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ソロスコの胸中

 静かな時間は音も無く過ぎていった。クーイは来夏の入塔試験を控えて、レポート製作に精を出していた。パージェはクーイにべったりと付き纏っていた。ゆえに術医学の講義にも参加するようになっていた。ソロスコは「お目付け役」の名目を立てて自ら、少し距離を置きつつパージェの監視に努めていた。


 ひとつ変わったことがあるとするなら、パージェの行動の変化だ。何と、彼女はあのツィック兄妹に謝罪をしたのだ。自分が未だ貴族として認められていなかったことに気付いた後。あの高飛車な姫君が、あの化け物のような残酷な彼女が、二人に頭を下げたのだ。


 現場に居合わせていたソロスコは、驚きの余り転ぶところだった。


 あのパージェ様が。


 大人も含めて誰もがそう思った。クーイと共に過ごしている時のやわらかな彼女の表情が、黒衣の少年を見つめるまなざしが、明らかに変わっていた。


 そして気付いた時、ソロスコの気持ちも変わっていた。


 最初は、クーイをパージェの魔手から守るつもりだった。クーイはオレのダチなんだかんな、と嘯いていた。だが段々、パージェ自身を意識するようになっていた。


 ……何でクーイばっか見てやがんだよ。


 賭けポーカーを断られ、ひたすらにクーイに寄りそう彼女に、胸の奥が苛々した。


 何でこっち見ねえんだよ。折角誘ってやったのによ。そんなにクーイがいいのかよ。少しは周りも見ろよ。お前、他の奴等にハブられてんだからさあ。


 苛々はどろどろした感情に変化し、ソロスコの胸の奥で渦巻いた。


 何をやらせてもそつ無くこなせるクーイに嫉妬心を感じたのは、これが初めてではなかった筈なのに。彼が戦災孤児だと知る前は嫉妬を剥き出しにしてぶつかったこともあったのに。


 調子が狂う。


 有翼族なら誰でも習うペンギン泳法をマスターした時、クーイが金槌だと知って少し優越感を覚えた。彼が魚介類が食べられないこと、見るのも苦手なことを知って、ほくそえんだこともあった。


 単純にダチなんじゃない。色々あった末に今の自分達が居るのだ。


 それをかき乱す存在。パージェ。


 クーイを奪られるのが嫌だった筈なのに、今では観客の無い道化芝居を演じている。


 少しはこっちを見ろよ、姫さん。


 タマンネエな。溜め息が今日も唇から零れ落ちる。



 パシッ! 白い鞭がソロスコの腕からトランプカードを叩き落した。


「うざいよ、君」


 しつこくポーカーに誘われてうんざりしていたパージェは徐に蟲を放っていた。だがそれが悪い癖であるとすぐに気付き、「ごめん」と小さく呟く。


 苛立った時に蟲を使う癖は一朝一夕で治るものでは無かった。無論本人も意識はしていたが、どうしてもつい咄嗟に出てしまう。パージェは頬杖をつき、溜め息を吐いた。


 誰も彼女に近寄ろうとしないのは当然だった。あのタルヴァッカの惨状を見た後でそこまで勇気を振り絞れるものなど居なかったし、そうまでしてこの姫君に関わる必要性を誰も感じなかった。


 パージェは孤独だった。傍らのクーイは分厚い本に夢中。声をかけてくる白い蝿――いや、ソロスコとか言う虫は、人の波に自分を混ぜ込もうとしている。


 誰ともつきあったことが無いのに、出来る筈がない。


 確かに、声を聞く限りは楽しそうだ。でも、それは、別の世界のお話。


 僕には関係ない。


 あたたかな陽射しに必死に背を向ける。


 僕には関係無い。


 僕はただ、クーイが本から目を上げて微笑んでくれればそれでいいんだ。


 側に居るのに、こんなに遠い。


 ああ、クーイ。君も一緒なのかい?


 伯母様と、母様と。僕が求めている手を払いのけて、本に夢中なのかい?


 寒いよ。寒い……もっと側に居て。もっと近くに。


 パージェは椅子から立ちあがると、クーイの背にもたれかかった。一瞬少年の体がびくりとする。彼は驚いたように振り返り、彼女を確認すると、にこっと微笑んで髪を撫でて囁く。


「申し訳ありません、パージェ様。今少しお待ちになって下さいね。これだけ書き上げてしまいますから」


 黒い背中が温かい。いつまでもいつまでも抱き着いていたいくらいに。それほど外は寒くて、背後は寒くて、居辛くて、本当はあたたかな誘いの声にも背を向ける。


「黙れ! トランプはやらないと言っただろう! 煩いな」


 粘り強く誘うソロスコに冷たく言い放つ。ソロスコは口を尖らせ、抱きつかれたままのクーイを睨みつけると、学友達と共に出ていった。


 僕達を二人だけにしておいてくれ。


 パージェは、きゅ、と腕に力をこめた。

 


 ――どうして、あいつなんだよ。どうして、こっちを見ないんだよ。


 オレだって姫さんのこと、こんなにシンパイしてるじゃねーか。


 大体くっつき過ぎなんだよ! ベタベタしやがって、子供みてーにさ。


 クーイは姫さんのかあちゃんじゃねーんだ。オレのダチなんだ。


 唇を噛み締める。どろどろした感情の渦が胸の奥に蟠る。


 ……オレらにもあんな笑顔、見せて欲しいのにな。あんなやさしい顔が出来るんなら、きっとオレらだって、姫さんのこと、怖がったりしねえ。姫さんをひとりにしたりしねえ。イヤ、蟲のこともあるし、近々じゃ無理かも知んねーけど、でも。


 でも、きっと分かってあげられるハズなんだ。姫さんのコドクとか。辛かったこととか。クーイの事だって、時間はかかったけど、皆、受け入れてくれたんだしよ。


 ソロスコの目に、ちょっぴりだけ涙が浮かんだ。


挿絵(By みてみん)

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