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「ロイド?マリー?どこ?」



レイラは二人を探してモンタールド邸の中を駆け回る。


そしてようやく厨房でその姿を見つけた。



「お嬢様」



ロイドは淡いブルーのシャツに、シルバーのベストとズボン。磨き上げられたストレートチップがかつんと音を立てる。

くるりと簡単に結い上げられた髪はいつも同じだが。



「まあマリー、準備できていないじゃない!」



マリーはまだいつもと同じメイド服だった。

せっかく彼女のためにもドレスを用意していたのに。



「だってお嬢様、旦那様方もおられるのに行けません」


「どうして?マリーにも招待状を渡したじゃない」


「受け取りましたけど、でも…」



今回はそれぞれ装いが違うため、招待状にドレスの指示を書いて配ったのだ。


おかげで首尾よく準備が進んだと思ったのだが。



「マリー、お嬢様の命令だよ」


「っ!?」


「ロイド!それはちがうわ、命令なんかじゃないの。マリー、あなたが嫌なら無理にとは言わないわ?でもドレスは是非着てほしいわ」


「お嬢様、わたし…」



マリーはうろうろと視線を泳がせる。


彼女がなにかを不安に思っている証拠だ。レイラはちらりとロイドに目配せした。



―――それにしても。不機嫌そうな色男って絵になるわね。惜しいわ。



「っ、わかったよ…!」



ロイドは悔しそうに厨房を出て行く。



「さあマリー。これでわたくしと二人だけよ」


「オレもいるがな」


「あなたの本音を聞かせてちょうだい?」



料理長の声は無視だ、無視。



「わたし…」



マリーはぽつりと呟いた。みるみる表情に悲しみが満ちていく。



「お嬢様がルチアーノ様との婚約を破棄されたので、わたしはもうロイド様の側にはいられないんです…!」


「え、なんで?」



レイラの素の声が零れる。



「だって…、ロイド様ははじめからお嬢様が好きで、わたしは代替品なんだから…っ」


わっ!とマリーが顔を覆って泣き出してしまい、レイラは仰天する。



「えええええ?」


「はあああああ!?」



これは料理長の声じゃない。違う。



「ちょっと、ちょっとどういうこと!?マリーは私がお嬢様を好きだと思ってたのか!?」



飛び込んできたロイドだ。


まったく、ちょっと向こう行ってろと合図したのに聞いてやがったな。



ロイドに詰め寄られて、マリーはびくびくしながらもこくんと首を縦に振る。



「はああああ!?興味ないよ、こんな変人お嬢様!そりゃ製作者としては信頼も尊敬もしているけど、愛しているのはマリーだけ!」


「まあ、ロイドわたくしのこと尊敬してくれていたのね!」


「ほら!!この状況でこんなこと言うのちょっと変だからね!」



ずびし!とロイドに指を突きつけられて、レイラはむっとする。なによ。



けれどマリーは違った。くすくすとささやかな笑い声が次第に大きくなる。



「ふふっ!くすくす…!すみませんお嬢様、ロイド様にこんなことを言わせるためではなかったんですが…」


「わかっているわ、大丈夫」


「ねえちょっと!どうして先にお嬢様に謝るのかしら。誤解が解けてあなたがまず飛び込むのは私の胸でしょ?そうでしょ、マリー?」



ロイドが憤慨しながら両腕を広げる。


マリーはいまだくすくすと肩を揺らしながら、頬に残る涙の跡を拭って、その腕の中に収まった。



「だって最高のお嬢様ですもの」


「あなたはお嬢様のことを好きすぎるのよ。だから私まで疑うんだ」



ロイドはぎゅうぎゅうとマリーを抱き締めて、その髪に頬擦りしている。


まったく、らぶらぶなんだから。



「もう大丈夫ね。マリー、ドレスに着替えて中庭にきてね。ロイド、マリーの邪魔をするならわたくしと来てちょうだい」


「大丈夫、問題ないわ。マリーといる」



本当かしら。まったく信用ならないんだけど。




***

ドレスアップしたマリーが無事に中庭に現れた。


いいや、無事ではないかもしれない。

マリーはこちらが心配になってしまうくらい顔を赤くして涙目だったから。



マリーのドレスは、胸元が白いレース素材のノースリーブで、スカートはグリーン。ドレープが美しく映える。同じ色のベレー帽で気品を、天然石のブローチもいい存在感を放っている。



「素敵よ、マリー」


「ありがとうございます」



レイラはマリーとロイドをパラソルのある丸テーブルに連れて行った。


向かい合う幸せなカップルの出来上がり!

レイラは満足そうに頷いた。



「あの、お嬢様?」


「なあに?ロイド」


「これはお茶会なのよね?お嬢様がいつも開く、ゆめかわコスプレお茶会」


「ええ、そうよ」



レイラはにっこり頷く。ロイドは顔を歪めた。



「じゃあこの配置はなに?テーブルは小さいものがばらばらに置かれているし、エマ嬢は屋敷の近くで立ちっぱなしだし、イリス嬢とマルセル様はなんか離れたところでいちゃいちゃしてるし。旦那様と奥様なんてサンルームの中だわ。まともなのは私たちとトマ様たちだけ?」



矢継ぎ早に言われて、レイラはぷうと口を尖らせた。



「エマは人待ち中なの。イリスとマルセル様はリゾートに来た恋人同士。お父様とお母様はお金持ちの夫婦だからあれでいいの。リッチなレストランにお食事に来たのね。トマとリーサ、あなたとマリーは若いカップルよ。カフェでデート中なの」


「訳がわからないわ!」



吠えるロイドに、トマがどうどうと声をかける。



「よくわからないけど、レイラの中ではそういう設定みたいなんだ。ロイドさんとマリーが来るまでにオレたちはいろいろポーズをとらされたよ…」



そこへエマが近づいてきた。小道具のキャリーケースをごろごろ引きずりながら。



「今日のお茶会はお人形ごっこみたい。そう、わたくしたちがお人形よ」


「え、ええ…?」



ついに壊れたのか、とロイドがレイラを見る。



「…お人形遊びをイメージしていたの。女の子がみんな大好きな、ファッショナブルでパーフェクトなプロポーションのあのお人形よ!」


「あの、とか言われても全然わからない」



釈然としないながらも突っ込みは怠らないトマ。さすがだ。



「今日のテーブル配置は街中のカフェをイメージしているの。海の近いリゾート地がいいわね」



レイラがちらりと背後を見る。


そこには首にレイをかけて控えるノアがいた。彼はウェイターの役らしい。



「なんだあの花輪…?」


「たぶんね、レイラすごーくストレスが溜まってるみたいなの。例の件で。だから今日は気が済むまで付き合ってあげようと思って」



エマの言葉に、トマとロイドがうんうんと頷き、リーサとマリーはただ苦笑していた。

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