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へタレ野郎とバスケットボール  作者: 束子
高校生編 三年生 部活引退
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引退 ②

「お疲れ様……終わったな」


 皆んなの元に戻ると、皓太が労うように口を開いた。悔しそうに見えたが、さっぱりとした言い方をした。


「あぁ、そうだな……ありがとう、皓太」

「なに礼なんか言っているんだ、俺も宮瀬のおかげで楽しかったぞ」


 お互い笑顔でがっちりと握手をした。皓太と一緒にバスケが出来たからこそ、ここまでこれたに違いない。

 ベンチに戻ると真っ先に美影が駆け寄ってくる。


「……ありがとう、最後のシュートはずっと忘れないよ」


 少し涙目になった美影が小さな声で寂しそうに話してきた。美影にもいろんなことが頭の中で駆け巡ったみたいだ。俺が小さく頷くと美影は勢いよくギュッと抱きついてきた。俺も少し涙腺が熱くなりかけるがグッと我慢して美影の頭を優しく撫でる。


「……これでまで本当にありがとう」


 俺が答えると美影は顔を埋めたまま小さく頷き、顔を起こす。


「うん……片付けをしないといけないね」


 美影はサッと涙を拭き、普段の表情に戻り優しく笑ってマネージャーとしての仕事に戻った。俺も自分の荷物を纏めてベンチから退出する準備を始めた。

 この後にオフィシャルの仕事があるのでまだ帰ることは出来ない。役割のない俺は観客席に移動して試合観戦をすることにした。他のチームメイトはバラバラで帰る間際に集合する予定だ。

 皓太は疲れたと言って他の場所で休むようで、長山も何処かに行って戻ってきていない。美影と志保は後輩達の手伝いがあるみたいでここにはいない。俺はポツンと一人で座って、ぼーっとアリーナを眺めていた。


「もう試合をすることはないんだよな……しばらくバスケをすることもないか……」


 一人になって何故か物寂しくなって呟いてしまう。さっきまでの感情の高まった状態から急降下したような気分だ。


「えっ、もうバスケットボールはやらないの?」


 突然、聞こえた声に慌てて反応して自分の周りを見ると絢が隣に座ろうとしていた。全く絢の存在に気が付いていなかった。


「……久しぶりだね」


 絢ともう一人誰かいるのに気がつく。声がした方向に目をやると白川が立っている。意外な人物に俺は驚きの声を上げた。


「おぉ、ど、どうしたんだ?」

「いや、最後の大会だって聞いたから久しぶりに応援に来たんだよ」

「そうか、せっかく来てくれたのに、負けてしまって、すまんな……」


 絢が応援に来始めた頃は白川の姿もよく見かけていた。その頃は絢が強引に連れて来ていたのだろう。


「そんなことないよ、結果は残念だったけど、あんなに一生懸命な姿を見たら私も頑張らないといけないって気持ちなったよ。それに……」、

「それに、ってなんだ?」


 白川が意味深な言い方をするので凄く気になる。隣の絢が慌てた様子で白川の口を押さえて塞ごうとする。


「宮瀬くんの試合を見ながら、途中から絢は泣いてるのよ。もう最後は号泣だったわ」


 絢の手を払いながら白川が笑みを浮かべている。俺は白川の話を聞いて絢の顔を窺うと、確かに目が腫れている様に見える。絢は咄嗟に顔を隠して白川に愚痴を言っている。


(そうか……そうだよな、絢もいろいろあったから思い出したんだろうな)


 俺は顔を隠している絢の頭をこれまでの感謝の意を込めて優しく撫でた。白川はいつものことのように少し呆れたような表情で微笑みながら様子を見ている。

 絢はやっと顔を上げて嬉しそうな表情になる。


「ありがとう、長い間、何度も何度も応援に来てくれて、とても力になって、嬉しかったよ。本当にありがとう」


 心からの感謝の言葉だ。


「ううん、私は応援することしか出来なかったから、私もよしくんの頑張る姿に何度も心を打たれたわ」

「そんな大袈裟な……」


 絢の最大限な賛辞に俺は恥ずかしくなり否定しようとした。そんな中で俺にだけ聞こえる小さい声で絢が呟いた。


「……本当に好きになって良かった」


 一瞬、耳を疑いそうになったが、絢は優しく微笑み俺の顔を覗き込むぐらいの勢いで見ている。


「……えっ⁉︎」

「ふふっ……」


 動揺している俺を見て絢は何事もなかったように笑っている。もちろん白川の耳には届いていないので俺と絢の様子を不思議そうな目でじっと見ている。


「あっ、あーちゃん!」


 少し離れてはいたが、すぐに声で美影だと分かった。用事が終わって俺を探していたのだろう。美影の声に気が付いた絢は立ち上がり、美影の側に寄って行く。絢と美影は抱き合うようにして声を交わすと、何か会話を始めた。

 残された俺と白川は二人の様子を眺めている。二人が何を話しているのか聞こえないが、時折笑顔が見えたりするので俺は安心した。


「ねぇ、宮瀬くん。絢との関係はどうするつもりなの?」


 白川は落ち着いた声で問い質してきた。白川の顔を見た時から質問されそうな気がしていたので慌てることはなかった。


「……変わらない、友達のままだ。もうこれからはそんなに会う機会もなくなるだろう……」


 俺も落ち着いた声で返事をした。


「……そう、それが宮瀬くんの答えだね。今の状況からするとそうなるわね」


 白川があっさりと納得した様子だ。いつものようにキツい事を言われる覚悟をしていたので拍子抜けな感じだった。


「もう勘弁してくれよ、これ以上は……」

「……そうね、最後くらいは」


 白川はため息を吐いたが微笑んでいる。多分、白川にも会う機会はなくなるのだろう。キツいことを言われる事が多かったが少し寂しくなる。美影は絢との会話が終わったみたいで、俺の隣に座ろうとしていた。


「白川さんと何を話していたの、難しそうな顔をしていたけど?」

「あぁ、いや、これが会うのは最後かなって話だよ」

「……そうなの? そんな事はないと思うよ」


 美影は驚いた表情をする。なんで美影がそう思うのか理由はよく分からない。でも当たり前のような顔をして否定している。

 俺からすると予想外の反応だった。だがここであまり追及しても白川や絢の耳に入るのは良くないのでそれ以上は何も言わなかった。

 この後、絢と白川は用事があるみたいで先に帰っていった。俺と美影はそのまま試合を見ていたが、途中で皓太が合流して美影の言葉の真相を聞きそびれてしまう。さすがにこの時ばかりは皓太が邪魔だった。

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