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へタレ野郎とバスケットボール  作者: 束子
高校生編 二年生 冬
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変わりゆく気持ちと約束 ⑥

 美影を見送った後、絢もここで見送るつもりだった。


「じゃあ、私も帰るね……またね」


 寂しげな顔をして絢が言うと荷物を持ち歩き始めようとしたが、その姿を見て咄嗟に手が伸びる。


「……えっ⁉︎」


 絢は驚きの声をあげて動きが止まる。


「ご、ごめん……もうちょっと一緒に歩くよ、いいかな?」


 絢の反応に焦ってしまったが、すぐに落ち着いて尋ねてみた。何故、手を伸ばして絢を制止させたのか自分でもよく分からなかった。でも絢の顔を見た時に本能的に体が動いたのだ。


「……うん、私はいいよ」


 絢も落ち着いたみたいで、柔らかい表情になっていた。ゆっくりとお互い絢の家の方向に歩き始める。普通に歩けば二十分ぐらいで着く距離だ。歩き始めて暫くは、お互い黙ったままだった。せっかく一緒に歩いているのぼんやりした気持ちでどの辺りを歩いているのか分かっていなかった。


「……どうしたの?」


 隣を歩いていた絢がなにか思い出したような顔で立ち止まった。何事なのかと辺りを見回すと中学の時に二人が通っていた塾の前だった。学校に行く方向とは逆なので最近はあまりこの前を通ることがない。


「懐かしいね……二年前は毎日ここで学校が終わった後に会ってたんだよね」

「そうだな……」

「あっ、そうだ……あの後輩の子は元気にしてる?」

「えっ、あぁ……恵里のことか、学祭の時に会っただろ、相変わらずだよ」


 何故、恵里のことを言い始めたの不思議に思っていたがすぐに思い出した。


「あの時は付き合ってもないのに、よしくんを疑ったりしたよね、ふふっ……」

「さすがに焦ったよ、あんなに苛立つ顔をした絢を見たは初めてだったからな」


 苦笑いをして答えていたが、あの時は必死に否定したのを覚えている。


「えっ、そ、そんな顔をしてたかな?」


 俺の表情を見て絢は慌てていた。


「そうだな……俺的にはかなり怯んでいたような気がするよ。普段の絢からしたらかなりの剣幕だったから」

「……そ、そんな嫉妬深く言ってたかな?」


 俺が小さく頷くと、絢は恥ずかしそうに俯いた。あの時は、絢もかなり前から気にしていたみたいだったから仕方ないのだろう。今になればいい思い出になるが、絢は違うみたいだ。

 恥ずかしさを紛らそうと絢は再び歩き始めた。黙って少し歩いていると絢の家に行く方向とは若干違う道なのに気が付いた。


「……なんでこの道なの?」


 理由が分からずに声をかけて聞いてみると絢が答えた。


「この公園……覚えてないかな?」


 絢の返事を聞いたタイミングで、ちょうど公園の前に辿り着いた。二月の寒い時期なので、公園には誰も遊んでいなくて静かだ。


「あぁ、覚えてるよ……」


 この公園は初めて絢に気持ちを伝えようとした場所で、あの日は初めて絢を誘って一緒に帰った日だった。静かなので、記憶が鮮明に蘇る。結局、最後まで告白出来ずに合格発表の日まで先延ばしにしてしまった。すれ違いが始まる原因の一つになる出来事だ。


「もしあの時によしくんの気持ちを最後まで聞いていたら今と違っていたのかな……」

「……どうだろう、違っているかもしれないな。少なくとも今のような関係にはなっていないだろう」

「……そうね」


 呟くように絢が答えた。三人の微妙な関係は絢も複雑な気持ちなのだろう。でも俺はあの日に焦って告白しなくて良かったと感じていた。


「……もしあの時に告白していたら高校に入学した後には別れていただろうな」

「……そうかもしれないね、お互いが別々の学校に行くことを気にして」


 少しキツい言い方をしたので絢の返事には驚いたが、同じ感覚だったみたいで安心した。


「再会するまでの一年間にいろんな事があったから今があるんだよな……」

「ふふっ、そうかもね」


 絢は微笑みながら何かほっとしたような顔をしていた。望んだ付き合いじゃないかもしれない、とりあえず絢はすぐ側にいる。でも絢が側にいるのは、美影の存在がある。告白していなかったから美影に会えたのだろう。今のところはこの微妙なバランスを壊さないように付き合っていくしかないみたいだ。


「そろそろ行こうか……」


 さすがにじっとしていると寒くなってきた。絢も小さく頷き、ゆっくりと歩き始めてこのまま絢の家の近くまで進んだ。


「この辺りでいいよ」

「そうだな……もう目の前まで来てしまったな」


 さすがに家の前までは恥ずかしかったのか絢は手前で立ち止まった。


「ありがとう……またね」

「……うん、今度は試合の時かな……会えるのは」


 絢は別れ難いみたいで、俯き気味に寂しげな表情していた。絢の顔を見て少し辛かったが仕方ない、すぐに学年末テストが始まって大会も近いので会える機会はないのだ。


「……そうね、でも会いに行くから心配しないでね」


 そう言うと絢は気持ちを切り替えるように顔を上げて笑顔を作った。これ以上暗くなるのも余計に寂しくなるので俺も笑顔で頷いた。ここで絢の後ろ姿を見送り、何度か振り返りながら絢は家の方向に歩いて行った。


「帰るか……」


 絢の姿も見えなくなり、ため息を吐くように呟いた。元来た道を歩き始めると、一人ぼっちになって急になんとも言えない寂しさを感じる。それだけ楽しい時間を過ごしたということだろう。でも何一つ進展していないし、解決に近づいていないのも現実だ。


(もう拗れすぎてどうしようもない状況だな……でも美影も絢も傷つける訳にはいかない)


 歩きながら空を見上げると、自分の心の中みたいに冬のどんよりとした空だった。




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