春休みの一日 ③
翌日、部活の練習前に美影が笑顔で話しかけてきた。変に意識すると美影に怪しまれそうな気がしたので、普段どおりの会話を心がけた。
「昨日はありがとうね。短い時間だったけど楽しかったよ」
「良かった……でも最後まで相手出来なくてごめんな」
「ううん、だって仕事中だから仕方ないよ。でももう少し話したかったな……」
やはり美影は物足りない様子だった。それでも美影の笑顔を見ていると本当に楽しかったと言うのが嘘でないのが分かる。美影の笑顔を見ていると心の中の罪悪感が大きくなった。
「……それで、あーちゃんと会う約束が出来なかったのよ」
「そ、それは、残念だな」
寂しそうな顔をする美影だったが、俺は絢の話が出てきてドキッとしてしまう。顔には出ていないと思うが、かなり焦ってしまった。
「うん、でもまた今度連絡した時には会えるようにするって言ってたから、決まったら連絡するね」
「あぁ、頼むよ」
いつもと変わらないように気をつけて返事をした。この後に絢と会う約束をしているのは口が裂けても言うことが出来ない。罪悪感が更に大きくなっていった。
時間になり練習が始まった。この話題をひとまず頭から除いて練習に集中しよう。春休み中に練習試合もあるので怠けている場合ではない。部活も残りが限られている。そう思って練習に取り組んだ。
罪悪感がある一方で絢に会える楽しみが無意識の中にあるのか、練習中はかなり集中して出来た。大きなミスもなく、ボロを出すことはなかったので、周りが見ても普段と変わらないように練習を終えることが出来たに違いない。
練習の後、用事があるとかで美影は先に帰っている。帰る準備をしながら普段と同じように問題なく練習が終わったので一安心した。
(さぁ……俺も帰ったら出掛ける準備をしないといけないな)
美影が帰っているから気が緩んでしまったのか、この時はあまり罪悪感を感じていなかった。
家に帰ってから絢との約束の時間までかなり余裕があった。出掛ける準備も終わり、時計を見るとまだ家を出るには早すぎる。何故かそわそわして落ち着かない。
(なんだろうこの気持ちは……まだ早いけど出掛けるか)
待ち合わせ場所は駅前にした。近所だと顔見知りに会うかもしれない、いつもモールだと学校の知り合いに見つかる確率が高い。駅前だと人もそこそこ多いので紛れることも出来るので選んだ。
(やっぱり悪いことしているみたいだな……)
忘れかけていた罪悪感が出てくる。バス停に向かっていると卒業した中学の生徒が男女仲良く歩いていた。ふと思い出す。
(そう言えば何度か絢と一緒に帰ったことがあったな……ん、待てよ二人きりでこれまで外で会ったことは……ないな)
全く意識していなかった。美影と絢の三人で出かけた時に、絢と二人になることはあったが、最初から二人だけということはこれまでに記憶がない。中学の時も白川が一緒にいたので二人きりということはなかった。
(なんだろうな、妙な気持ちは……)
自然に笑みが浮かんでくるような嬉しい気分になっていた。ひとり妙に浮かれた気分でバスに乗り待ち合わせ場所の駅前に到着した。
時計を見るとやはり待ち合わせの時間までかなりある。このまま待ち合わせ場所に立っていても約束をすっぽかされた人みたいなりそうだ。ひとまず時間を潰すのにちょうど良さそうな場所を探す。
(う〜ん、とりあえずあそこが無難だな)
待ち合わせの場所から少し離れた所にある本屋で時間を潰すことにした。店内に入ると意外と人が多かった。雑誌のコーナーに行き、バスケ関連の本を見つけて立ち読みを始める。
読み始めて数分後、肩を叩かれる。まさか本屋の店員に注意でもされるのかと振り向くと予想外の人物だった。
「よぉ!」
「えっ⁉︎ 慎吾か、びっくりさせるなよ」
「久しぶりだな、何でそんなに驚くんだ? それになんでこんな所に一人でいるんだよ」
慎吾の問いかけに一瞬戸惑ってしまう。
「あっ、えっと、買い物に行く途中だよ」
慎吾が何か察した様子でニヤリと笑う。
「あぁ、デートか……まだあの子と続いているのか? まぁ、宮瀬なら浮気とかしなさそうだから続くよな」
「何を言っているんだ、当たり前だろう」
からかうように慎吾が笑っている。でも慎吾の言葉に心の中を鋭く刺されるような感覚になった。顔には出さないように答えるので必死だった。
「邪魔したら悪いな、またな!」
そう言って慎吾は俺の背中を軽く叩いて、店の外に出て行った。あっさりと慎吾が行ってくれたので安心する。わざわざ知り合いに会わないようにと駅前まで出て来たのに想定外だった。
(もうこれ以上誰にも会わないだろうな……)
心の中で呟いて手にしていた雑誌に目をやるが、全く内容が入ってこななかった。パラパラとページをめくりながら慎吾の言葉を思い出していた。
(浮気しないか……やっぱり俺のイメージだとそうなるよな……)
ここに着くまでの浮かれ気味だった俺は一気にトーンダウンした。あまり悩んでいると更に落ち込みそうなので、気を紛らせようと雑誌を眺めていた。視界に時計が入ると約束の時間まであと五分になっている。いつの間に時間が経っていたので、慌てて待ち合わせ場所に向かった。




