ひとりぼっちの夏休み ④
気が付けばもうすぐ夏休みが終わる。八月に入って絢と予備校で再会してからはほとんど毎日顔を合わしていた。集中講義が終わった以降もお互い講義がない時間は自習室で勉強をして、一日の大半を一緒に過ごしていた。もう当たり前のよう感覚になってきた。
「ねぇ……明日はどうするの?」
時計を見るもうあと一時間くらいで帰る時間だった。絢が手を止めて俺の顔を眺めている。
「どうしようかな……」
曖昧な返事をしながら俺は解きかけの問題を止めて絢に視線を向けた。明日は、予備校が休校の為に自習室が使えない、おまけに自習室が使えない時によく行っている図書館も臨時休館になっている。学校の自習室があるけど、俺と絢は違う学校なので使えない。
明日はあきらめてそれぞれ自宅で勉強をするしかないみたいだ。考えが纏まったところで絢に伝えようと口を開きかけた。
「じゃあ、私の家で一緒に勉強をしようよ!」
開きかけた口を閉じようとしたが、閉じれなくなる。絢は嬉しいそうな笑顔で口の開いた俺の顔を覗きに込む。絢の顔があまりに近いので驚いていたが、それ以上に絢の言葉に驚かされた。
「……ん、い、家、絢の家って言った⁉︎」
「うん、そうだよ……私の家」
焦っている俺に対して絢は全然落ち着いている。聞き間違いでないことを確認したが、簡単には頷けない。さすがに一人で行くのは勇気がいる。
「……ダメかな?」
迷っている俺の顔をジッと見つめて絢が切ない表情をしている。これは反則だと思いながら迷うのをやめた。
「……うん、分かった。明日は絢の家に行くよ」
「ふふふ、うん、待ってるね」
溢れるような笑顔で絢は大きく頷いた。いろいろと不安があるけど絢の笑顔を見ているとなんとかなるだろうと決めた。
翌日、約束通りの時間に絢の家の前に着いた。目の前にインターフォンがある。
(……ボタンを押すだけなのにすごく勇気がいるな……)
家の手前までは何度か来たことはあるが、改めてチャイムを押して入るのは初めてだ。でもここで迷って時間をかけているとただの変質者に間違われてしまう。覚悟を決めてチャイムを押すと拍子抜けする感じで絢が玄関から顔を出した。
「ふふふ、やっと押したね!」
俺が玄関に向かうとからかうような笑顔で絢が出迎えてくれた。
「もしかして見てたのか……」
俺が情けない声で問いかけると絢は嬉しいそうに頷いた。
「ふふっ、心配しないでいいよ。今は私以外誰もいないからね」
玄関の中に入り、扉が閉まる。絢の落ち着いた笑顔と正反対に俺は胸騒ぎがした。
「……二人きりなの?」
「うん、ちゃんとお母さんには言っているわよ。多分、もう少しで戻って来るわ」
絢の返事を聞いてほっとしたが、絢は俺の表情を見透かしたように笑みを浮かべる。
「ふふっ、何を考えてたのかな?」
からかうような笑顔で家の中に上がるように促される。俺はちょっとムスッとした顔で家の中に上がると絢の背後について部屋に案内された。
「飲み物を準備してくるから、座って待っててね」
絢の部屋に入ると真ん中にテーブルがあって座れるようになっている。俺は小さく頷き、テーブルの手前に座ると、絢は準備をする為に部屋を出て行った。絢の部屋は綺麗に片付けてあって、エアコンが効いて涼しかった。
一人取り残された俺は部屋の真ん中に座って軽く周囲を眺める。全体的には落ち着いた感じだが、可愛らしい飾りがあったり、ぬいぐるみもあったりで絢らしい部屋だ。でもあまりじろじろと見てはいけないような気がして、真っ直ぐ前を向いていた。
「あっ、あれは……」
思わず声が出てしまう。目に入ったのは、俺と絢と美影が笑顔で写っている写真だった。あの写真は春に三人で公園へ行った時のものだった。俺が絢の部屋に来ることになるとはあの時に全然予想も出来なかった。
もう一度ゆっくりと部屋を見渡すと所々に写真が飾ってあってどれも三人が楽しそうな笑顔で写っている写真だった。
(絢も美影のことを大事に思っているんだな……)
絢の優しい気持ちが伝わってきて穏やかな気持ちになった。その写真の中にひとつだけ違った雰囲気のものがあった。よく見えないので立ち上がり近くまで寄ってみる。
(あぁ、懐かしいな、小学校の頃の……)
三人がぎこちない笑顔で写っている。それぞれ幼い顔で可愛らしいが今の面影があって、思わず笑みが出てしまう。
「あれ、どうしたの?」
絢が部屋に戻ってきた。立ち上がって笑っている俺を見て不思議そうにしている。
「あぁ、この写真、懐かしいなぁって見てたんだ」
「ふふっ、そうね懐かしいね……でもこうやって十年近く経っても一緒の写真があるからすごいよね」
優しく笑って絢が俺にぴったりと寄り添うので微妙に緊張してしまう。お互いの頬が当たってしまいそうなぐらいの距離だ。予備校でも毎日、俺の側にいたけどここまで近づくことはもちろんなかった。
「そ、そろそろ準備しようかな……」
あまりにも近過ぎて焦った俺は口調がたどたどしくなってしまう。今日は何か違う気がする。
「ふふふ、もう全然くつろいでもらっていいんだよ」
「う、うん……初めてだからな……女の子の部屋に入るのは……」
俺の言葉に笑顔だった絢が意外そうな顔をして驚いてる。
「えっ、そうなの⁉︎ みーちゃんの部屋には行ったことないの?」
「うん、玄関まではあるけど、部屋に入ったことはなかったな」
「へぇ……そうなの……初めてが私の部屋なんだね、ふふっ」
絢が妙に嬉しそうな顔をしている。俺は腰を下ろしてテーブルの手前に座ると絢が反対側に座った。今までこんな風に座ることは何度もあって普段と変わらないはずなのだが、目の前に座った絢をなかなか真っ直ぐに見ることが出来なくて落ち着かない状態だった。




