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鋼命  作者: 恵乃氏
『ムラ』編
2/52

第弍話 愚者

「ただいま戻りました......あれ?タマノヲはどこへ?」

 村長が呑気に、天幕に戻ってくる。

 天幕の中に、茶葉のよい香りが広がった。

「タマノヲはもう行ったぞ」

「そうですか」

 そっけない返事が返ってくる。

 彼にとって、罪人一人などどうでもいいのだろう。このムラには、そう考える者が多すぎた。

(タマノヲ......私の不甲斐なさを許してくれ)


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「タマノヲ!」

「コウ......」

 いつも会うときは嫌な気しかしない彼が、急に頼もしく見えた。

「話聞いたぞ......どういうことだ、職を失うって」

 首を振った。もう、話したくないという意思表示のつもりだった。

「しかも罪人が......」

「一ノ周の後、だって」

 コウが息を飲んだ。

「うそ、だろ?」

「事実だ、そしてこれが現実だ......“罪人殺しの罪人”の最期をしっかり見届けろよ」

「ッ......!まだ、間に合うかもしれない!」

「もう無理だ。決まったことなんだよ」

「それでも......」

「うるさいッ!」

 コウを思いっきり突き飛ばす。

 その時、涙でぐしゃぐしゃになった顔が露わになった。

「お前......」

「なんで......」

「え?」

「なんで俺が......死ななきゃいけないんだ」

 思いが、こぼれた。

 足に力が入らず、その場に崩れ落ちた。

 あふれる涙が雪を溶かす。

 それは、コウが知っているような、強いタマノヲの姿でなく、ただの、少年の姿であった。

 その姿をみたムラの人間のうち一人が、タマノヲを笑った。

 その笑い声は瞬く間に伝染し、嘲笑する音がその場を満たす。

「き、さまら」

 タマノヲの、涙を抱えたままの目が獣のように光った。未だ血の臭いが消えぬ巨大な弓を掴む。

「やめろ!」

 大惨事一歩手前で、制止の声がかかった。

「コウ、なんで止める......!」

 タマノヲの脳天に、拳骨を振り落とした。

「......?」

「馬鹿が、頭を冷やせ!......ダァもう!来い!」

 タマノヲの首根っこを掴み、ずるずると引きずってその場を離れた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ムラの人々の声が聞こえなくなったところで、タマノヲがぽつんと呟いた。

「やめろ......」

「いやだね」

 即答した。

「なぜ......なぜいつものように、俺を罵らない、コウ!」

「お前が弱いからだ」

「その口きけなくしてやろうかァッ!」

 タマノヲが急に起き上がり、コウの横っ面を殴った。大人よりも強いであろうその拳は、コウを後ろに吹き飛ばす。

 雪の下に隠れていた氷が、コウの体のあちこちを切り裂く。

 コウが歯を食いしばっているのも知らず、首元を掴み持ち上げた。

 タマノヲの手が血で赤く染まる。

「受け身も取れないような雑魚が、何を言いだすかと思えば......!」

「は、お前の方が雑魚だろう」

 今度は無言で放り投げた。

 倒れたコウは、それでも、軋む体に鞭打って起き上がる。

「大人しく倒れていればいいものを!」

 わかった、それであればジンキを使ってでも黙らせてやる。

 そう思い、タマノヲは腰の短刀を抜いた。

「我、ジンキに乞う!」

 瞬間、短刀の周りに稲妻が疾る。

「術者をタマノヲ、(カタキ)(オモテ)の愚か者として」


「その(イカズチ)を持って、彼の者を黙らせん!」


 コウの体を、稲妻の槍が貫いた。

 今度こそ動かなくなったその体だが、唯一、口を動かせたのは執念に近いだろう。


「ここ、までされて、ねをあげ、なかったもの、と」

「まだ、喋るか」

 仕方ない、炭にしてでも黙らせてやる、とタマノヲは弓を向ける。

 その異常な迫力は、常人であれば、それだけで戦意を失うものであり、横たわっているコウにも伝わったはずだが、それでもコウは言葉を止めない。

「おのれ、の、おわりを、かるくのぞい、ただけで、ねを、あげたもの」


「どっちのほうが、つよいんだろう......な」


 文を言おうとしたその口が、開かなかった。

 コウはもう話さなかった。

 おそらく、気を失ったのだろう。

 彼は死ぬ覚悟で、己を止めようとした事実が、タマノヲの身体中に駆け巡り......

 コウが眼を覚ます頃には、もうすでに、タマノヲはその場からいなくなっていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 俺は、どうすればいい?

 タマノヲの脳内はそれで埋まっていた。

 場は薄暗く、狭い空間に少年がうずくまっているだけであった。

 そこは、よく探さないと見つからない、ムラの外れにあり、タマノヲが寝床として使っている場所であった。

 頭に、コウの言ったことが過ぎる。


 ここまでされて音をあげなかった者と、己の終わりを軽く覗いただけで音をあげたもの、どちらが強いか。


 初めてここで気がついた。愚か者は、そして雑魚は俺だったのだと。


 俺は、どうすればいい?


 答えをくれる者はいなかった。

 こんなに孤独を感じたのは、初めてかもしれない。産まれてから親しい人がいなかった自分にとって、一番近い存在はコウであったことに気がつく。こんなことになってから気がつくとは、と苦い笑いを浮かべた。


 急に、光が差し込んだ。

 顔を上げてから、眩しさに顔をしかめる。

 やっとそこで、雪が止んでいたことに気がつくが、問題はそこではなく。

 腰に刀を携え、簡素な弓を持った男たちが立っていた。すぐに、狩人たちであることがわかった。

「“罪人”タマノヲ、村長の命で貴様を連れに来た」

「!!なぜ、ここが......!」

「阿呆、暮らしていれば嫌でも気がつくに決まってるだろ!」

 男のうち一人が面白そうに笑った。

 男たちの中で隊長格と見える者が言う。


「さぁ......絶望を受け入れる覚悟はできたか?」



今日はここまで。


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