31
「レイラの悪い噂?はは、そういうのはルチアーノくんにどうにかしてもらいなよ」
「もう!いじわる言わないで、お父様」
お茶会で話題になった噂について父に相談したのに、軽口で返される。
むくれるレイラを見て、父はふっと相好を崩した。
「噂はともかく、レイラパピヨンの方針についてだね。私はこのまま変える必要はないと思うよ」
「え、そうなの?」
「レイラも自分が侯爵令嬢だということを忘れちゃいけないよ。貴族が貴族相手に商売してるのに、相手のペースにのせられてどうするんだい」
めっ!と指を立てられて、レイラはぱちくりと目を瞬かせる。
「己も含めて、いつだって自分本意なものだよ、貴族なんて。お互い様なんだからうまくコントロールしないとね」
「そ、そういうものなの…?」
「私だって、悪魔とか言われて思うことがないわけじゃないよ?」
でも言われたからにはやり返してやるのさ、と笑う父に、レイラは「そうね」とひきつった顔で頷く。
「まあ、待たされて文句を言うならかわいいものだよ。変にクオリティーを下げることで、後からクレームになる方が面倒だと思うな」
「たしかに」
「貴族の流行は早いから。もう少ししたら落ち着くかもしれないし、それでも需要があるなら、他の店が雨後の筍のごとく出てくるはず。どちらにしろ分散されるよ」
「なるほど!」
父の分析にレイラはふんふんと前のめりで頷いた。さすがお父様!
「いまレイラが徹底しなきゃいけないのは、侯爵の誇りと矜持を持って、誰にも負けない店にすることだよ!」
「…お父様、それが難しいのでは?」
「そうだね、がんばれ!」
てへぺろばりに星を飛ばしてウィンクされて、レイラはげっそりした。…さすがお父様。
***
店の方針は父の意見に従うとしても、やはりもう少し人手を増やした方がいいのではないか。
「予約は店頭で受けるとして、採寸もやっぱりいままで通り製作に取りかかる直前がいいと思うのよね」
年若い少女を客層にしているため、間が開くとサイズが変わっている可能性がある。そのため打ち合わせと採寸は、オーダーとは別に日程を設けていた。ここは変更できない。
「でもねえ、そうするとロイドが打ち合わせの間は店が開けられないのよね。もう一人店員がいれば、店も閉めなくていいかしら。製作ももっと進められる…?わたくしが店に立つっていう案も…」
「お嬢様、お店のこともいいですが、入学準備も進めましょうね」
「だってね、マリー」
「社交界は貴族の戦場、そして中央学園はいわばその前哨戦です!」
「マ、マリー…?」
「なめられてはいけません!侯爵の誇りと矜持を持って戦うのです!」
侍女の勢いにレイラは唖然とする。そして。
「…マリー、お父様になんか言われた?」
「はい、旦那様からアドバイスいただきました」
ああやっぱり。レイラは額を押さえた。
「まあ言わんとすることもわかるけれど…。本当に戦いにいくわけじゃないから、ほどほどでいいのよ?」
「でもお嬢様。お嬢様がこだわりのもので揃えれば、必然的にブランドの広告となるのではないですか?」
「…そうね、それもそうだわ」
レイラが好みのものを揃えれば、それはゆめかわいいものばかりになるはず。自ずとパピヨンの商品紹介となるはずだ。
「考えたらなんだか楽しくなってきたわ!」
「そうです、その調子です!お嬢様!入学式は盛大なパーティーになるそうですよ。各貴族はもちろん、今年は王子殿下もおられるので、国王陛下もいらっしゃるそうです!気合いを入れていきましょうね!」
「…あ、なんかいきなりやる気が…」
ああ、なんだか一気に気が滅入ってきた。
数年前、マリーも学校に通うのが憂鬱でナイーブになっていたときがあった。あのときマリーは、自身が中央学園に通うことはあっさりと拒否したのに。
すでに学校を卒業したマリーはあのときよりずっと強くなったようだ。…ちょっと悔しい。
レイラは口を尖らせて、そして「あ」と閃いた。
「そうだわマリー。わたくしが学校に行っている間、ロイドの手伝いをしてくれないかしら」
「え、ロイド様の…ですか?」
「そう。ロイドと一緒に店を回してほしいの!」
「え、ええええっ!?」
マリーなら、ゆめかわいいもよく理解しているし、貴族のあしらい方もわかっている。なによりロイドといっしょに過ごせば自然と距離を詰められるはず!一石三鳥!名案だわ!
ああもう、どうしてもっと早く思いつかなかったのかしら!
きらきらと目を輝かせるレイラと、あわあわと赤くなったり慌てたりと忙しいマリー。
モンタールド邸は今日も平和である。




