出会い
その人が、金色の目でこちらを見た時、私は微かに空耳を聞いた。
「おば……さま……?」
私は、どう見ても自分より年上の相手から、そんな風に呼ばれる理由は無かった。まして変性とはいえ、今の私は男に近い。だが、その人は馬を下りて観衆に混ざり、最後まで私の演技を見つめ続けていた。あの印象的な、金色の目で。
演技が終わり、観衆が去り、私が投げ銭を集めていると、その人は近づいてきて、私をじっと見つめた。
「君はどこのキャラバンの者だい?」
「キャラバンには属しておりません。病気の弟がおりますので」
私は出来るだけ丁寧に答えた。
「ふうん、病気の弟がいるのかい? 医者には診せたのかい?」
「はい。今は薬を買うためにこうしてお金を集めております」
「そうか。僕が買ってあげてもいいよ。薬」
耳を疑った。はっと我に返って見ると、気さくに話しかけてくれたその人は、豪華そうな革のスーツに身を纏い、装飾のふんだんに施されたサーコートを着ていた。
「騎士、様……?」
「うん。そうだよ。僕は騎士パージェ。ウェブル伯の甥でね、そこに見えるあの城で生活しているんだよ」
城下町、路地の向こう。壁やら柵やらを超えた先に、霞む城が見える。
「君が気に入ったんだ。弟を連れて城においでよ。僕の専属の道化師にならないかい? その前に聞くけど……」
騎士様は声を潜めた。
「……その体術を以って、人を殺めた経験はあるのかい?」
「……」
咄嗟に、答えられなかった。
私は黙り込んだ。
投げ銭を集める手が止まる。
思い出してはいけない。
豚のおじさんに買われた後、私は、貞操の危機に陥ったのだ。
夜に忍んできたおじさんを……私は……。
ロリスには話していなかった。でも、弟は悟っていた。逃げようと言ったあのタイミング。気づいていたとしか思えなかった。
「いえ……」
考えてみれば、体術を教わる前だ。なら、こう答えてもおかしくはないだろう。
偶然手が触れた花瓶で、豚のおじさんの頭部を殴りつけて逃げた、それだけだ。
「ありません……」
ぎょっとした。金色の瞳が、見透かすように私をじっと見つめていた。
「まあいいや。君の弟は何処にいるんだい? 君が僕の道化師になってくれるのなら、弟くんの面倒を見てあげようじゃないか」
騎士様は、勝手に決意されたようだった。
私は不安を感じ、断ろうとも思ったが、ロリスに薬を買ってあげられるという希望を振り払うことが出来なかった。
寒い日も雨の日も、街角でぼろ毛布に包まって耐え続けるのは、想像以上に辛かった。
お城での暮らしなんて思いがけなかったし、全然、想像もつかなかったけれど、でも。
ロリスのために、私は騎士様に、ついていくことを選んだ。




