48
「トマ!ちょっといきなりなに!?」
「…別に。ちょっと学園の様子を見たかっただけ」
「えー!!」
馬車はまっすぐ侯爵邸へと向かう。
なおさら馬車で待ってくれていればよかったのに!とレイラは憤る。
「てっきりリーサを放課後デートに誘いにきたのかと思ったのに…」
「なにぶつぶつ言ってるんだ、レイラ」
ついたぞ、とトマが馬車の扉を開けてエスコートしてくれる。
こういうところは高得点なのになあ、とレイラはしょっぱい顔で弟を見つめた。
「…なんだよ」
「べつにー」
屋敷の中に入るとノアが待ち構えていた。
「おかえりなさいませ。お待ちですよ」
「そうか、ちょうどよかったな」
トマの先導で応接間に入れば、そこにはいつかの黒い商人がいた。
「あら、あなた…」
「お久しぶりです、お嬢様」
あれから数年。
男はますます精悍になっていたが、相変わらず愛想がない。
眼光の鋭さにたじろいだレイラは誤魔化すように口を尖らせて、向かいに腰を下ろした。
「あのときのチェーン飾りはいかがでしたか?」
「…んんっ!」
「……。では、本日の品を」
レイラの妙な咳払いで察したらしい。
男は傍らから木箱を取り出した。
―――以前、男に依頼して用意してもらったあの黄色い星のチェーン飾りは、結局ルチアーノが使用しているところを見たことはなかった。
レイラもあの青い星のネックレスはずっとしまったままになっているから、おあいこか。
「これは?」
「トマ様からレイラ嬢へ。世にもめずらしい青い花茶です」
「え、もしかして、バタフライピー!?」
レイラの言葉に、男は虚を衝かれたように目を丸くする。
「…ご存知でしたか」
「レイラはこれでいて博識なんだ」
「ええ、驚きました」
「驚かせようと思ったのにこっちが驚かされたな」
「なに言ってるのトマ!十分驚いたわよ!!」
レイラはくわっ!と木箱を覗き込む。
「青い染料ゲットじゃない!これでゆめかわいいお菓子もっといっぱいできるわよ!お茶飲んでみてもいいの?」
「もちろんです」
「マリー」
「はい、お嬢様」
マリーが淹れてくれたハーブティーはきれいな青色だった。
「うわあ、青い…」
「とても飲みやすいですよ」
「そうね、おいしいわ。でも」
ぐぬぬと微妙な顔をするトマに、平然とお茶をすする黒い男。
それを横目にレイラはマリーにレモンの輪切りを求めた。
「うふふ、やっぱりこれよね」
レイラが青いお茶にレモンを落とすと、みるみるピンク色に変わっていく。
それを見て驚いたのは、意外にも商人の男だった。
「なんと!!」
「えー知らなかったの?バタフライピーっていったらこれでしょ?魔法みたいよね」
「ええ。まさに。」
商人は魔法のお礼にすこし値引きしてくれた。
…レモン入れただけだけど。
「で、あなたこれだけのために呼ばれたの?」
お茶を飲みながら訊ねると、男とトマが顔を見合わせる。
「いやまあそうなんだけど…」
トマが言う。
「レイラ、マルセル様が店に来たとき、雇っていたお針子が衛兵団に告げ口したんじゃないか、って言ってたよな?」
「ええ、そうね」
「ロイドさんも下手な職人は雇うなって言っていただろ?」
「ええ、そうね?」
「だから」
トマの言葉を男が引き継ぐ。
「だから、レイラ嬢の店の職人を我が商会から斡旋させてくれませんか?」
「えっ?」
レイラは驚いた。
「商会だけじゃなくて派遣業まで…!?」
「派遣…?え?なんだって?」
「いやいやそういうのいいから、いまは…」
「いいえ、トマ様よくないです。新しい商売の匂いがします!」
「わかったあとで聞いとくから!話が進まない!」
前のめりになる男をどうにか押し止めるトマ。
トマは誰に対しても物怖じしないわね。さすがだわ、とレイラは青いお茶を一口飲む。
「まあでも、怠慢な職人なんて論外ですね。うちの職人たちは仕事が早いですよ。」
「そう」
「ええ。レイラ嬢には是非ご検討いただいて」
「検討なんて必要ないわ」
「と、言いますと?」
レイラは黒い商人の男を見た。
「その人たちを雇うにはどんな手続きが必要なの?」
「…いつもありがとうございます」
男はにやりと笑う。
そして。
「これぐらいのことならはじめから言えばいいのに。はい、他にもなにかご協力できることがあるはずですので、もう少しお付き合いくださいね。相談しよう。」
「…そうね。お茶のおかわりをお願い、マリー」
「かしこまりました」
その日、モンタールド侯爵家経由ではない、レイラパピヨンとレアード商会の直接契約が結ばれた。
「これからもどうぞご贔屓に」
「…くっ!なんか悔しいわ!!」




