お正月とお泊まり ⑥
目が覚めたが寝ぼけているので意識ははっきりとしていない。
(……なんだろう……この違和感は……)
腕の中になにかがあるのが分かった。美影と絢に挟まれて川の字になって寝たはずだ。仰向けで眠ったはずだったが、多分寝返りを打ったみたいで絢が寝ていた側を向いている。
(ん……なんだ、この黒い……)
段々と意識がはっきりとしてきて視界も良くなってきた。
(……えっ、頭だ……この髪質は絢だな)
やっと今の状態が分かってきた。俺が横を向いた状態で絢を抱き抱えている格好になっている。俺の体の所々で絢の柔らかい体が触れているのに気がつく。
(これはヤバくない⁉︎)
とりあえず腕をなんとかしようと動かそうとした時に、絢がもぞもぞと動き始める。下を向いていた絢の顔がゆっくりと俺を探すように向くとまだ絢の目は眠っているように見えた。
(まだ完全に目が覚めてないみたい……)
ホッとした瞬間に、絢の顔が一気に近づいて軽く唇にキスされてしまった。油断していた俺は唖然としていたが、すぐに顔が熱くなった。絢はキスした後にそのまま俺の顔間近でこてんと眠っている。
(……えっと、このままではマズいな)
そう判断して俺は反対側に体の向きを変えようとしたが、何故か寝返りが出来なくて背中に柔らかい感触がする。
(……まさか、サンドイッチか)
体の向きが変えられないので、顔だけを向けると予想通りに美影が背中にピッタリと引っ付いていて肌の温度が伝わってくる。このまま強引に体の向きを変える訳にもいかず考えてみるがなにもいい案が思い浮かばない。
(仕方ないか……絢を起こそう……)
下手に動いたらまたキスされそうな距離に絢の寝顔がある。今の状況から絢を起こすために出来ることは……とりあえずは肩先を軽く何度か揺すってみた。少し反応がある。もうちょっとで目を覚ましそうになり、今度はほほを軽く突いてみるとこそばゆかったのか絢が顔を動かす。その反動で俺の顔に当たって再びキスしそうになった。やっと絢が目を開ける。始めは状況が理解出来なかったようで、きょとんした目をしていた。
「おはよう……」
俺が照れた感じで絢に聞こえるぐらいの小さい声を出すと、徐々に絢は理解してきたみたいだ。みるみる顔が真っ赤になる。俺は口元に手をやり大きな声を出さないようする。絢もすぐに理解してくれて大きな声を出さなかった。
絢は真っ赤な顔をしてぎこちなさそうに俺の体から離れていく。まだ絢の体の感触と温かさは残っている。
「……ごめんね」
俺から離れて起き上がった絢は囁くように謝ってきた。絢が移動して身動きがとれる状態にはなったが、急に動く訳にはいかない。背中側には美影が密着している。俺はゆっくりと向きを変えて、美影を離そうとすると目を覚ました。美影は状況が分からず、目を擦りながら起きあがろうとしている。
(やれやれ幸か不幸か分からないが、美影は問題なさそうだ)
俺も起き上がり、美影にも「おはよう」と声をかけた。美影は真っ赤な顔をした絢には気が付かなかったようだ。
寝起きのハプニングも落ち着いて、朝食をとると美影と絢は帰り支度を始めた。リビングや寝泊まりした部屋の掃除をして、来た時よりも綺麗になったような気がした。始めはどうなることかと不安だったけど、美影達が帰る準備をするのを見ていると少し寂しい感じがした。
「ありがとうね、こんなお正月は初めてだったよ、たくさん思い出が出来たね」
「……うん、そうね」
帰り際に美影が絢に話しかけるが、絢の返事は気の抜けた感じがする。まだ朝のことを引きずっているようで、あまり目を合わせてくれない。美影が心配そうに絢を窺っている。
「なにかあったの?」
「えっ、う、ううん、なにもないよ、みーちゃん。お正月は本当に楽しかったね!」
絢は慌てたように明るく返事をする。美影はちょっとだけ首を傾げたが、それ以上絢に深く聞くことはなかった。昼前に美影達はそれぞれの家に帰った。
その後、帰宅してきた家族にはいろいろと聞かれて大変だったが適当に誤魔化して自分の部屋に逃げていた。
その日の夜に、珍しく絢から電話がかかってきた。
「どうしたの? 忘れ物でもあったか?」
「……ううん、違うよ……」
あまり深く考えずに軽い雰囲気で電話にでると、絢は明らかに普段と違う空気だった。どちらかと言うと照れている感じがした。
「……もしかして今朝のことか?」
「……うん」
絢の雰囲気から感じ取り、俺も恥ずかしくなってきた。お互い黙ったままで無言が続いた。
「……ねぇ、私、変なことしなかった?」
かぼそ声で絢が恥ずかしそうに聞いてきた。正直に話していいのかどうか迷ってしまう。
「……寝ぼけてキスされた」
「やっぱりそうなの……かすかに記憶があるの……」
絢は驚きはしなかったが、ちょっと落ち込んだ声になる。
「……でも前の日も寝起きに絢はキスしたよね」
絢の返事を聞いて俺は確認するように言ってしまった。
「ばっ、ばか、よしくんのばか!」
いきなり絢が驚いた口調になった。怒っているのか、恥ずかしがっているのか姿が見えないのでわからない。
「……ごめん」
とりあえず謝っておくと、絢が怒っていないのは分かった。
「ううん、謝らないといけないのは私だね……」
「謝らなくても……俺は嬉しかったから……」
俺の返事に絢は少しの間黙ってしまう。マズいことを言ってしまったかと反省していると絢が甘えた口調で問いかけてきた。
「……ねぇ、二人だけの秘密だよ。絶対に‼︎」
「……分かってるよ。……言える訳ないだろう……」
「ふふふ、そうね。言わないわね、よしくんなら……」
少し嬉しそうな感じで絢が俺の返事を聞いていた。やっと普段と変わらない雰囲気になったので安心した電話を切ることが出来た。




