えるものだけが、世界の全てではないのだと。




懐かしいな、と彼女に出会ったばかりの頃を思い出していた東雲は自称気味に笑うと、缶コーヒーを飲み干し仕事へと戻った。




****




キャンセルとなった報告会から3日経ったその日、世間はとある事件でざわついていた。

報道機関各社がその事件で持ち切りである。



「先輩、やっぱりこれって普通じゃないですよね?」

「そうだな」



オフィスの片隅に設置されたテレビの前に腕組みをし立つ東雲とその部下、高橋は渋い顔をして流れるニュースを見ている。

高橋はタブレットに入った資料に目を落としながら、ぽつりと言った。



「集団で急に"誰にも気が付かれず"に消えるだなんて、無理ですよ」



昨日の昼間に、それは起こった。

社員旅行に出かけていた集団が、観光バスごと突如消えたのである。

観光バス2台に分けて乗っていた社員らは高速道路を走行中、途中休憩のため山中にあるSA(サービスエリア)へ寄る。

そして短い休憩が終わり点呼が済むと、2号車を運転していたバスの運転手は1号車の運転手へ無線で出発準備が完了した旨を伝えた。

了解、と返事があったので、1号車が動き出すのを待つ。が、いつまで経っても動く気配がない。

不審に思った運転手が窓の奥に見えるであろう1号車を見て、自身の目を疑った。

停まっていたはずのバスが、無いのだ。

でも動いたバスは誰も見ていない。

慌ててバスガイドが外に出るが、まるで最初からそこには何もなかったかのように、跡形もなく消えていた。



「乗客は運転手とバスガイドを含め36名。SAにはそれなりの人がいましたが、そのバスが動いたところを見た人間はひとりもいません。2号車の運転手が無線で会話したのが最後ですね。バスガイドも無線のやり取りをしている際に隣にバスがあったのを見ていますし、ふと目を離した隙…およそ1分程の間にバスが消えたことになります」

「捜査本部は、アクセルを踏み間違えたなどしてブロックフェンスを突き破り下に落ちたことも考えたらしいが、壊れたフェンスはひとつもなく、そもそもそんなことが起きたら衝撃音がする。約1分という短い時間に大型バスを誰にも見られずに動かすこと自体が不可能だ。これはやはり、妖絡みが濃厚だな」

「ですね」




テレビ画面に映ったニュースのキャスターが神妙な顔をし『まるで神隠しだ』などと言っている。

あながち間違いではないなと思いながら、東雲は高橋に今日の予定を再度確認した。



「狐守さんとの報告会は、今日の19時からだったな。この件についても報告が必要だろう。悪いが、彼女に渡せるよう資料の作成をお願いできるか」

「分かりました」



高橋が資料作成へ急ぎ向かう後ろ姿を見送りながら、東雲は目頭を押さえて唸る。

なんだか面倒なことになりそうだ。



警察に関する知識はすべてWikipedia先生頼みです。矛盾があったらごめんなさい。


AGW対策部=Another ghost of the world対策部の略です。ここでのghostは「人ならざるもの」という意味合いで使っています。

英語力とセンスのなさが露呈していますね…

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