いつもと変わらない日々 ①
気が付けば四月も終わりに近づいていた。明日、練習試合で他校に遠征をしてその翌日は部活が休みになる。その日は以前から美影と約束していた日だ。絢とも都合がついて一緒に行くことになっている。部活が始まる前に美影がご機嫌な様子で俺に話しかけてきた。
「明後日は天気が良さそうだから楽しみだね」
「そうだな、外に出かけるにはちょうどよさそうだ」
俺も愛想良く返事をしたが、内心は悩んでいた。美影の笑顔に心がチクリと刺さる。
「でもその前に練習試合があるからね。がんばってね!」
「もちろんだ。このチームで試合が出来るのも残り少ないからな」
「ううん、そんなことないよ。インターハイの予選を全部勝てばまだまだ続くよ!」
「ははは、そうだな。その為には練習だな」
「うん、そうだね。明日の練習試合も頑張ってよ!」
美影は楽しそうに頷きながら、マネージャーとしての顔をしている。今ここに俺がいるのは美影のおかげで、美影が隣にいてくれたから続けてこられたのだ。それだけ美影の存在は大きくて、隣にいないのは考えられない。
「……ど、どうしたの……部活中だよ……そ、そんなに近くで見つめられると、さすがに恥ずかしいよ……」
「あっ、ご、ごめん……」
美影の声で我に返る。真剣な顔で美影の顔を見つめていたようだ。美影は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「痛っ⁉︎」
いきなり後頭部を叩かれる。振り返ると志保が仁王立ちをして睨んでいた。
「何やってるの練習前に……イチャつくのなら練習が終わってから、みんながいない所でやってよ!」
「な、なんだよ、別にイチャついてないぞ」
俺の言い訳に志保は呆れた顔をする。
「はぁ……もういいわ。練習を始めなさいよ。美影も準備を終わらせてね」
そう言って志保はチラッと美影を見て後輩のマネージャーと一緒に練習で練習使う用具を運び始めた。美影は少しバツの悪そうな顔をして志保の後ろについて行こうとしている。
「ご、ごめん、また後でね」
小声で謝ってきたので、俺は笑顔で頷き答えた。志保に俺の考えていた事が聞こえたのかと思った。美影だけではなく志保の存在を忘れてしまってはいけない。志保と美影の後ろ姿を見送りながら反省をしていた。
翌日、練習試合で相手の学校を訪れていた。ここでもうひとつ別の学校が来て三校での練習試合になる。三校とも実力は均衡しているのでかなりハードな練習試合になりそうだ。
最初の試合が始まると予想通りの展開だった。練習試合なので結果ではなくて内容が大事なのだが、やはりやるからには負けたくない。
公式戦とは異なり途中で何度か交代しながら進んでいくが意外と点差が開かなかった。試合も終盤に差し掛かり第四Qで時間も残りわずかで点差も二点だ。
「ここまできたら勝ちたいな……」
俺がドリブルをしながら呟くと皓太も隣で頷く。ボールを皓太にパスをして俺は右サイドのエンドに走る。
皓太は相手の動きを確認しながらパスを回している。俺もインサイドに入ろうとするが相手チームのマークがブロックしてなかなか入ることが出来ない。オフェンスの時間がなくなってきた。ここでバイオレーションで相手にボールが渡ると試合時間的に終わってしまう。
(時間がない‼︎)
長山も相手の厳しいマークにあって皓太はパスの出す所がない。
「パスをよこせ!」
皓太に声をかけるが、まだ俺は得意のゴール下まで距離がある。皓太は迷った顔をしたが、俺の必死な声に押されてパスをした。残り時間からするとゴール下に切り込むには無理がある。
(イチカバチだな)
パスを受けてフェイントで切り込むフリをして後ろに下がる。相手はフェイントに釣られて後ろに下がり、俺との距離が空く。一瞬、スリーポイントのラインを確認をして完全にノーマークになった体勢でスリーポイントシュートを放った。
瞬間、周りから驚きの声が上がる。ボールは綺麗な弧を描いてゴールに吸い込まれた。オフェンスの時間はギリギリだった。これで一気に逆転だ。ゴールが決まる瞬間にガッツポーズをする。
試合時間はほぼ残っていない。相手チームも落胆しているが、まだ試合は終わっていないので切り替えてマークにつきデフェンスをする。
俺達チームの必死のデフェンスで相手も最後は諦め気味に最後はハーフウェイラインからシュートを放つが大きく逸れると同時に試合終了のブザーが鳴り響いた。
試合終了の挨拶が終わりベンチに戻ると志保がはしゃいだ声で寄ってきた。今日は練習試合なので普段は交代でベンチにいるマネージャーが全員いる。
「さすがだね! 練習試合だというの劇的なシュートを決めるんだから」
「負けるのはイヤだからな、でもよく決まったよ」
俺自身がなによりも驚いた。滅多に試合でスリーポイントシュートはしないが、一応練習はしている。試合終了直後も皓太や長山が驚きの声をあげていた。
「ホントにすごいことするわね。美影も珍しく飛んで喜んでいたわよ」
志保はそう言いながら美影に視線を向ける。志保の鋭い視線に気が付いた美影は恥ずかしそうにしている。
「……それで美影に何か言ったのか?」
少し呆れ気味に言うと志保はニヤッと笑みを浮かべる。
「はしゃぎ過ぎだよって注意したの。ふふっ、まるで昔の私みたいにはしゃいでいたからね」
「美影がそんなにはしゃいでいたのか、珍しいな……」
普段の試合では考えられないけど、今回は練習試合なのでそこまで気が張っていないのかもしれないが何かあったのかと少し考えてしまう。
「何難しい顔をしてるの?」
志保が俺の顔を覗き込む。志保の顔が近くに寄ってきたので思わず焦ってしまう。慌てた俺を見て志保がクスッと笑っている。
(相変わらずだな志保は……でも美影のことは後でそれとなく聞いてみよう)
俺は笑っている志保の頭をポンと叩き、次の試合の為に体育館の隅に移動した。頭を叩かれて志保は少しムッとしていたが、まだ片付けをしている美影の手伝いをし始めた。




