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へタレ野郎とバスケットボール  作者: 束子
高校生編 三年生 部活引退
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春休みの一日 ①

 春休みに入り数日が経った。部活はほぼ毎日ある。今日も午前中が練習だった。午後からバイトが入っているので急いで帰り支度をしていた。


「よしくん!」


 自転車置き場で帰る準備をしていると美影の呼ぶ声が聞こえた。美影も帰り支度を終わらせてこっちに向かってきている。


「どうしたの?」

「途中まで一緒に帰っていいかな?」

「うん、いいよ」


 乗ろうとしていた自転車を押しながら美影と歩き始めた。


「よしくんは、今日はバイトの日だよね」

「あぁ、帰ったらすぐに行かないといけないな」

「せっかく今日は用事がなかったのにな」


 美影は残念そうな表情で項垂れる。この最近はお互いにすれ違いばかりで一緒に帰る機会もなかった。歩いていると桜の花びらが舞ってきた。


「早いな……もう二年が経つんだよな」

「うん、よしくんと再会出来て二年になるんだよね」


 顔を上げた美影は桜の木を眺めている。学校の校門から続く桜の木は八分咲きになっていた。一年生の時に美影と同じクラスになって、今こうやって一緒に帰るようになるとは想像出来なかった。少しだけ当時のことを思い出す。


「でも美影はすぐに声をかけてきたよな、長い間会ってなかったのに……」

「そんなことないよ。私は中一の試合で見かけてからずっと気が付いていたわ。でも試合会場が一緒になった時にしか見かけることしか出来なかったけどね」


 以前、志保が同じ事を言っていたのを思い出したが、内緒にする約束だったので耳を傾けるだけにしていた。美影は思い出した様に続ける。


「でもあーちゃんは凄いよね。ずっとよしくんの試合を見に来てるから、私もあの頃それぐらい見に行っていたらもっと早く再会出来たかもしれないね」

「どうだろうな……」


 絢の名前が出てきて一瞬驚いたが、美影は気にする様子がない。ただ素直に絢のことを凄いと思っているのだろう。美影は楽しそうに話を続けていたが、俺の帰る方向の交差点に着いた。時間が有れば美影の家の近くまで行くのだが、今日は時間がない。


「あっ⁉︎ いいよここで!」


 美影が気がつき、先に声をかけてくれたので俺は頭を下げる。


「ごめんな」

「ううん……ねぇ、後でお店に行ってもいい?」


 美影が恥ずかしそうに俯き加減でお願いをする。普段のクールな表情とのギャップが激しいので俺の方が思わず照れてしまう。この表情は未だに慣れないし、反則な気がする。


「うん、いいよ」


 俺が頷いて答えると、美影は嬉しそうな笑顔になる。この笑顔は俺にしか見せることのない表情だろう。別れた後、幸せを噛みしめながら帰路に着いた。

 時間通りバイトに行く。平日の午後でピークも過ぎているのであまり忙しくなさそうだ。今日は俺以外のバイトはいない。大仏は、俺と入れ替わりで帰っているので安心だ。

 一時間ほど過ぎて、約束通り美影がやって来た。よく考えてみれば、美影が一人で来たのは初めてだ。席を案内しようと美影の側に行くと、なんとなく緊張した表情をしていた。


「硬そうな顔をしてどうしたの?」

「う、うん……だ、だいじょうぶだよ」


 無理をして笑顔を作ろうと美影がしている。普段は見ることが出来ない顔だ。変に緊張した美影を席に案内してお冷を準備した。


「どう? 落ち着いた」

「うん、久しぶりで、いつもと違ったからね……お店に入る前にもちょっとだけ迷ってたの」


 美影は恥ずかしそうに笑みを浮かべている。いつも志保や絢と一緒に来ているから気恥ずかしかったのだろう。今は店内にほとんどお客さんがいないのでゆっくりと美影の相手が出来そうだ。

 注文を聞いて一度カウンターに下がると、マスターが美影の存在に気が付いたみたいだ。


「おっ、珍しいな、彼女は一人で来たのか?」

「はい、そうですよ」

「あっ、そうだ、もう一人の彼女もこの前一人で来てたぞ」


 マスターが思い出したように話す。油断していた訳ではないが思わず大きな声が出そうになる。


「ほ、本当ですか?」

「あぁ、間違いないよ。何度も顔を見ているからな」


 自信持った顔でマスターが頷き、コーヒーを淹れる準備を始める。


(最近、絢と全然連絡を取っていないからな……)


 マスターに確認しようとしたが、店内に居た一組のお客さんが帰るみたいだ。とりあえず落ち着いて、精算をするのでレジに移動した。これで店内にいるお客さんは美影だけになった。

 暫くして、美影の頼んだコーヒが出来上がり、セットのケーキを準備して席に持って行った。すっかり落ち着いた様子の美影は、俺が行くと嬉しそうな表情に変わる。絢のことはすっかり忘れていた。


「あ、ありがとう……」

「美影はお客さんなんだから当たり前だろう」


 そう言って、美影の前の席に座った。美影は驚いた顔をする。


「えっ、あっ、いいの?」

「うん、マスターの許可は取ってるよ。ちょうど今他のお客さんがいないから」


 春の日差しが柔らかく差し込む席なので、心地良くなり寝てしまいそうだ。


「ふふっ、デートしてるみたいだね」


 驚いていた美影は上機嫌になり笑顔がいっぱいになる。この最近、彼氏らしいことが出来ていなかったので、安心して顔が緩んだ。このまま当分の間お客さんが来なければいいのになと思った。美影は美味しそうにケーキを口に運んでいる。


「やっぱりここのケーキはおいしいね」

「ははは、ありがとう、マスターが喜ぶよ」


 美影が美味しそうに食べる様子を見て俺も幸せになった。すると美影がもう一口分小さいケーキをフォークに刺して俺の方に向けようとしている。


「はい、どうぞ」


 ちょっと照れた美影が俺にケーキを食べさせようとしている。いきなりで慌ててしまう。誰も店内にいないといってもさすがに恥ずかしかった。


「もう……」


 焦っている俺を見て美影が少しムッとしている。慌てて美影の手が届く距離まで顔を出して口を開けた。俺の動きに合わせて美影がケーキを口の中に運んでくれる。


「……ありがとう」


 美影が食べさせてくれてケーキを飲み込み、照れながらお礼を言った。美影は幸せそうな笑顔をしている。些細なことだけどこんな表情をしてくれるので俺も同じように幸せを感じていた。

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