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第18夜

境内には緊迫した声が飛び交っていた。

妖の軍勢に攻め込まれ多くの重軽傷者を出した仲間の治療を行うべく、後から駆けつけた私達が中心となって指示を飛ばす。

トリアージを行い、回復術を使える者が治療の優先度順に処置をしていく。



「椿!今度はこっち頼む!」

「すぐ行く!」



目の前に横たわる仲間の治療をやっとこさ終えたと思ったところへ、背後から名を呼ばれる。

邪魔にならぬよう首後ろで一つに纏めた銀の長い髪が動きに合わせて揺れた。顕になった首筋に汗が伝う。

呼ばれ駆けつけた先に横たわっていた仲間は左腕が切り落とされ、額の中心から左眼にかけて痛々しい切り傷があった。止血するため左腕にキツく巻かれた布には鮮血が滲んでいる。

傷口を塞ぐ為の術を施しながら、椿は目の前の惨状に愕然としてた。



なんだ。

一体なにが起きている。


攻め込んできた妖の軍勢は、一体誰の差し金か。

私達は一体誰と戦っているのだ。


何一つ分からない。

その事実に言い知れぬ不安と焦りが襲う。

傷つけられた仲間の姿に悔しさと怒りが募る。



その時、治療を施していた仲間がげほっと小さく血を吐いた。

薄っすらと瞼を開け、虚ろな視線を私に向ける。喉奥から声にならない空気を吐き出しながら、懸命になにかを伝えようとしていた。その口元へ耳を近づける。



「……じ…が……や…ね……」

「屋根?」

「ろ…じん…お、とこ……や…ね…」

「老人の男、で合ってる?」



途切れ途切れに紡がれる言葉を必死に繋ぎ合わせながら、私はなんとか聞き取れた単語に間違いがないか確認した。その問いに仲間はゆっくりと瞬きをして、肯定する。

次の瞬間、先ほどよりも大きな咳とともに大量の吐血をし、地面にドロリとした鮮血が拡がった。私は懸命に声をかけながら術を施すが、土気色の顔からどんどんと生気が失われていくのを感じる。



「だめだ!!!死ぬな!!!!」



私は涙目になりながら、術に力を込める。

帰ってこいと強く思いを乗せて、術に集中する。

そうしてどれだけの時間が経っただろう。数秒か、数分か。永遠にも感じた必死の治療も虚しく、仲間は薄っすらと開けた瞳からぽとりと涙の雫を零して、静かに息を引き取った。


私は呆然と、最期の光景を見ているしか出来なかった。助けられなかった。

あぁ、私はなんのために今まで力を付けてきたのか。結局私はただの眷属で、ただの狐で……自分の力のなさに悔しさが氷の刃となって身体を貫いていくようだ。

私は傷口に当てていた両手をそっと離すと、光を失った瞳に手をかざし、瞼を閉じてやった。


過去にも仲間が目の前で死んでいくのを見ているが、いつになっても慣れることはない。

張り裂けそうな胸の痛みを誤魔化すように両手を痛いほど握ると、治療を待つ次の仲間の元へと駆けて行った。



仲間の死を、死だけで終わらせてはならない。

そう心に強く刻みながら。




****




気がつけば、辺りはすっかり暗くなっていた。

明かり取りの為にあちこちに作られた焚き火がゆらりと風に揺れる。

本殿前の石段に、かかえた膝へ顔を埋めて座っていた私の頭上へ影が指したのを感じ、のっそりと顔を上げると葵が心配そうに立っていた。

車から取ってきたのであろう、水の入ったペットボトルを差し出しながら隣に座る。

それを受け取りながら、私はなんとも情けない掠れた声で葵の名を呼んだ。


「葵……」

「うん?」

「……疲れた……」

「……そうだね」


葵は小さく返事をするとぽんぽん、とまるで赤子をあやすかのように私の頭を撫でる。

その手の心地よさに沈んだ気持ちがほんの少しだけ絆された気がした。



最終的に3名の死者が出た。

重傷者は9名。

もともとこの支部には20名が所属していた。つまり半数以上の死傷者を出したということだ。

もう少し早く私達が到着していれば。

悔やんでも悔やみきれない。

そんな私の気持ちを見透かすように、葵は撫でていた手を私の硬く握られた手へ重ねた。



「……今は、残された仲間を助けることだけ考えよう」

「……」

「ついさっき、支部屋敷へと繋がる術の修復が終わったところだ。怪我をした仲間を運ばないと」

「……わかった」



葵の言葉に小さく頷くと、重い身体に喝を入れて立ち上がる。


支部屋敷とは、私達が普段暮らしている屋敷のことだ。

許可された者だけが通ることのできる術が施されており、いかなる理由があろうとも部外者が立ち入ることはできない。

基本的に本殿または社務所の一部に術を生成するのだが、妖との戦闘でそのどちらも破壊されてしまった。ただ、破壊されたのはあくまでも入り口だけで、屋敷自体が破壊されることはない。

修復自体は難しいものではないのだが、いかんせん激しい戦闘の後に仲間への治療を行っていたこともあり、少し時間がかかっていた。その術の修復が先ほどやっと終わったようだ。

怪我人を運び込むのを手伝おうと入り口へ歩いていく途中で、ふいに後ろから声がかけられた。

振り向いた先に立っていたのは、筋骨隆々の身体に髪を短く刈り上げた男。この支部の部隊長を務めている。あちこちに包帯が巻かれなんとも痛々しい姿だ。



「部隊長……」

「……椿様、この度は助けていただき有難うございました」

「……礼を言われることはなにも。当たり前のことをしただけよ」

「ですが、あの時皆様に助けられていなかったら、被害はもっと大きかったでしょう」



そう言いつつ、部隊長の男は悔しそうに俯いた。

仲間を3人も失ったのだ。言いようのない悔しさと憤りが身体から滲み出ていた。



「怪我人を運び込んだら、いくつか確認したいことがあるの。後で時間作ってもらえる?」

「分かりました。もう陽も暮れておりますし、今夜は屋敷にお泊りになってください」

「そうさせてもらうわ。ありがとう」



私は部隊長の腕をぽん、と叩くとくるりと踵を返し入り口へ向かう。

後ろで小さな嗚咽が聞こえた気がした。



突然叩きつけられた、正体の分からぬ誰かからの挑戦状。

このまま黙っているわけにはいかない。

私の大切な仲間の命を奪った相手を許すわけにはいかない。

胸の奥で揺らめく怒りの炎を感じながら、私は前を見据えた。



久しぶりの投稿になりました。今後も亀更新になってしまうかと思いますが、お暇な時に遊びに来ていただければ幸いです。

次話は本日22時に更新予定です!

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