卒業後の夏休み
大学に入学して初めての夏休みになったところです。
卒業して初めて夏休みになった。今日は市内にある体育館に来て、コート一面を二時間貸し切っている。更衣室で着替え終えて軽く準備運動を始める。
(おぉーー、ゴールも綺麗だし、床もピカピカだ!)
予想以上に立派な体育館で若干興奮気味になる。手にしていたボールを置いて、腰を下ろしてバッシュをの紐を締めようとした。
「わぁーー、すごいね!」
「うん、そうでしょ!」
背後から美影と志保の二人の声が聞こえてきて、俺と同じような反応をしている。やはり二人とも同じようにテンションが高めだ。
「こんな所を借りれるとは、よく知っていたな、マジですごいよ……」
「えへへ、もっと褒めてよ!」
志保がドヤ顔をして笑っていて、懐かしい感じがする。一ヶ月前に志保から連絡があって、『試合前にみんなで体を動かそうよ』と連絡があって、ここの施設を予約してくれた。
試合とは、毎年ある高校のOB戦のことだ。そのOB戦は明日の予定で、それに合わせて美影が昨日こっちに帰ってきた。志保とはたまに大学の行き帰りに会うことがあったが、美影と会うのは、三月の終わりに見送って以来だ。現地集合だったので、まだあまり美影とは会話をしていないが、なんとなく気恥ずかしい。
「ふふふ、久しぶりだね」
「あ、あぁ、げ、元気にしていたか?」
「うん、このとおり元気だよ!」
「そ、そうか、よかった、あ、安心したよ」
美影はいつもと変わらない笑顔で話してくれるが俺は妙に緊張した返事をしてしまう。俺の返事がぎこちなく聞こえるみたいで志保が隣でクスッと笑っている。二人が並んでいる姿を見ると、部活をしていた頃を思い出した。
「あっ、気が付いたかな?」
「ははは、懐かしいな……と言っても一年前だけど」
志保が嬉しそうに笑っている。二人の格好が部活でマネージャーをしていた時の姿だった。お揃いのチームTシャツを着てバスケ部のジャージを穿いている。
「ふふふ、そうね。これを最後に着て一年以上が経つのね……」
美影はちょっとだけ寂しそうな顔をした。きっと嬉しかったことや辛かったことが甦ったのかもしれない。もちろん俺も美影とはたくさんの思い出がある。
「あれー? 二人してなに見つめ合っているのよ!」
志保の声で気が付くと俺と美影は見つめ合うようにして黙って向かい合っている状態だった。俺が慌てる素振りをすると美影は呆れるよに息を吐き、ちょっとだけ怒った顔をして志保の頭を軽く叩いている。
「もう、志保! やきもちみたいなことを言わないのよ!」
「えっ、そう来たか!!」
志保がびっくりした顔をして美影を窺うと、二人は目を合わせて吹き出すように笑い始めた。志保と美影の息のあった様子を見てやっと俺は落ち着いてきた。やっぱりこの二人は付き合いが長いだけあって息がぴったりで安心出来る。高校の三年間でもほとんど二人が揉めたりすることはなかった。
「う〜ん、それにしてもあーちゃんは遅いわね」
「そうね、絢ちゃん、まだ来てないね」
思い出したかのように二人が口を合わせて、首を傾げる。実は、絢も一緒に来ているのだ。
志保と大学の帰りに会った時に何度か絢も一緒にお茶をしたり、買い物に付き合ったりしていた。元々、絢と志保は顔見知りだったので、次第に仲良くなって俺よりも先に志保は絢を誘っていたようだ。もちろん美影が来るのも話していたみたいですぐに了承した。
「ご、ごめんね、ちょっと遅れたよ〜」
二人が話していた矢先に出入り口付近から絢の声が聞こえてきた。下に穿いているジャージは市販の物だったが、着ているTシャツはお揃いのチームの物だった。
「あれ!? どうしたの?」
「ん……、あっ、これね、みーちゃんが貸してくれたの! せっかくだからみんなお揃いがいいからね、えへへー」
ちょっとだけ大きめのシャツで、着せられて感があるが絢は嬉しそうに笑っている。見慣れた美影と志保と違い、絢はすごく新鮮な雰囲気で思わず見入ってしまう。もし絢が同じ学校でマネージャーをしていたらこんな感じだったのかと思うとなんともいえない気持ちになった。
「あぁー、こら、なにをニヤけているんだ!」
なにかを察したのか志保がムスッとした顔をして俺を睨む。相変わらず志保は勘が鋭いというかめざとい……美影は隣でくすくすと笑っている。
「べ、別にニヤけてないから……全員揃ったし、そろそろ準備運動でもするか」
拗ねた志保をまともに相手してはいけないので、受け流すように俺は一人でストレッチを始めようとして誤魔化した。
さすがの志保もちゃんと分かっているみたいで、すぐに絢を迎え入れて三人で何やら楽しそうに会話を始めた。ちょっとだけ除け者にされた俺は一人寂しくストレッチを始める。
「よしくん、ごめんね」
ストレッチを始めて間もなく絢が詫びるような声で俺の所にやってきた。美影と志保も準備運動を始めようとしていた。
「そんな気にしなくていいよ、いつもの事だ」
「う、うん……わ、私も一緒にしてもいい?」
俺が呆れたような声で答えると、絢もすぐに分かってくれたみたいだ。少しだけ不安そうな顔で絢が様子を窺っている。今まで絢と一緒にバスケをしたことはないから不安なのかもしれない。
「あぁ、いいよ」
俺の返事に嬉しそうな顔で頷いた絢は楽しそうな表情で一緒に準備運動を始めた。隣で体をゆっくりと動かして見よう見まねで準備運動を始める絢を見て俺もすごく嬉しくなった。まるでこれから一緒に部活をするような感覚になる。
ほんの少しだけあきらめた夢が叶ったような気がした。




