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「複数の服飾職人から報告が上がっていてね。そのようなものが販売された形跡はないから、なにかの間違いじゃないかとも思うんだけど…。噂のこともあるし、ルチアーノも心配しているだろうから」



いつもとは違う神妙な顔で、彼は言う。



「衛兵団を引き連れても構わないけど、あまり仰々しくならないようにね。あの店はかなりの人気店なようだから」


「わかりました」


「よろしく頼む、マルセル」



そして金の髪の年若い軍人は恭しく頭を垂れた。




***

マルセルはひどく混乱していた。


若い令嬢に人気の店でいかがわしい服が売られているという情報があり、調査を命じられた。

店の持ち主はレイラ・モンタールド侯爵令嬢。

友人の婚約者であり、何度か顔をあわせたこともある。


話を聞いたときは、マルセルもなにかの間違いだろうと思った。


けれど、いまのレイラの姿はどうだ。



明らかに男物のシャツを羽織り、すらりとした長い脚は太腿までむき出しだ。恐らくなにか履いているのだろうが、マルセルにとってそれを確かめるのは恐怖そのものだった。


いつも美しく結われているラズベリー色の豊かな髪は、ゆるく束ねられているだけで、言い様のない色気が満ちている。


極めつけは彼女の爪先だ。

ぴかぴかと光る海のように深い青色は、彼女の色香をますます惹き立てていた。



「マルセル様?どうされたの?」



レイラがマルセルを見上げる。


いつの間にすぐ傍まで来ていたのか。ふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐる。


「っ!っ!!」


理性が崩壊しそうだった。



レイラはマルセルが急に店を訪れたことに驚き訝しく思ったが、彼の様子にそんなものどうでもよくなってしまった。



マルセルといえば、いつもアドリアン殿下の側で控えているだけで、喋りもしなければ表情も変わらない。


そんな男がレイラを見て、赤くなったり青くなったり。



これが楽しまないでいられるだろうか。…いや無理だ。



「お嬢様、マルセル様をいじめるのもそれくらいに…」


いまにも卒倒しそうなマルセルを憐れに思い、マリーがそっと声をかける。


助かった…と胸を撫で下ろすのも束の間。


「…っ!!?」


マルセルは吹き出しそうになった。

令嬢の可憐な侍女は、かわいらしいねこ耳のついた服を着ていたから。



「ぐ…っ!」



マルセルは呻いた。


ここにいてはダメだ。ここにいたら負ける。

一度撤退して、態勢を建て直さなければ。



マルセルは後ろ手に店のドアノブを掴んだ。



「レイラ嬢、急に訪ねてきて申し訳なかった。一度出直して…」



「レイラー?どうしたの、なにかあった?」



店の奥からぞろぞろと令嬢が出てくる。


言うまでもなく、エマ、イリス、リーサの三人だ。



「あ、マルセル様だ」



誰かがマルセルを認めて言う。

けれどマルセルは声が出なかった。


不思議な服を着たエマ、リーサ、そして極めつけはイリスだ。


レイラと同じような男物のシャツを着た彼女の胸元は、胸元は……。



「キャ―――!?」



マルセルのあげた悲鳴に、店の外がどよめく。


レイラはそうだと顔だけを外に出して、にっこりと微笑み、他の衛兵団員たちを追い返してしまった。



「見た…?見たのね?」


「も、申し訳ございません…っ!」


店に戻ったレイラが見たのは、イリスの足元にひれ伏すマルセルの姿だった。



「大変申し訳ございません、殿下…!!」


「!!?」



イリスは息を飲んだ。


エマが「あらまあ」と口許を押さえる。



「そう…。そこまで知っているなら、責任をとってもらわないとね…?」



しゃがみこんだイリスがマルセルの肩に手を乗せると、その大きな身体がぐらりと傾いだ。



「あら?」


「「マルセル様!?」」



令嬢たちがきゃあ!と騒ぐ。



マルセルは顔を真っ赤にして気を失っていた。




***

「いやあ、災難でしたね~」


「本当なにが起こったのかと思いましたよ~」


「はあ…」



ロイドとトマが笑顔でマルセルを受け入れる。マルセルは困惑気味だ。



マルセルが昏倒して、非力な令嬢たちは彼を動かす気もなく、店の床に転がしたままにしていた。


かろうじてマリーは彼の額に冷たいタオルを乗せたりもしていたが、結局彼を介抱したのは、後からやって来たロイドとトマだった。



「なにはともあれ、ようこそ変態の園へ!マルセル様!」



「ちょっとトマ、変なこと言わないでよ!」


「えええ、本当のことだろ?」


「変態ってなによ、ゆめかわいいよ!」


「いっしょだろそれ」



急にはじまった姉弟喧嘩に目をぱちくりさせるマルセル。


ちなみに寝ている間に、彼の爪は綺麗にネイルが施され、ぱっちりとしたアイメイク、華やかなグロスも塗られている。…当の本人は気づいていないが。



令嬢たちはぷくくと肩を震わせ、誰もマルセルと目を合わせようとしない。


マルセルは彼女たちが怒っているのだと思い、しゅんと大きな身体を小さく縮こまらせた。



「急に訪ねてきて、こんな騒ぎを起こして申し訳ない」



しょんぼりとした姿に、レイラが友人たちを見ると彼女たちもうんうんと頷いていた。



「大丈夫よ、マルセル様。わたくしたちは怒っていないわ」


あら、あなたの瞳ってアメジストみたいなのね。


レイラはそう言って、そっとマルセルに手鏡を渡す。マルセルはわけもわからずそれを受け取って…。



「ぎゃ―――!?」



ああうん。その方がマルセル様っぽいわ、とレイラは頷いた。

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