55
「お人形ごっこがモチーフっていっても、いつもと同じよ。好きに楽しんでくれればいいわ」
「そうね、あの人たちはすっかりその気ね」
レイラの向かいでエマが、イリスとマルセル、侯爵と侯爵夫人を示す。
レイラはからからんと涼しげな音を立ててトロピカルアイスティーをかき混ぜた。…うそだ。本当はいつものフルーツティーだ。
「本当、レイラにはいつも驚かされるわ」
エマはテーブルに置かれたメニューを開く。
芸が細かいと言うか、ここに書かれているメニューはお願いするとノアが持ってきてくれる。
「フルーツパフェ、パンケーキ、ジェラート…スイーツピザ?なにそれすごい」
「チョコソースのピザにバナナ、ベリー、キウイをトッピングしたわ」
「おいしそうね。あ、スカッシュって?」
「レモネードの炭酸割り」
「それもらおう!ノア!」
はーい!とエマが手を上げてノアが飛んでくる。
ノアの「かしこまりました」は完璧だ。さすが。
「お食事メニューがよければ、お父様たちの方のを見せるわね」
「え、向こうもメニューから選べるの!?」
「もちろん。ちょっと時間はかかるけど」
「うわー、わくわくしてきた!」
エマは目を輝かせて、テーブルの上に身を乗り出し、両の指を組む。
ぱっちりと華やかなアイメイクと、くっきりしたリップラインにくらくらする。
最高だわ!これぞリアルバー◯ー!
「わたくしは待ち合わせ中の御令嬢なんでしょう?ならレイラはなんなの?」
「わたくしは…」
レイラは自分の服装を見下ろす。
メイクはみんなと同じようにぱっちりお人形仕様だけれど、服はカジュアルなものだった。
足元は白いボーンサンダルで、眩しい柄物の膝丈ワンピース。背中部分が編み上げになっているが、レイラの通常スタイルとあまり変わらない。
天然石のとても大きな指輪が右手の薬指に鎮座している。ロイドが揃いで作ってくれたアクセサリーだ。
「うーん…このカフェのオーナーとかどう?」
「レイラなら本当にできそうね!」
「心機一転、リゾート地でカフェをオープンさせて、新しい人生を歩むの!」
「なんかリアルすぎて笑えないわよ」
「…だって。好きになった相手より、好きになってくれる相手を選んだ方がしあわせになれるかもしれないわ」
「まあ…」
エマと話していると、屋敷の表の方が騒がしいことに気づいた。
「なにかしら?」
様子を窺っていれば、それぞれデートを楽しんでいたカップルたちも集まってくる。
「レイラ」
「お嬢様」
「レイラ嬢」
トマ、ロイド、マルセルが、揃いも揃って恋人の肩を守るように引き寄せていて、まあ上手くいっているじゃない、とレイラはほくそ笑む。しめしめ。
「レイラ!!」
中庭に飛び込んできたのはなんとルチアーノだった。
「えっ、ルチアーノ様!!?どうして…!!」
レイラは驚いて思わず立ち上がる。
ルチアーノがこの中庭にやって来るなんて本当に久しぶりのことだ。
…以前は呼んでいなくても来てたのに。
恨みつらみが溢れそうで、レイラは慌てて顔を背けた。
「レイラ、話を…!って、これはなんの集まりなんだ?」
レイラに詰め寄ろうとしたルチアーノは、それぞれ見慣れない、それでいて豪勢な装いであることに、目をぱちぱちと瞬かせた。
「パーティーだったんだよな?これはいったい…?」
「お茶会よ」
「人形ごっこだ」
「招待されたの!」
それぞれ違う返答をされて、ルチアーノはますます混乱する。
「ていうか、侯爵夫人までいらっしゃる!」
「当たり前だよ、ここはモンタールド侯爵邸だからね」
父が母をエスコートして前に出てくる。
ちなみに「招待されたの!」がレイラ母の言葉だ。
「さて、レイラの元婚約者殿は先触れもなく突然どうしたのかな?」
威圧的なモンタールド侯爵の言葉にルチアーノは唇を噛む。
そしてばっ!と片膝をつき、敬礼の姿勢をとった。
「侯爵、今回の件はすべて私の不徳の致すところで…」
「そんなのわかってるよ」
「ぐ…っ!」
「私に何か言い訳するよりレイラに想いを伝えた方がいいんじゃないかい?そちら方の意向はレイラにも伝えているよ」
つまり、ちょっと待って!ってあれよね。
レイラはふん!と鼻息荒く腕を組む。許さないんだから。
「…レイラ…」
おずおずと振り返ったルチアーノは、レイラを改めて見て、ぱちんと目を見開いた。
「な、なによ…?」
「いやその…」
「な、なに…?なにかへん…?」
目を泳がせるルチアーノに、レイラはなにかおかしかったかしら?と顔やスカートにぱたぱたと手を当てて確かめる。
「ちが、そうじゃなくて…。もう。かわいすぎて…!」
ルチアーノは顔を両手で覆って、ふしゅうと湯気を出した。
レイラもつられて、かっ!と頬を上気させる。
「かわ…っ、え、はああ!?ルチアーノ様にそんなこと言われたことない!!」
「なっ、あるよ!いつも言ってただろ!?美しい、きれいだって!」
「いつもっていつよ!?そんなに一緒にいなかったじゃない!大体それが毎年恒例のラズベリーガーデンパーティーでのことなら、社交辞令だと思ってたわよ!」
「ラズベリーガーデンパーティー!?レイラの誕生日パーティーだろ!?」
「いっしょよ!!」
「いっしょじゃないよ!ああもう!」
突如口火を切られた二人の口喧嘩に、周囲はぽかんとするばかり。
「え、なに?レイラってば、誉められて照れて、キレた…?」
「ルチアーノ様も乗っかっちゃうの…?」
微笑みの悪魔だけが、にやにやと娘とそのパートナーのやりとりを眺めていた。
「ちょっと待って、じゃあ公爵家で毎年開いてるパーティーはなんだと思ってた?」
「クリスマスパーティーでしょ。ツリーがあったもん」
「クリスマスってなに…?」
「嘘よ。ちゃんとわかってたわ。プレゼントも贈ってたでしょ?」
「うん。だけど、レイラいつも不機嫌そうで…」
「…だって、こんなこと言いたくないけど、わたくしたち上手くいってなかったわ」
「……そうだね」
しんみりした空気が中庭に流れる。さあっと冷たい風が一陣吹き抜けた。
「レイラは」
「ルチアーノ様は」
「ぼくのことなんて」
「わたくしのことなど」
「「興味がなかったんだから」」
「え?」
「あれ?」
重なった言葉に、お互い顔を見合わせる。
―――やだ、どういうこと…?
レイラとルチアーノの瞳がぶつかる。
互いの真意を推し測るように、見つめあって。
「うわあ、なにこれ?扮装パーティー?おもしろいなあ!」
突如、不躾な声が響いた。
むっとして振り返ったレイラは、さっと表情を変える。そして。
「…レイラ?」
「きゃ、きゃああああっ!?」
彼を指を差して大きな悲鳴をあげた。
「はーい、レイラ!」
レイラに向けて笑顔で手を振るのは、あの、衛兵団の制服を着た紺色の髪の男だったから。




