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イリスの指導で立ち居振舞いや優雅な仕草を学び、リーサからは淑女らしい話運びや貴族の洞察力を学ぶ。エマには度胸や自信の持ち方を。


回数を重ねるごとに、ハンナはコンプレックスや不安をひとつずつ克服していく。



レイラは誇らしい気持ちで目を細めた。

そして用意していた封筒を友人たちへ手渡す。もちろんハンナにも。



「はい、ハンナ。あなたへよ」


「わあ招待状!?ありがとうレイラ!」



ラズベリーガーデンパーティの招待状を手に、本当にもらえるなんて!と感激している。



「封蝋がピンクだわ、かわいい」


「本当、めずらしいわね」



モンタールド家の印が押された封蝋を見て、イリスが言う。エマも頷いた。



「白と赤の蝋を混ぜたのよ。ちょっとマーブルになってて、そこもかわいくない?」


「まあ。レイラはほんとによく考えるわね」



感心して笑うリーサがレイラの手元に気づく。



「あら、これはなに?」



ころんと転がっていたのは乳白色の石だった。


あの日商人が見せてくれたサンプルだ。しばらく預からせてもらっている。



「ああ、それは」


「あ、綺光石ね!」


「知ってるの、ハンナ?」



レイラが首を傾げると、「もちろん!」とハンナは頷いた。



「パパのお仕事の現場で見たわ。とても脆くて柔らかい石なのよね」


「まあ…」


レイラは驚く。



リーサたちは何のことかわからないようで、「石が柔らかい?脆い?…石よね?」と悩んでいる。



「石だけど強度があまりないの。この石を含んだ地層もとても脆くて、削掘がうまくいかずに工事が中断されてしまった現場があったわ」



ああそれで、とレイラは合点がいく。


ルチアーノが買い上げると宣言した綺光石だが、元々希少な上、レイラが求める大きさのものがなかなか見つからず保留になっている。



「この石はね、光を蓄えて、暗いところで光るのよ。うまく加工できたらと思っていたけど、どうも難しそうね」



さっそく次のパーティーで使えないかしら、と考えていたが、物理的にも技術的にも難しいみたい。残念。



暗闇で光るだなんて見てみたかったわ、とご令嬢たちも残念そうにため息をついた。




***

「ルチアーノ様、どうぞ」


「ありがとうレイラ」



朝のカフェテリアで、レイラはルチアーノにも自ずからパーティーの招待状を手渡した。


ルチアーノはピンクの封蝋に目を細め、丁寧に封を切ると中のカードを取り出す。



「今年も見事だね」



招待状は毎年レイラのお手製だ。

緻密なデザインの切り絵が施されたカードからは、レイラのコロンと同じ花の薫りが淡く漂う。



レイラは微笑む。



「『今年は』エスコートお願いしますね。ルチアーノ様」



うっとりとカードを眺めていたルチアーノはがくりと項垂れた。



「もちろんだよ…!」



ルチアーノにとっては強烈な一言だった。

逃げてばかりで、婚約者の責務を果たしてなかった過去は事実だから。



視線を上げるとレイラは切なげに目を眇めていて、その顔色が少し青白いことに気づく。化粧でうまく隠されてはいるが、美しい彼女には不似合いな目の下の隈にも。



ルチアーノは胸が痛んだ。


レイラは人一倍こだわりが強い。

細部まで趣を凝らしていたら、疲労も相当なものだろう。



「レイラ」


「ルチアーノ様…?」



ルチアーノは手を伸ばして、レイラの肩にかかるラズベリー色の長い髪を梳くように撫でた。


優美なウエーブを描く髪はめずらしく蝶のバレッタで簡単に留められているだけで、あとはさらりと背に流れている。それだけでも十分美しいが。



「いままで本当にごめんね」


「ええ、ルチアーノ様…!?」



―――これまでだってずっとそうだったのに。



むしろ年を追う毎に彼女のパーティーは華やかになっていた。


ぼくは一体レイラのなにを見てきたんだろう。


堪らなくなったルチアーノがレイラを強く抱き締めてしまいそうになった、まさにそのとき。



「レイラああぁ!」


「あら殿下、どうしたんですか?」



夜空の色の髪をした従兄弟、いや、アドリアンが突撃してきた。



「レイラ!どうしてパーティーの招待状が配達人から届くんだ!?」


「当然でしょう。殿下に届く手紙はすべて王宮のチェックが入るんですから」


「っくそ!直接渡してさえくれたら…!!」



悔しがるアドリアンの勢いにレイラはすこし引く。



「レイラの香りがこんなに薄まることもないのにっ!!」


「おいこらアドリアン!?」



聞き捨てならない、なんだその変態発言は!



ルチアーノが叫んで、わあわあと今日も騒がしい男子たち。



肩を竦めたレイラはそっと彼らに背を向けた。

そして人知れずこめかみの辺りに指を添える。



―――すこし根を詰めすぎたかしら…。



凝り性なレイラは連日遅くまで作業に耽ってしまい、侍女のマリーには注意を受けていた。


まったく、パーティーの準備を早く進めろとか、ほどほどにしておけとか、言うことが真逆なんだから。


ぶつぶつ口を尖らせながら、それでもその表情は緩く綻んでいる。



―――なんだか頭が痛いわ。これはマリーに言ってお薬を貰わないとだめね。



…その後のお小言が長そうだけど。

薬を飲んでも効かないんじゃないかしら、とレイラは気を揉む。


そして上げた視線の先にハンナを見つけて、レイラは大きく呼び掛けた。



「ハンナ!」


「…レイラ…」



レイラに気づいたハンナはぴくと肩を揺らして、どこか不安そうに視線を彷徨わせる。


小動物のようにそわそわとして、それはどこか入学パーティーのときに見かけた彼女の姿と重なる。



「どうしたの?そんな顔をして。…あら」



ハンナの側に寄ったレイラは、彼女の足元に視線を落とす。



「まあ、きれいな靴ね」


「あ、ありがとう…」


「でもなんだか足に合っていないようだわ」


「レイラ!」



レイラが足元にしゃがみこんだので、ハンナは悲鳴のような声を上げた。


そうだろう。モンタールド侯爵令嬢である彼女がとるべき行動ではない。



けれどレイラはお構いなしで、ハンナの足元を彩る真新しい紫のヒールを検分する。



「サイズがすこし大きいんじゃない?既製品を買ったの?」



試着しないで買ったのね、とレイラはくすくす笑う。



「え、あ、じつは…そうなの」



ネットショップで買ったりするとよくこういう失敗があるわよね。


しどろもどろなハンナを肯定しながら立ち上がったレイラの視界が、ぐるりと回る。



「あら…?」



「レイラ!!」



不安定にぐらりと傾いだレイラの腰に腕を回し支えたのはルチアーノだった。



「ごめんなさい、ルチアーノ様。ありがとう」


「レイラ!顔が真っ青だよ!」


「うん、そうね。立ち眩みみたい」



なにを悠長なことを!と血相変えたルチアーノに医務室に連れていかれて、レイラは結局そのまま授業に出ることなく早退した。



ぽつん、と取り残されたハンナをそのままに。

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