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「それで、ブノワトを養女になんてどんな経緯でそうなったのか、ハンナに直接聞いてみようと思っていたんだけど…」
ハンナが捕まらない、と。
レイラがアドリアンを見ると、夜色の王子もこくりと頷いた。
「養女の件は事実だよ。父王に訊ねたら、たしかにそのような書状が上がっていたそうだ」
宰相と確認したと言っていた、と告げたアドリアンにルチアーノが反応する。
「なっ!父様は知っていたのか!?」
「おまえが自分で調べることに意味があったんだろ」
たとえおまえがドヤ顔で報告してきても、と傷口に塩を塗り込むアドリアン。
ルチアーノはうううと頭を抱えた。
「あのとき国王も父様も、侯爵もいた…!」
「お気の毒さまね」
ついでに言えばトマもいたのだが、レイラはそこまで訊かなかった。
「…でも、これは父様も言っていたんだけど、本当にどうしてそんな話になっているのか、皆目検討もつかないんだ。ブノワトの家が爵位領地ともに返上になっていることは、身元を調べればすぐにわかることだし」
「下位貴族とはいえ、そんな相手を迎えるほど、クロフォード家は落ちぶれてないしね」
ルチアーノとアドリアンは揃って腕を組む。
レイラも「ううん」と唸った。
「たしかに不可解だわ。ブノワトとハンナの関係も良好じゃないみたいなのよね?そうすると考えられるのは――」
「「「脅されてるか、騙されてるか」」」
三人の声が揃った。
***
ハンナとブノワトの関係はどうなっているのかしら、とレイラは頭を悩ませる。
レイラはブノワトを信用していない。
数々の不名誉な噂もブノワトが裏で糸を引いていたのかもしれない。
でもそれなら地方伯爵が失脚した直後から行われていないと説明がつかない。
なのに、一連の出来事はレイラが中央学園に入学してから起きている。
ハンナと出会ったから?
ハンナはブノワトに唆されている?ならハンナはすべて知っていたのか?
入学パーティーの後日、レイラがハンナのヒールに細工をしたと噂が流れた。あのときハンナは全力で否定していた。
ロイドが愛人だとか、アドリアンに乗り換えようとしてるとか、婚約者を捨てようとしているとか、不名誉な噂が流れた後も、ハンナはいつも通り明るく接してくれた。あの笑顔は嘘じゃないはず。
けれど一方で、レイラの婚約者がルチアーノだということを知っていたはずなのに、常に彼の近くにいた。
レイラパピヨンの店に押し掛けてきたり、たくさんの人がいるところでブノワトを追放しただなんて言ったり。
疑わしいことはやはりある。
もしハンナがレイラを貶めるために近づいていたのだとしたら。
「恐ろしいわね…」
ヒロイン然りとしたあの笑顔も嘘だったっていうこと?
レイラは背筋を震わせて――いや、やっぱりハンナの笑顔は本物だったわ、と思い直す。
ハンナは友人だが、レイラだって彼女を信用しきってはいなかった。
だからハンナがレイラパピヨンに来たとき、他の客と同じように扱ったのだ。あれは一種の自衛だった。
けれどハンナは友人だから、彼女を疑いたくない。
ルチアーノとのことには胸を痛めたが、レイラはあの桃色の髪の可憐な少女がやっぱり好きだ。
―――だってとってもゆめかわいいんですもの。
ルチアーノとの関係を疑ってしまったのは、ひとえに自分の至らなさだ。関係がうまくいっていないことをハンナのせいにしてしまっていた。
本当は彼女に会うずっと前からこじれていたのに。
婚約者との関係が改善したいま、ハンナを疑うのはお門違い。
なにか事情があるのかもしれないし、たとえ本当にハンナが悪意をもってレイラに近づいていたのだとしても、レイラがハンナを遠ざける理由にはならない。
そうね、まずは話してみないと。
レイラは薄手の白いケープを肩に羽織った。
と、すぐに専属侍女マリーに声をかけられる。
「お嬢様、お出掛けですか?」
「ええ、ちょ、ちょっとだけ…」
「クロフォード家に向かうのでしたら、旦那様とロイド様の許可を得て、トマ様を連れていってくださいね?」
「うっ」
ああこれだ。
ブノワトの前歴があるゆえ、レイラがクロフォード家を訪れるのはハードルが高かった。
ブノワトを嫌っているロイドが許可を出すはずがない。マリーの目もきらりと強く光る。
「お嬢様、ハンナ嬢だかブノワトだかのことはルチアーノ様にお任せしておけばいいじゃないですか」
「うん、そうなんだけどね…?」
「それにお忘れですか?」
マリーがずずいっと両腕で抱えるほどの籠を見せつけてくる。鮮やかなラズベリーが山盛りになったそれを。
「今年もこの季節がやって来ました。お嬢様も準備をお願い致します」
「…はい」
ラズベリーガーデンパーティの季節です。




