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「ねえ、どうかしら?おかしくない?」


「とても素敵ですわ」



くるりとドレスの裾を翻すとピンク色のヒールと白いくるぶしが覗く。



「いよいよね。わたしがんばるわ!」


「ええ、お嬢様、よろしくお願い致します。」



―――私の雪辱を、どうかお果たしくださいませ。




***

「いやだわ、入学パーティーなんて行きたくない」



馬車の窓に行儀悪く肘をついて背中を丸めるレイラに、侍女のマリーは苦笑を浮かべた。



「大丈夫ですよお嬢様、きっと素敵なご友人と出会えますから」


「…なによ。マリーだってはじめはやだやだ言ってたくせに」


「あ!またそんなむかしのことを」



きゃあきゃあと賑やかな馬車が中央学園の前で停まった。


馬車を降りると、衛兵団の制服を着た守衛がぴしりと敬礼する。



「ようこそお出でくださいました、レイラ・モンタールド侯爵令嬢。ご入学おめでとうございます」



「ありがとう。これからよろしくね」



レイラは淑女の微笑みを浮かべて、侍女マリーと学園の門をくぐる。



貴族学校と揶揄される中央学園は、元は王族のために設立されたのだという。どこもかしこも王宮にも劣らぬゴージャスな造りで、貴族が莫大な寄付金を払ってでも通いたがるのがわかる。


整然と整えられた見事な庭に点在する瀟洒なオブジェには、レイラですら感嘆して、そしてなんだかほっとした。

生粋の貴族令嬢であるレイラのどこか根っこのような部分が同調するのだ。



「とても素敵ですね」


「あら、マリーもここに通えばよかったのに」


「まだいじわる言うんですか?お嬢様」



レイラはくすくすと笑いながら、かつんかつんとヒールを響かせ、ドレスを揺らして一歩一歩優雅に進む。



薄桃色から群青に近い濃い紫へ徐々にグラデーションしていくドレスは、ロイド渾身の作だ。控えめに縫いつけられたビーズがきらりと光を反射する。


マリーに店を手伝ってもらう、と伝えたら、喜び勇んだロイドがお礼にと仕上げてくれたのだ。



―――マリー様々ね、最高だわ。



腰の後ろでは同じ色合いに染めたレースのリボンがたなびき、まるで蝶の化身のよう。

レイラのその姿は人の目をよく惹きつけた。

チラチラと送られる視線にマリーは気付いていたが、レイラ自身はまったく頓着しない。


むしろ気付いていないのでは、と思うくらい堂々としたレイラの姿にマリーは感服する。なんて見事な。



「ホールの近くでエマたちが待ってるはずよ。…ん?あれ、なんかわたくし見られてる?」



…あ、気付いてなかったんだ。



くるりと視線を巡らせたレイラは、ある一点ではっと息を飲んだ。



「マリー!見て!」


「お嬢様?どういたしました?」



レイラがこっそり指を指す方を見ると、一人の令嬢が所在なさげに俯いていた。


シンプルなドレスを着たピンク色の髪の女の子だ。



「あの子がなにか…?」


「ピンク色の髪よ!なにあれ最高、うらやましい!」



ゆめかわいすぎ!とレイラは小声ながら大興奮だ。



「お嬢様、素敵なのはわかりますが、お友達になりたいのならもう少しゆっくり…」



レイラの視線に気づいたのか、ピンク色の髪の少女がふいに視線を上げる。


目があったレイラはにっこりと笑顔を浮かべた。



令嬢らしく美しく、艶然とした――侯爵に似てどこか獰猛な、それ。



「あ、逃げられちゃった…」



少女はぴゃ!と肩を弾ませて去ってしまった。


レイラはがっかりと肩を落とす。


明らかに上位貴族なレイラに比べて、あの少女は位が低そうだった。然もありなん、とマリーは察する。


「お嬢様。今度、小動物を懐かせる方法を学んでみますか?」


「え、なぜ?」



「レイラ!マリー!」



入学パーティーの会場となる大ホールの近くで、エマとイリスと落ち合った。

ひとつ年上のリーサは在校生のため、いまここにはいない。



「今日のドレスも素敵ね、レイラ」


「イリスこそ!すごくかわいいわ」


「わたくしも今日のために仕立てていただいたわ」


「エマもいつもありがとう。とてもきれいよ」



イリスは光沢のあるミルキーブルーのドレス、エマは透け感のある布を使ったオレンジのドレスだ。

どちらもレイラパピヨンで誂えさせてもらった。



「お嬢様方、それでは私たちは使用人室に控えておりますので」


「ええ、わかったわ」



エマとイリスの侍女、それからマリーが一礼して去っていく。三人の後ろ姿がなんだか楽しそうだ。



「イリスの指輪、とっても素敵ね」


「ありがとう。家紋みたいなもので、公式のパーティーではつけていないといけないの」


「へえそうなのね」


「ねえ、ところでレイラ、いいの?…その、婚約者様のこと」


「え?」



エマに気まずそうに言われて顔を上げると、周囲には婚約者にエスコートされるカップルが何組かいた。


レイラは11歳の誕生日パーティーでルチアーノとの婚約を発表している。エマたちとはそのパーティではじめて知り合ったのだから、もちろんわかっている。


レイラのパートナーがルチアーノだということは、もう周知の事実なのだ。だからレイラの隣にルチアーノがいないことを不思議そうに見てくる者もいる。



ああ…とレイラは思った。



「いいのよ、構わないわ」



レイラとルチアーノは同い年で、同じ学園に入学するのに、そんな話題はひとつも上がらなかった。まともな会話すらしていないし、そもそも顔をあわせてもいない。



そういうことでしょう、とレイラの瞳が冷たく眇められた。

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