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夕食の後は湯浴みに向かう。
侯爵邸自慢の大きなバスルームで、侍女たちに身体を洗われ、たっぷり湯の張られた大きなタイル作りのバスタブに浸かる。母の好みで毎日なにかしら入れられているが、今日はラベンダーだった。…いい香り。
充分身体が温まったら、バスローブを羽織って部屋に戻る。
風呂上がりのヘアケアやネイルケアは昔から施されていたが、最近ではオイルマッサージも追加された。全身つるつるのぴかぴかにされる。
すべて終わる頃にはもう夜も遅い。
使用人たちに夜の挨拶をして、残るのは専属侍女のマリーだけ。
寝る前の飲み物を用意してくれるマリーと少しだけ話をする。お決まりのガールズトークだ。
「…後に残らなくてよかったわね」
ちょこちょこと動くマリーの足元を見て呟いた。
「お嬢様?」
「ううん、なんでもないわ」
ブノワトの一件で負ったマリーの足の怪我は、レイラが安静を言いつけてしばらくベッドから出さなかったことが奏したのか、無事に完治できた。
変に癖が残るような治り方をしなくてよかったと、レイラはそっと胸を撫で下ろす。
「ロイドとは順調?」
温かいハーブティーを受け取りながら訊ねると、マリーは「ぶっ!」と変な反応をした。
「お、お嬢様…!!」
「あれ?ロイドと付き合ってるんじゃないの?」
「それは、その…」
もごもごと言葉を濁すマリーに少し呆れる。
「いつまでも恋人未満じゃダメよ。それともまだノアが好き?」
マリーはくるりと目を丸くして、そして苦笑した。
「ノアのことは、たぶん、そういう意味で好きだったんじゃないと思います」
「あれ?そうなの?」
「はい。同じ年頃の頼りになる男の子というだけで、気にはなっていましたけど、いまとなっては恋とは違ったんじゃないかと…思うんです…」
頬を染めてもごもご言うマリーに、にやにやと笑みが込み上げる。
「へええ?じゃあいまは別にときめく相手がいるのね?」
「…おっ、お嬢様!いじわるです!」
「そんなことないわよー、ロイドはマリーにめろめろじゃなーい」
あ、めろめろとか言わない?古い?
きゃはきゃはとかわいい侍女の恋路を応援していると、マリーは少し切なそうな顔をして俯いた。
「でも…私、こんなうすぺったんこですし…」
「え?」
「お嬢様みたいなプリプリボディじゃないですし…」
「ええ!?そこ?悩んでるとこそこなの!?」
ていうか、そのすらりとしたところがマリーの魅力の一つだと思うんですけど!?
レイラは目を見開いた。そして呆れた。
「…大丈夫。ロイドはマリーにめろめろよ。どんなあなたでも好きだと思うわ」
***
レイラの店・パピヨンはゆめかわいいをモチーフとしているが、店内は案外シックにまとめられている。
壁紙に扉、棚、テーブルや椅子などはすべて白で統一され、床はダークブラウン。
店を訪れるどんな人(つまりゆめかわいいを知らない人や小さな子供など)でも、びっくりしないで来店できるようにと考えた。
店頭に並ぶアイテムや壁に飾られたレイラのイラストが色彩豊かなため、結局は相殺されているのだが。
最近は藤色の髪の店員が店を開けていることも増えたが、基本は不定期営業。
まず予約も取り辛い上に、運よく予約がとれてもドレスが出来上がるまで、また長い間待たないといけない。
そのくせモンタールド侯爵、いや、レイラに近しい人間は贔屓され、特別なドレスをすぐに手に入れられると噂になっているらしい。
「結構広まってるみたい、この話」
「へえ?この店も有名になったものねぇ」
「悠長なこと言ってる場合じゃないわよ、レイラ」
「そうよ、レイラのお洋服かわいいもん。みんな欲しいはずだわ」
「貴族は新しいものが好きだけど、待たされるのは嫌いだしね」
今日もレイラはエマたちを集めてお茶会をしていた。
場所はモンタールド侯爵邸ではなく、レイラパピヨンの店――の奥の部屋。
「…でもねぇ、噂もあながち間違ってないのよね」
レイラ主催のゆめかわお茶会は時折コスプレと称して、特別な装いで開かれる。普段とは違うそれらの服はレイラが趣味で用意していた。
例えば、死んだ目をしたトマをはじめ、いま全員が背負っている『妖精の羽』。
「きれいねえ、この羽」
「妖精さんになれるなんて夢みたい!」
「昔こんなカイトを持っていたわ、懐かしいわね」
順に、エマ、イリス、リーサ。
「…なんでオレまでこんな…」
「トマ様にご紹介いただいた織物で作りました。なかなか立派に仕上がりましたね」
トマ、ロイドと続く。
枠に透ける素材の布を何色もぴんと張って、ラメを使いきらきらに仕上げ、ベルトをつけて背負える形にしたものだ。なかなか大きい。
『私』の記憶では舞台衣装として使われていたと思う。
レイラの話を聞いて、ロイドがおもしろがって作った。他に注文を抱えているにも関わらず。これを贔屓と言わずに何と言おう?
「ねえ、レイラによくしてもらっているのも充分承知しているし、とっても楽しませてもらっているんだけれど、あまり噂を放置するのはよくないんじゃないかしら?」
「あら。リーサ、どうして?」
「最近学校でもね、なんだかレイラを悪く言うような話をときどき耳にするの」
「え!?」
ひとつ年上のリーサはすでに学園に通っている。
「大方、パピヨンの予約が取れなくて僻んでるだけだとは思うんだけど。でもあなたたちだって今年から学園に入学するじゃない?」
「「「…あ。」」」
「やだ、呆れた。揃って忘れてたわけ?」
ふう、とリーサは大きく息をつく。
「せっかく入学するのに、変な噂なんてあったら嫌でしょう?」
―――レイラ・モンタールド、今年で15歳になります。




