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「え、だれ?侵入者?」


「侵入者っていうならルチアーノ様もなんだけど…」


「…………」


「お嬢様!!」



上から順に、エマ、リーサ、イリス、マリーだ。



ルチアーノは怯えるレイラに驚いて、咄嗟に背中に彼女を庇う。


「おい、どういうつもりだ?」



そして続いた言葉にレイラは耳を疑った。



「なんでここにいる?アドリアン」



「え…?」



―――アドリアンって、アドリアン王子殿下!!?



彼の髪は空色だ。けれどいま目の前にいる人物は紺色の髪だし、髪型も違う。



「殿下!!」



レイラがぐるぐる目を回す横で、マルセルまで駆けつけてくる。



「うわあマルセルなにその格好!?似合ってるな、おい」


「いや、その、レイラ嬢に仕立てていただいて…」



イリス嬢とお揃いなんです、とか照れている。


ごめんマルセル様。殴りたい。



「ちょっと、どういうことですの?殿下は空色の髪でしょう?」


「でもあなた髪の色が違うじゃない、本当に殿下なの?」



リーサとエマが問いかけながら近づいてくる。



「うわあ!二人とも色っぽいね!すごい似合ってる!」


「レイラの見立てですもの」



当然よ、と胸を張るエマ。ああん大好き!



「アドリアン殿下ってあんな軟派な性格だったかしら?」


「うーん、その片鱗はありましたけどね…」



ロイドとトマがひそひそと話している。


そうよね、なんか性格が違うわ。



「そう言われても、これが本当のオレなんだよね」



アドリアン殿下と呼ばれたその男が、にっと口角をあげる。でも…。



「そんなことより」


「!!」



レイラの視界がルチアーノの背中で塞がれた。



「おまえ、レイラに、なにをした?」



ルチアーノはぐいぐい詰め寄る。



「ちょ、ルチアーノ!?瞳孔開いてるよ!」


「レイラがこんなに怯えるなんて、なにかあったに決まってるんだ!」


「!」


そのとき、レイラは心の中で大きく開眼した。



―――ああ、なんだ。


途端にレイラの胸に安心感が広がる。


ルチアーノ様はきちんとわたくしを見てくれていた。なんだ。



レイラはつんつんとルチアーノの肘の辺りを引く。



「レ、レイラ…っ」


「この人、パピヨンのお店に不法侵入してきたの。わたくしがひとりのときに、天窓から飛び降りてきて、押し倒されて…」



「「「はあっ!!?」」」



全員の視線が一斉に突き刺さる。



「おまっ、な、はああっ!?」


「レイラが怯えてたのはあんたの仕業か!」


「殿下…それはちょっと…」


「うわぁ、引くわ…」



順にルチアーノ、トマ、マルセル、ロイド。



「信じられない…」


「獣の所業ね」


「ばーか」


「お嬢様の敵は王子殿下でも許すまじ…!!」



リーサ、エマ、イリス、マリーの言葉。



「ほう、なるほどね…」



けれどラスボスは別にいた。


一気に周囲が氷点下まで下がって、全員ぶるりと背筋を戦慄かせる。



「不審者っておまえか、小僧…!!」


「いだだだだだ!」



父であるモンタールド侯爵が超人的な握力でアイアンクローを決める。



「離せ侯爵!オレは王子だぞ!!」


「知るか!国ごと乗っ取ってやろうか!?」


「ぎゃああああああ!」



「悪魔の所業ね…」


誰かの呟きに頷いて答える。


呆然と断末魔の叫びを聞いていると、とんとんと肩を叩かれた。



「レイラちゃん」


「お母様」


「怖い思いをしたのならどうしてきちんと話してくれなかったの?」


「…だって、あの日も衛兵団の制服を着ていたんですもの。話しても無駄って思ってしまって」


「まあ」


「彼がアドリアン王子だというのなら、やっぱり無駄なことだったでしょうし…」


「レイラちゃん…」


レイラの言葉に、ルチアーノも悲しげに眉を下げる。



「ルチアーノさん」



そんな彼に向かって母は声をかけた。


名前を呼ばれて顔を上げたルチアーノは、目が合うなりびくっと背筋を震わせる。



「ねえ…?あなた、わかってるわよね…?」


「は、はい…!」


「ふふ、期待してるわ」



多くを言わず視線で語る女。

それがモンタールド侯爵夫人だ。悪魔の番は悪魔なのである。



紺色の髪の自称王子様は、後ろ手に縛られて椅子に座らされていた。



「なんでこんな目に…」


ぶつぶつ文句を言う彼に、父ははあとため息をつく。


「残念だけど、彼はたしかにアドリアン王子だよ」


「ええっ!」


父にも認められてしまえば、もう疑いようがない。



「でも、髪色が…?」


「これだって空色の髪だよ。夜空の色」



口が減らないわね、とレイラは呆れる。


けれど国王陛下は藍色の髪だったから、血統的にはこれが正しい色なのかもしれない。



「王家に伝わる秘伝の薬があってね、それで髪の色を変えられるんだ」


「えっ、なにその秘伝のスープみたいな薬!ラーメンみたい」


「ラーメン?なんだそれ!」



はははっ!と夜色のアドリアンが楽しそうに笑う。


その笑い方が学園でよく聞いていたものと同じで、レイラはちょっと胸が痛かった。



「無色透明の、水と見紛うような薬だよ。歴代の王族はお忍びのときに使ってたらしいけど、オレは公務の度に使ってたんだよね。貴重な薬らしくて、おかげで公式な場にはあまりでなくてよくて助かったな!」



「アドリアン殿下って、なんだか…」


「クズだろ?昔からそうなんだ、あいつは」



ルチアーノの言葉に頷きながら、レイラは自身の髪を一房手に取る。



そんな薬があるのなら、このラズベリー色の髪も…。



「使ってみたい?試してみないとどんな色になるかわからないんだ。でもそのためには王家の一員にならないとね?」


「え…」


「アドリアン!」



ぱちんとウインクされて、ルチアーノの怒声が響く。



「なんでよ。ルチアーノとの婚約が破棄されたなら、サルヴァティーニ公爵家以上の家柄じゃないとレイラの経歴に傷がつくよ。そうなったら、あとはガルディーニ王家しかないじゃないか。つまりオレのところだ」



「しない!婚約破棄は、しない!!」



レイラははっとルチアーノを見上げる。


ルチアーノはぎりぎりとアドリアンを睨み付けていた。悔しそうに、歯を食いしばって、昂った感情に目を潤ませて。



ばかね、とレイラはすこし微笑う。



「ルチアーノ様」



「…っ!?」



きつく握り締められたルチアーノの手に触れると驚いた視線が降ってきた。



「そうね。婚約破棄は、しないわね」



「っ、レイラ!!」



感極まったルチアーノがぎゅうっときつく抱きついてくる。



あの頃より大きくなってしまった背中に腕を回して、レイラはふふと笑った。

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