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「レイラ、あれはなに?」
お茶会がお開きになった後も、ルチアーノはモンタールド邸に残っていた。その彼が言う。
「あれって?」
「ハンナのことだよ。なにか意図があるよね?」
サンルームでパピヨンの書類を広げていたレイラは、真面目な顔をしたルチアーノをちらと見やる。
…ああ、この婚約者様は。
「さすがね、ルチアーノ様」
レイラが認めると、ルチアーノは「やっぱり」と呟いた。
「わたくしのガーデンパーティーにハンナを誘おうと思っていることは本当よ。レディの流儀に慣れてもらうためにお茶会に呼ぶこともね」
その辺りはトマにも伝えた通りだ。ハンナの経験値になればいい。
でも、とレイラは頬に手を当てる。
「なんか気になるのよね、ハンナのお母様」
レイラはハンナの母親が理解できなかった。
娘のことでだいぶ胸を痛めていたようなのに、どうしてレディに向けての一歩を否定するような反応をするのか。ハンナも貴族の娘なのに。
それにブノワトのことも。
ブノワトを養女に迎えれば、それですべて済むと思っているのだろうか?
眉を寄せるレイラを見て、ルチアーノも「うーん」と難しい顔をする。
その表情にレイラはなんだか毒気を抜かれてしまった。
「え、なに?なんで笑うの?」
「ふふっ、だって、ルチアーノ様がなんだかかわいくって…」
「かわ……!?」
ルチアーノは心外だとばかりに目を見開く。
レイラはくすくすと笑いながら、でも…と彼を見直していた。
さすがルチアーノは、レイラが別のことを考えていることにすぐに気づいた。けれどハンナは違う。
彼女はただ素直に、レイラに誘ってもらったことを純粋に喜んでいた。
貴族は笑顔の裏でまったく違うことを考えていることが侭ある。そしてその多くは善良であることが少ない。残念なことに。
ハンナの母親はそんな笑顔に傷つけられてしまったのだろう。
ハンナは大丈夫かしら…とレイラは胸をざわつかせた。
「それで、今年のパーティーなんだけど」
ルチアーノがもじもじと言った、そのとき。
「お嬢様、失礼致します」
こんこんとノックをして、ロイドと黒い商人が顔を出す。
「あら、来ていたの?」
「誰!!?」
男を見て、ルチアーノは飛び上がって驚いた。
「あなたは…たしかお嬢様の婚約者殿」
黒い商人はそんなルチアーノにうそりと笑う。
「お初にお目にかかります、サルヴァティーニ公爵令息。私は、」
「レアード卿よ。隣国の商人なの。いまはパピヨンのマネージメントを依頼しているわ」
「マネ…?」
ルチアーノが首を捻っている隙に、レイラは「それで今日はどうしたの」と訊ねる。
「お嬢様に報告があるらしいのよ」
ロイドが言って、商人はいくつかの資料をレイラの目の前に広げる。
ロイドと黒い商人を見比べたルチアーノは「レイラのブランドの協力者…。ロイドさんじゃなくて、まさか…!?」とかレイラに失礼な疑惑を向けてくるので、横目で睨んで黙らせておいた。まったく。
「財務状況と仕入履歴を照らし合わせていました。売り上げは上々、右肩上がりです。でもここ」
黒い商人は資料の一点を指差す。
「それからここ、去年の同じ時期の数字です」
そしてもう一枚の資料の一点を指で示す。
「仕入れ金額がほぼほぼ同じです」
「同じ時期ならそんなものじゃないか?」
ルチアーノの言葉に頷く商人。
「きっとお二人もそう思って見過ごしてしまったのでしょう。でも」
商人はもう一枚、もう少し詳細に記した書類を取り出す。
「比較してみたところ、仕入れた量は前年の半分程度でした。」
「…あら本当。たしか、お嬢様が新しい素材を試したり、外のお針子に外注したりした時期、だったかしら?」
「そうね。新しい繊維染めを試してると言って、素材の価格が上がったのよね」
ロイドとレイラは顔をあわせて頷き合う。
「それにしても実質前年の倍ですよ、上がりすぎです。レイラパピヨンには優先的に卸すというのが、当初の取り決めではなかったんですか?」
「そうよ」
レイラが苦い顔で頷いたのを見て、ルチアーノは問いかける。
「その仕入れ先って…?」
「うちの地方領にある紡績工場よ。…ブノワトの地元の、ね」
***
レアード商会とは先日直接契約を結んだ折に、職人の斡旋や素材の仕入れ以外にも、ブランドのライセンス契約を結んだ。
この世界では商標権なんて認知されていないが、レイラパピヨンの正規品取扱店という証明はかなり貴重だと商人は力強く言った。
そのため店舗以外での販路開拓や隣国への輸出は、彼に任せている。
地方領にある紡績工場の不穏な報告をした後で、商人はぬいぐるみや雑貨類をいまの店舗以外でも販売するのはどうかと提案してきた。
「ドレスは本店のみの扱いとして、他の商品はもっと展開できると思うんですが」
「ああ、ライセンスあるものね。じゃあワゴン販売とかどう?テーマパークとかでよくあるじゃない。かわいいわよね。移動できるし、きっと便利よ」
「テーマパーク…?」
「なんでしょうか、それ…」
「ワゴン販売!名案です!」
ぼんやりとしたレイラの言葉に首を捻るルチアーノとロイド、前のめりで食らいつく商人の男。
「光り物があるともっとかわいいんだけど…」
「宝石ってこと?レイラ」
「ちがうわよ」
「ありますよ、光り物」
商人の言葉にレイラはぱちくりと目を瞬かせた。
「あ、お嬢様戻ってきたわ」
ロイドの言葉はスルーする。
商人は「ちょうどいまありますよ」と親指の先くらいの白い石を取り出した。
ミルキーな色合いの水晶のような石だった。
「綺光石といって、蓄光性のある石なんです。明るいところで保管しておくと、暗くなったときにじわじわ光り出します」
「なにそれかわいい!」
ワゴンのアクセントにしてもいいわね、光るアクセサリーに加工してもおもしろいかも!
レイラの目がくわっと開く。
「大きければ大きいほど明るく光ります。」
レイラの脳裏に『私』の部屋にあった岩塩ランプが過る。
「…庭に並べたらキャンドルパーティーできちゃう…?やだ素敵!」
「もちろん大きくなるにつれて価格は跳ね上がりますが…」
もったいぶる商人に「買った!!」と手を挙げたのはルチアーノだった。
「ええ!?なに言ってるんですか!」
レイラだって侯爵令嬢だし、いくら値が張るといえど買えないことはない。
パピヨンのために買うのならそれは経費だ。
「ルチアーノ様!!」
「ちがうんだ、レイラ。今年はぼくも何か手伝いたいと思っていて…レイラがやりたいことの力になれるのなら本望なんだよ」
「ルチアーノ様……!」
レイラはルチアーノの言葉に胸を打たれる。
「お買い求めありがとうございます」
―――では、請求額はまた後日。
「ちょっと!?」
それいま言うことじゃないわよ!
無粋な商人の言葉にレイラはきっ!と彼を睨みつけた。




