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ハンナの言葉に強く困惑したレイラだったが、結局レイラ主催のお茶会は予定通り開かれた。
「わあ、すごい…!」
大きなお屋敷に見事な庭園。侯爵邸を訪れたハンナは息を飲む。
そしてその顔ぶれもそうそうたるものだ。
「モンタールド家のお菓子はおもしろいものが多いね」
と、アドリアン王子が言うと。
「殿下、これも美味しいんですよ」
イリスとお菓子を堪能していたマルセルが答える。
「人が多いとまた印象が違うわね」
トマの隣でリーサが言えば。
「普段からこうじゃないのか?」
ルチアーノがすぐさま反応して。
「いいえ、いつも通りですわルチアーノ様」
レイラがにっこりと笑顔で否定する。
今日のお茶会は人数も多く、また王子殿下が来訪するということもあって、モンタールド邸の迎賓館を解放して行われていた。
もちろん凝った衣装も奇妙なアイテムもなしだ。
ただ、お菓子だけはいつも通り、レイラの好みを全面に出したゆめかわいいものが用意されている。そこは譲れない。
「お茶、お茶が青い…!?」
ハンナははじめて見る花茶にぎょっとして。
「わたくしもこれははじめて見るわ。わらび餅っていうの?」
新しいお菓子を前に、わくわくするわ!とはしゃぐエマ。
「テーブルの花は私が生けたんだよ」
「ええ、存じております。侍女ですから」
ロイドとマリーは寄り添ってらぶらぶしている。
体裁を繕っても、レイラのお茶会は結局自由だ。全員があらゆる形で繋がっているから各々好きに過ごすことができる。――ほら、ここも。
「ロイド、なにか弾いてよ」
「殿下、命令とあらば報酬を」
「…ロイド様、私もなにか聴きたいです」
「マリーの頼みならなんだって!」
ロイドはがたがたと椅子を用意して、奥からチェロを引っ張り出してくると、何度か試し弾きをした後で見事な音色を奏で出した。
重すぎもせず、明るすぎもしない、なんとも心地のいい音色が満ちる。
「…殿下よりマリーか」
「あら、そこがロイドのいいところよ」
トマの呟きにレイラが答えた。
そして姉弟は揃ってハンナに視線を向ける。
ハンナの事情はトマも聞き及んでいた。だがレイラが話さなくても、リーサから伝わっていただろう。
ハンナはテーブルマナーに苦心しているようだった。カトラリーを使うだけなら子供だってできる。だが、目の前に並ぶのは侯爵家自慢のお菓子だ。
「落ち着いてハンナ。わたくしもはじめて見るものがあるわ、さすがレイラよね」
隣でエマが声をかけてくれている。レイラはほっと胸を撫で下ろした。
今日のお茶会はレイラのゆめかわコスプレ会ではないため、令嬢たちはドレスで参加している。レースやフリルは美しいが動きにくいし、ドレープのあるスカートは重たい。
「下を向くと余計に動きづらいのよ。背を伸ばして前を向いて、歩くときはいつもより歩幅を大きくした方が美しいわ」
ハンナが困っていると、イリスがドレス捌きのアドバイスをくれる。
「それでも大変なときは、そうね、こうするの」
イリスが片手を水平に差し出すと、颯爽とマルセルが現れ、その手をとった。
「ほら、こうやって殿方が助けてくださるわ」
「え、えっと…」
ハンナは淡く頬を染めて二人を交互に眺めていて、レイラは苦笑する。イリスったらもう。
「あまりあからさまに表情に出すと、もっとからかわれるわよ」
そこへリーサがやってきた。
「ええっ、いまのからかわれていたんですか!?」
「あら、本当のことよ?」
「イリスとマルセル様の間ではね。それよりハンナ、御令嬢との会話は話半分でいいわ。どうせ残りは自慢話なんだから」
ハンナはリーサの言葉に真剣に頷いている。
「リアクションも半分でいいわよ、あとは微笑んでいればいいの」
「はい…!」
「本当に聞くべき言葉や相手は、わかるわよね?」
レイラはその様子を微笑みながら眺めていた。なんて心強い。
「ハンナに必要なのは、淑女のマナーや教養よりも、信頼できる友人よ」
できれば異性ではなく、同性の。
レイラの言葉にトマが答える。
「なるほど、その役目をレイラが買って出たのか」
けれどレイラはきょとんと弟を見た。
「あら、違うわよ?」
「え」
「こういってはあれだけど、ハンナとわたくしたちでは、同じ貴族でも付き合う相手が違うわ。まずはスタンダードを知って、そこから自分の人脈を作り上げてもらわないと」
人を侮る必要はないけれど、舐められないよう魅力的であった方がいい。社交界は戦場なのだから。
レイラはフィールドも違うし、常にハンナの側にいるなんてことはできない。相談に乗ることはできても。だから。
「いまわたくしがしてあげられるのは、ハンナの経験値を上げるお手伝いかしら」
レイラは立ち上がって、ハンナの元へと向かった。
「ハンナ、どうかしら。楽しんでる?」
「レイラ!」
ハンナは嬉しそうにレイラを見上げる。
「そうね、わからないこともたくさんあるけど、楽しいわ。みんないろいろ教えてくれるし」
「そう、よかった」
レイラはにこりと笑う。
「ねえハンナ、どうかしら。これからも何度かわたくしのお茶会に参加してみない?」
「…でも、ママが」
「わたくしのお友達としてぜひ来てほしいの。できたら今年のラズベリーガーデンパーティーの招待状も送りたいわ」
「ラズベリーガーデンパーティー?」
「レイラの誕生日パーティーだよ」
レイラの隣にやってきたルチアーノが言う。
「まあ素敵!本当に?わたしも誘ってもらえるの!?」
ハンナはぱあっと顔を輝かせてレイラを見る。
「ええ」と微笑んで頷いた。
「そのためにも、いろいろ、ハンナの気持ちの準備も必要でしょう?だからわたくしのお茶会で慣れていけばいいと思うの」
「うん、そうね…!」
「こんな気軽なお茶会だったら、きっとハンナのお母様も認めてくれると思うわ」
「そうよね!」
意気込むハンナに向けてにこりと微笑むレイラの横顔を、ルチアーノはじっと見つめていた。




