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剣技練習

 春はゆっくりとした足取りで近付いてきた。毎日の吹雪が次第に穏やかになり、日もじわじわと長くのびていった。雪に埋もれていた木々は幾許かの枝を晒すようになり、雪の下をちょろちょろと水音がし始めている。


 凍った枝から、どさり、と雪の塊が落ちた。枝はきらきらと陽光を反射しながら宝石のように撥ね返り、もとの位置に戻る。山奥の峠道の開通までは流石にまだかかるが、近隣の『山の民』の集落を中心にした春祭りが毎年行われることになっていた。


 雪深い山奥の森、雪原の上に小さな緑が湧き出したら、春祭りの準備が始まる。



「おまーら、祭りはどうすんだよ」


 講義を終えて部屋へ戻ろうとしたクーイと、彼にべったりのパージェを、ソロスコは呼びとめた。春祭りは本来、施設行事ではない。だが、雪かきなどで荘園に貢献している学生達は、任意で参加できることになっていた。


「でも……僕は……」


 きゅ、と少年の腕にしがみついてパージェは金色の瞳を揺らした。クーイがよしよしと彼女の背を撫でる。ソロスコはむっとした。


「パージェ様は以前、お祭りにこっそり出られて、ラアニ様に酷い仕打ちをお受けになったことがあるんだよ」


 クーイの解説に、ソロスコは自分の不毛な気分を無理やり飲み込んだ。


「だ、ダイジョブだって! 春祭りは仮装パーティなんだってさ! 狩人に扮したヤツらが、猪やウサギに扮したヤツらを追っかけまわして、狩りの季節の再開を祝って、それから御馳走と歌と音楽で大騒ぎするって話だぜ? オヤジが言ってた」


「え……で、でも……」


「オレらに紛れちまえば分かんねーよ! クーイ、お前も来い! な? な?」


 半ば強引に約束を取り付けると、ソロスコは他のメンバーにも声をかけるべく去って行った。パージェを祭りに引っ張り出せそうなのでちょっと内心嬉しかった。


(姫さんがビックリするよーな仮装を用意してやらないとなっ)


 走りながらあれこれ夢想する。


(正体がバレちゃいけねーなんて燃えるじゃん? 顔がゼンブ見えなきゃいんだろ? どんなの用意したらいっかな~)


 一緒に御馳走を分け合って、一緒に踊って歌えるかもしれない、もしかしたらあの笑顔を分けて貰えるかも知れない。そう思うだけでソロスコの気持ちは舞いあがっていた。


挿絵(By みてみん)


 冬の寒さの中でも講義や学習、作業活動は続く。


 医学生達は休むことなく、日々スケジュールに追われていた。


 朝昼夜は食事の準備。調理は荘園の使用人たちがやってくれるが、配膳や片付けは施設作業だ。その後は荘園や離れの周りの雪かき。術医学基礎や基礎学習の講義。魔法や武術の学習。自由時間と湯浴みの時間を足すと、もう就寝時刻になってしまう。


 その殆ど全てに今やパージェは参加していた。クーイが参加していたからだ。


 ソロスコが攻撃魔法を学んでいる間、クーイは剣技を学んでいた。彼の愛用の剣はスモールソードだ。市民層でも一般的に使われている剣である。共に三叉のパリ―イングダガーを防御短剣として組み合わせて使っていた。


 だが、彼の剣術スタイルは武器とそぐうものでは無かった。


「クーイ!」


 教官から怒声がまた上がる。クーイは膝をついた級友の前で我に返った。


「何度言ったら分かるんだ。お前の動きは暗殺術だぞ。我々の学んでいるのは貴族様が競技に使う剣技だ。流れるような剣裁きを意識して、なるべく長く打ち合うように! フラーズ・ダルム(剣の会話)という言葉を肝に銘じてもう一度やってみろ! 相手の目や心臓を狙うな、優雅に動け!」


「はい!」


 クーイは剣を構え直した。カンカンカン、と細身の剣の打ち合う音が響く。パージェがはらはらと見ていると、劣勢に転じた途端に再びクーイの動きが変わった。級友の足元を払ってしまったのだ。そして相手の目にぴたりと剣を突き付け、又我に返る。


「クーイ!」


 怒号が響く。


「すみませんでしたっ!」


 クーイは姿勢を正し、頭を下げた。パージェは袖を噛みたい衝動に駆られた。こんな大上段に構えている大人に這いつくばらせてやりたかった。堪えるのにかなりの苦労を要した。


「パージェ様もなさってみませんか?」


 そんな内心を知ってか知らずか、いや気付いているのだろう、クーイはパージェに剣を差し出した。非力なパージェが扱い易いような細身の剣。


「パージェ様も貴族様でいらっしゃいますから、いずれは剣技を学ばれるでしょう。この機会に如何です?」


 彼女は逡巡した。が、そろそろと剣を手にした。蟲しか使ったことの無い自分にこんな重たい剣が扱えるとは思わなかった。が、大切なクーイを何度も怒鳴りつけた教官を叩きのめしてやりたい、そんな気持ちは抑え切れなかった。


 パージェはふわふわした髪を後ろに束ねあげ、防具を身に纏うと、剣を持って教官の前に進み出た。


「基礎からお教え下さい、お願いします」


 横に並んだクーイが頭を下げた。


 その場に居合わせた皆がおやと思った。髪から覗いたパージェの耳介は尖っていたのだ。それは隣に並ぶ黒衣の少年とそっくりな形をしていた。


「まずは挨拶だ。全ての基本は挨拶に始まり挨拶に終わる。お願いします、と言って頭を下げなさい」


 教官は少し動揺しながらも、それを隠してパージェに指導した。


「……お願いします」


 パージェは金色の瞳に力を込めて相手をねめつけた。


 カン! 金属音が弾けた。


 パージェは教官の腕に蟲を絡ませて自分に引き寄せ、防具の上から胸を剣で打ち抜いていた。


 どっと教官が倒れこむ。それを見て彼女は声をあげて嗤いたい衝動に駆られた。僕の大切なクーイにあんな無礼を働くからだ、と清清しい気持ちで思った。


 だが教官は起き上がり、何事もなかったように埃を払った。練習用の剣は軟らかいし、防具もあって全くダメージにはならなかったのだ。


「今のはフェアプレイとは申せませんね、パージェ様」


 教官はパージェをひと薙ぎにした。今度は彼女が大きく尻餅をつく。


「まず一通りの構えや素振りをお教えしましょう。それにパージェ様にはその、直ぐに蟲をお使いになる癖を改めて頂かないと色々と障りがございます」


 パージェは腹立たしい思いをぐっと堪えてただ唾を飲み込んだ。


「……お願いします」


 からからに涸れた声で絞り出すように呟いた。

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