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庭師や料理長、その他たくさんの使用人に混ざって、レイラもラズベリーの実を摘む。摘む。摘む…。



「あー!!どれだけやっても終わらないじゃない!人力でやるのが間違ってるのよ!」



侯爵令嬢はあっという間に音を上げた。



「お嬢様がやりたいって言い出したんじゃないですか、もう飽きたんですか?」


庭師が朗らかな笑顔で言う。



「お嬢様にはラズベリーを使った新しいお菓子を考えてもらう方が有意義かな。さて、オレもそろそろ…」


よっこいせ、と腰を上げる料理長。



「いいえそれには及びません、シェフ。今年もベリーとショコラの素晴らしい組み合わせをご提案しますよ」


料理長を押し留めて、自分が抜けようとするショコラティエ。



「あーオレもそろそろお迎えの時間かなー」


ちらちらと時計を気にする馬丁に。



「お迎え差し上げるお嬢様は本日後ろにいらっしゃいますけど」


手際よく実を摘みながら、鋭い視線を投げるノアに。



「…………あっ」


夢中でラズベリーを摘むトマと。



「トマ様また潰したんですか?シャツに汁つけないでくださいよ」


「落ちないんですからねー」


そんなトマを叱る使用人たち。



「見てマリー、たくさん取れた!」


ロイドは山盛りの籠をマリーに見せ。



「ロイド様の摘んだ実はきれいですね…!」


同じく山盛りの籠を抱えて喜ぶ侍女マリー。



毎年恒例ラズベリー摘みの光景である。

モンタールド邸は今日も平和だ。



「あ、今日ルチアーノ様がレイラのこと誘いに来るって言ってたぜ」



白いシャツをラズベリーでまだらに汚したトマの言葉に、青い花茶を堪能していたレイラは絶叫した。



「え、ええ―――っ!?」


準備してないんですけど!?



訂正。モンタールド邸は今日も賑やかだ。




***

「お待たせいたしました」


「いや。摘ませてもらっていたから大丈夫だよ」



支度を終えたレイラがルチアーノに声をかけると、彼はラズベリーで山になった籠を手に満足そうに笑った。


ただそれは他のものに比べるとずいぶん小さい。侯爵家の使用人の気遣いだった。



「ラズベリーずいぶん大きくなったね、増えたし」


「ええ。ええ、本当に」


「はじめはひとつの鉢だったのに」



ルチアーノはそして「大切に育ててくれてありがとう」と微笑んだ。


あまりにきれいなその笑みにレイラはカッと顔が熱くなる。



「…いいえ、そんな。庭師の腕がいいんですよ。わたくしは水をあげていただけですし…」


「水やりが日課なんだって聞いたよ」



ルチアーノはますます嬉しそうに笑う。

いたたまれずにレイラが目を反らすと、すっと手を差し出された。



「さあ行こう。馬車が待ってる」



公爵家の馬車に乗り込むと、オールドローズの刺繍が全面にあしらわれた見事なクッションが置かれていた。


「まあ素敵!」


「レイラが好きそうだと思って。気に入った?」


ルチアーノの言葉に頷いて答える。



公爵家の馬車は細かいところまで見事な装飾が施されていた。


馬車は各家の好みがダイレクトに現れる。

モンタールド家は白を貴重とした質感にこだわった馬車だし、デル・テスタ家は逆に黒をメインとしたクールなデザインだ。



「今日はどちらへ?」


「運河に行ってみようと思って」


「まあ運河ですか。…なんです?」



レイラが膝の上にクッションを乗せて訊ねると、向かいに座ったルチアーノがにこにこと答える。あまりに上機嫌なのでレイラは首を捻った。



「ぼくの婚約者が今日もとてもきれいだから」


「!」



ルチアーノの直截な一言に、レイラは言葉を失った。なにか言おうとして結局なにも言えずもごもごと口を噤む。



―――服、かしら。服のことよね…?


今日の装いは、刺繍が入った青いワンピースとコサージュのついたシルバーのパンプス。

どちらもレイラのクローゼットで眠るパピヨンの一点ものだ。



レイラは意味もなくクッションを弄んで、ルチアーノはやはりその様子を嬉しそうに眺めていた。



「わたくし運河は行ったことがないんですの」


「そんなに遠くないから、すぐにつくよ」



運河はこの国の要のひとつである港湾と繋がっており、一帯が水の都として栄えている。


水の都は王都からも程近く、身分関係なくデートスポットとしても人気だ。



「行ったことがあるなら、誰と行ったのか問い詰めてしまっていたな」


「まあ!そういう意味じゃないです」



外務大臣であるモンタールド侯爵も諸国外遊のための大きな船を所有していて、運河で管理していた。

トマは何度か視察に同行していたが、レイラは行ったことがなかった。そういうことを言いたかったのに。



「ほら、もうついたよ」



水路の近くで馬車が停まった。


「お手をどうぞ」とルチアーノが肘を曲げて、レイラはするりと白い手を絡める。


「わあ…!」


馬車を降りるとすこし潮の香りがした。


運河にかかる橋も建物もすべて石造りで、もちろん足元も石畳だ。



「すごいわ、素敵!」


「河沿いにすこし歩こうか」



入り組んだ街並みは道も細く、馬車はここまでのようだ。数名の護衛だけを連れてルチアーノは歩き出す。


水路には人や荷物を乗せたゴンドラが行き交い、バルのテラスでは明るいうちから客が酒を楽しんでいる。


歩道は水面とほぼ同じ高さで、子供たちが賑やかに水遊びをしていた。



「わたくしもゴンドラに乗りたい!」


「あとで乗りに行こうか」


「バル賑わってるわね」


「あの店のイチオシはターキーだよ。やみつきになる」


「水路とこんなに近くて危なくないかしら?」


「大丈夫だよ」


「雨とかで水かさが増したら、この道なくなっちゃうの?」


「そう。それも見ものだよ」



「…ルチアーノ様」



レイラの疑問をひとつひとつ答えるルチアーノに疑念が湧く。どうしてこんなに詳しいのかしら。もしかしてルチアーノ様こそ…?



「どうしてそんなに詳しいんですの?まさか…?」


「はは。まさか。ほらあれ見て」



疑惑の眼差しを向けるレイラに笑って、ルチアーノは風に揺れるタペストリーを指差す。


そこには公爵家の紋章が。



「水の都は公爵家の領地なんだ」


「まあ…!」



驚いたレイラは「疑ってごめんなさい」と謝る。



「子供の頃から身近だったから、よく知ってるんだ。それだけだよ」


「よく来ていたんですの?殿下と?」


「そうだね」


「…トマやマルセル様も?」


「…そうだね」



レイラはぷうと頬を膨らませた。

わたくしも連れてきてほしかったわ――そう思って、自分も同じだと思い至る。


ルチアーノもレイラのゆめかわお茶会に呼ばれていなかったことに肩を落としていた。



「レイラ?」



レイラはルチアーノの肘に絡めた手にもう一方の手を添えて、ことんと肩に頭を寄せる。



「これからはわたくしも連れてきてくださいね。いつでも」


「そうだね。いつでも」



ラズベリー色の髪の少女と、天鵞絨色の髪の少年。麗しい二人の姿は水の都においてもよく目立った。仲睦まじい様子がなおさら。

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