第壱話 罪人
雪が降っていた。
森の中、木々に囲まれて。
余すことなく純白のその景色は、雪が長い間降り続いていることを理解させた。
その光景は、それだけでただ、風景画のようで。
しかしーーしかし。
ただ一つ、芸術品として見るにはあまりにも無骨なものが、あった。
絵画の中の汚点。
簡単に言えば、それは戦車であった。
四足歩行の異物が三つ。
「どうだ?通信、繋がったか?」
「ダメです、通信設備だけでなく、レーダーまでやられています」
それらは、話を続ける。
「それにしても不気味です。報告にない森があったかと思えば......」
「こいつらが勝手に動き出して、強烈なジャミングの嵐の中に引きずりこまれたことか?」
ひときわ偉そう態度の男が、雑に戦車の車体を叩
いた。
手袋越しにも、冷気が手に染みてくる。
一刻も早く、仲間の元に戻らなければ。
その焦る気持ちと不安を吐き出すように、一つ、小さく溜息をついた。
「ここに来るまでのルートの記録を洗い出せ」
「は。ここのジャミング波のせいで、すでに七割のデータが削除されてますが......」
「三人いれば多少はマシになるだろ。俺も手伝おう。」
「「了解」」
ヘルメットを持って、コクピットに飛び乗った。
すると、パッと電源がつきあらゆるデータが表示される。操縦桿の感覚を確かめ、データを漁ろうとした......
その時。
ヒュウ、と空を切る音がして。
横で、炎と血の花が咲いた。
「な......」
「ッ!一度離れるぞ!」
「ですが......!」
「なにをボサッとしている!」
軋むほど勢いよく、ペダルを踏み込んだ。
足を雪の中に押し込み、駆け出そうとした時、足元が爆ぜた。
四つの足のうち一本が消し飛ぶ。しかし、さっきのような空を切る音は聞こえなかった。
つまり、ここは......
「カヤクダケの群生地か!」
残った三本の足で、辛うじて動くオートバランスを頼りに駆け出す。
が、絶望的な死神の音。
ヒュウ、という音とともに飛んできたそれを視界の端で捉えた。
銛のような巨大な矢であった。
衝撃で爆発するカヤクダケの胞子が誘爆し、機体を炎が包み込む。
炎の中で、彼はまだ生きていた。
血まみれの手を、操縦桿に伸ばす。
せめて、己の部下のために。
矢が飛んできた方向に向け、トリガーを引き絞った。ドッ!、と音がなり、空に向かって砲弾が飛ぶ。それは、一本の木の枝に飛び、人影を叩き落とした。
彼は小さく微笑むと、力なく崩れ落ちた。
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「はぁ、はぁ............!」
目の前の悪魔に、目の前で、二人、殺された。
悪魔はゆっくりと起き上がり、血で染まった右腕で矢を引く。
「糞ッ!」
標準を合わせてトリガーを引くと、着弾した場所の雪が蒸発した。
水蒸気の煙幕は、悪魔の姿を隠す。
「糞ッ、糞ッ!」
その煙幕を掻き切り、悪魔が突っ込んで来る。
その手には、ナイフが握られていた。
ナイフには稲妻が巻きつくようにほとばしっており、それが“ジンキ”であることが見て取れた。
ジンキ使いは、稲妻のナイフを戦車の関節に突き立てる。すると、バキンッ!、と大きな音を立てて、足が半ばから折れた。
立て続けにもう一本。バランスを取ることができなくなった戦車が転倒する。
「糞ッ、糞ッ......糞ッ!!」
ぞく、と悪寒がした。後ろを振り向くと、矢をつがえた悪魔が立っていた。見当違いの方向を向いていたが、おそらくカヤクダケの誘爆を狙うつもりなのだろう。
覚悟を決めて、外へ飛び出た。
「なんなんだお前!なにが目的だ!」
「黙れ、神の地を侵したものの言葉は聞きたくない。耳が呪われる」
それは男の声ではあった。だが......大人のものと思えない高い声であった。
悪魔をよく見ると、それはまだ成熟しきっていない、少年であった。
なぜ今まで気がつかなかったのか、いや、理由はおそらく不釣り合いな巨大な弓だろう。
銛のような矢を放つための、異常な大きさの弓。
そして、それを放つ筋力。
誰が、少年だと思うだろうか。
「俺はただ迷い込んだだけだ!その武器を置いてくれ」
「罪人に違いはない。貴様の死はここに迷い込んだ時点で決まっている」
「だが......!」
「黙れといったハズだ!」
矢の先端を男に向け、放った。
その矢は、男の左手の二の腕を貫いた。
「がぁッ!」
後ろへ勢いよく倒れた。雪で衝撃は吸収されたものの、絶望的な事実が男の目に映る。
こちらへ向け、少年が矢をつがえていた。
雪の下にはカヤクダケが埋まっているだろう。しかも大量に。
それを刺激したらどうなるか。
「いや、だ。まだ、死にたくない......!もう少しで夢が叶ったのに。まだ何もしてない。何も......!」
「夢、か」
「ッ!そうだ!」
男は目に涙を浮かべ叫んだ。
「この作戦が終われば、華の国への遠征隊に入れたんだ!それなのに、こんなところでッ!」
「華の国だと?」
男の目が、希望を持ったように輝いた。
「ああ、華の国には神がいるんだ。この永遠の冬を起こしているヤツが!それを倒せば、この冬は終わらせられる!」
男はただただ話続けた。それが、己が生存できる道だと思い込んで。その行動が、生き残れる可能性を限りなく低くしてると知らずに。
「そうか......」
男は期待したように、少年を見る。
「久しぶりに面白い話を聞けた。例を言う。それじゃ」
「さようなら」
「へ?」
呆然としたように男が呟いた。
その次の瞬間、男は一瞬で火に包まれ、苦しみながら死んだ。
最後に遺した、悪魔め、という言葉が耳に残った。
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少年は一人、“ムラ”へ帰路を歩んでいた。
最初は抵抗のあった罪人殺しも、今や慣れたものだと思う。
ただ。
「おお、タマノヲじゃねえか。いや、こう呼んだ方がいいか?”罪人殺しの罪人“さん?」
この呼び方だけは慣れなかった。
「コウ、その呼び方はやめろ」
「罪人に罪人と言って何が悪いか......そうだ、村長が呼んでたぞ」
「長引いたからかな......あの隊長は勘が良かった」
惜しい人材だったな、といったところでが怪訝な表情をしているのに気がついた。
「わかってるよ、行ってくる」
周りから噂をするヒソヒソと言った声が聞こえてくる。
「はぁ......」
こうなったのも、幼い頃あの森に間違えて入ってしまったからだろう。
神がいると言われるあの森は、入るだけで罪人となる。外のものが入ると道は死しかないが、ムラのものであれば、外の罪人を殺す職に就くという選択肢がある。
死か、人殺しか。
多くのものは前者を選ぶ。
後者を選ぶものは、神の土地を侵しておいて生きながらえようとするものであり、恥でしかない。
そんなことも知らず、後者を選んだ時点で終わってしまったのだろう。
そんなこともあり、俺は今、ムラビトに目の敵にされている。
いや、コウのようにからかわれるだけならまだいいのだ。
日によっては氷塊を投げつけられたり、水をかけられたり......
そんなことを考えてるうちに、ほかに比べ装飾が豪華な天幕にたどり着く。
正面から、堂々と入った。
「“罪人”タマノヲ!ここに参上いたしました!」
次の瞬間、そのように入ったことを後悔した。
そこにいたのは村長だけでなく。
「?!長老!」
「誰の命で頭をあげている !」
村長が怒鳴った。
「申し訳......」
「良い。村長、茶でも淹れてくれぬか」
「わかりました、少々席を外します」
「倉庫の奥の方に、香りの良いものがあったはず、なるべく丁寧にな」
「丁寧に迅速に淹れてみせましょう」
村長が天幕から出る。
出たのを確認すると、長老がため息をつく。
「あの分では時間はあまりなさそうじゃのう......それにしても、予想より早く来たの」
「コウに聞いてから飛んできましたので」
「コウか、あの者なら真っ先に伝えるだろうと思っていた」
「悪態をつくためですか?」
長老が笑った。
「いいや、違う。あれはお前のように強い男がすきだからな」
「あいにく」
呆れるように言う。
「そのような趣味は持ち合わせていません」
「違う違う......まぁ、じきに分かる」
さて本題だが、と長老が切り出した。
この瞬間、空気が一気に張り詰める。
「できれば、落ち着いて聞いてほしい......お前のことをよく思ってない輩がいるのはお前が一番よくわかっているだろう」
「......」
「今日、そいつらがな。馬鹿げたことを言い出しおった。お前の職を奪おう、と」
小さく呼吸する。これから言われるであろうことを、受け止める準備。
「残念だが......それを止めることができなかった。すまない」
「いいえ......いいえ」
声が震えた。視界が、歪んだ。
罪人が職を失う。それはつまり。
「一ノ周の後......神の森の前で」
「お前に、死を与えることになった」
今日はここまで。
練習なので拙いところもありますが、よろしくお願いします。