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「うわっ、ごめん!!」


我に返ったルチアーノが、ばっとレイラから飛び退く。顔が真っ赤だ。


「ふふ。いいのよ」



レイラ主催のゆめかわお茶会、という名のお人形ごっこは仕切り直して再開された。


それぞれのカップルは優雅な時間を過ごして、レイを首から下げたノアと、夜色のアドリアンがくるくるとテーブルを回る。


こき使われる王子のなんと愉快なことか。


エマもそう思っているのか、繰り返し呼びつけていた。



「いつもこんなお茶会を開いていたの?」


「そうねえ、いつもはもっと小規模だけどね」



レイラとルチアーノは白いベンチにいた。思い出のあのベンチに。



「どうして誘ってくれなかったの?」



ルチアーノの首にも鮮やかなレイが掛かっている。



「あら。ルチアーノ様はわたくしに興味がなさそうだったわ」


「それは…っ!」


「わたくしも諦めてしまっていたのね…。ルチアーノ様はいつも忙しそうだったし、誘うのも悪いと思ってたわ」



ルチアーノは組んだ手を数回擦り合わせて「…ふう」と息をついた。


大きな手だ。以前より、ずっとずっと。



「むかし、ぼくたちがまだ出会ったばかりの頃、よくこの中庭に来ていた。ラズベリーの木を見にきただけとか生意気言って、トマを引っ張り回して。でも本当は、ぼくはレイラに会いに来ていたんだよ」


「え?」


「気恥ずかしくて、まともに顔も見れてなかったけど。ぼくの気持ちは、父にも、トマにも、侯爵にも筒抜けだったな」


「まあ…」



レイラは熱くなる頬を押さえる。



「でもレイラの近くにはいつもロイドさんがいてさ、ラベンダー色のドレスを好んで着てて、一番好きな色なの、って言われたとき、ショックで倒れるかと思った」


「え、それは…」


「うん、いまならわかるよ。レイラはピンクとか紫が好きなんだよね?でもあの頃のぼくはレイラにふられたと思ってショックで。ほら、まだ子供だったし」



ルチアーノはそう言ってくすくす笑うが、その瞳の奥はまだ傷ついた少年のままだった。



「そこからはなんとか穏便に婚約者でいられるようにって、そればかりで。トマにずいぶん呆れられたよ。たしかに大事なことが見えていなかった」


「ルチアーノ様…」


「レイラの側にはロイドさんがいて、二人で新しいことをはじめてて。ぼくは婚約者なのに何も知らなくて、蚊帳の外で。そのうちどんどんレイラの仲間が増えて、でも、ぼくはやっぱり部外者で」



「っ、ごめんなさい…!!」



レイラは堪らずルチアーノを抱き締めた。


そうだ。わかってもらえるはずがないと、はじめからルチアーノに話すことをやめてしまったのはレイラだ。



「ぼくがこんなだから、つけ入る隙がありすぎたんだよね。あの日も、ほら、ブノワトがぼくのところに来た、あの嵐の日」


「…っ!!」



はっと顔を上げたレイラの頬に、ルチアーノの手が添えられる。そしてゆるりと親指が目の下を撫でた。…安心させるように。



「後から考えれば、あの令嬢は、いいや侍女か、彼女は失礼なことばかりだった。あのときもそれは気づいていたのに、レイラに嫌われたのかと思ったら、もうどうしていいかわからなかった」


「あのときはたしかに怒っていたけれど…。ルチアーノ様を嫌いになった訳じゃないのよ」


「うん。それをね、後からでも聞ければよかったのに、ぼくはどうしてもできなくて」


「ルチアーノ様…」


「ぼくはなんて心が弱い人間なんだって、マルセルの家で鍛えてもらったりしたんだよ」


「まあ!」


それでルチアーノはあんなに剣が強いのか、とレイラは驚く。


「それでも結局レイラと向き合うことはできなかったけど」



ルチアーノは「はは」と薄く笑う。



「ごめんなさいっ!」



レイラはぎゅうといっそうルチアーノにひっついた。いままでの隙間を埋めるように。



「ごめんなさい、わたくしも逃げていたわ。ルチアーノ様に伝える努力もしないで、あなたに見向きされないのも当然なのに、ルチアーノ様のせいばかりにして」


「レイラ…」


「ロイドはマリーが好きなのよ」


「…うん。今日の距離感見て理解した」


「みんなでたくさんいろんなものを作ったわ。お茶をして、いろんな格好をして。でも、そこにルチアーノ様がいたら、きっともっと楽しかったのね」


「レイラの、服…」



ルチアーノはレイラを上から下まで眺めて、きゅっと目を瞑った。



「ルチアーノ様?」


「ごめん、いままでレイラが着ていたドレスもワンピースも、ロイドさんが作っていると思っていたから。嫉妬してばかりで、きちんと褒めたこともなかったな、と思って…」


レイラは首を傾げる。


「ロイドが作ったっていうのは間違いじゃないわよ?」


「でも、レイラのデザインなんだろ?」


「ええ、そうね」



「あー…」と呻いたルチアーノの頭がレイラの肩に落ちてくる。



「ルチアーノ様?」


「ああもう、自分がいやになる。どうしてもっとレイラをきちんと見ていなかったんだろう」



嘆いたルチアーノがぐりぐりと頭を押し付けてきて、レイラは堪らず笑い声を上げる。



「ちょっ、やだ、くすぐったい…!」



きゃはは、とレイラの軽やかな声に、中庭でカフェデートごっこをしている集団の視線が向けられる。



「なにあれ。めっちゃらぶらぶじゃん」


「人騒がせね、いままでなんだったのかしら」



トマとリーサの元に、どん!とロコモコ丼が届けられた。アドリアンの手によって。


「え、なにこれ、頼んでないけど…」


「ルチアーノはあれで溺愛束縛系だからな。考え直すならいまのうち!」


「レイラは結構そういうの好きそうだけど?」


それ頼んだのこっちよ、と横からエマがロコモコ丼を奪っていった。

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