使用人たちの冬支度
集会が引けた後、いつもの配置に戻った使用人達は、夕食の支度に忙しく働いていた。
「……あたしはアプス様のお考えには反対です」
侍従のレアンは手を動かしながら呟いた。奉公に上がってまだ浅いため、田舎言葉がついつい混じってしまう。聞き手は仲のいい、同期のミリイだ。
「危ない子だから避けて通れだなんて。あたしだったら、折角同じ年頃なんだもの、暇を見ちゃパージェ様と遊んでおくれって言うとこでさぁ」
「そんなの駄目よ」
レアンの言葉にミリイは眉を寄せた。
「あの学生さん逹は、ソーレルさまの大切な『人財』ですもの。何かあったら十年前のノエル侯の事件みたいに、ゲゼントラーレア一門も首が飛んでしまうわよ」
「まさか。今度は国王陛下に逆らう訳じゃないんだから」
泥のついた芋を洗いながらレアンは肩を竦めた。
丁度十年前、この地方の有力貴族が魔法兵器を密開発して国王の内政官を客死させ、その際に二つほど人里を壊滅させたという事件があったのだ。貴族が一族まとめて処刑された後も、旧ノエル領をめぐって色々ともめごとが続き、ようやくここ数年で情勢が安定してきたところである。
「……でもさ、大旦那様のお城にも学生さん逹にお貸しする場所くらいおありの筈でしょ。わざわざここをお選びになったってのは、やっぱご自分の姪御様のことお考えになってのことだと思いますけどね」
レアンはそう言うと、洗い上がった芋の皮剥きに取り掛かった。
「そうかしら……?」
訝しげにミリイは呟いた。
「そうに決まってまさぁ」
レアンは頷くと、更に声を落とした。
「……大体、子供ってのは大勢の中で喧嘩したり遊んだりして、やっとこ人間になっていくもんでしょ?……なのにあんな風に一人ぽっち閉じ込めといてさ、お食事だって日に一度っきりをお部屋で召し上がる訳でしょ。パージェ様でなくたっておかしくなっちまうよ」
「まあね。それはそう思うわ」
ミリイは頷いた。
芋の皮を剥き、真っ白く綺麗になった芋を籠の中に放り込む作業は続く。手が芋の汁でつるつる滑る。ナイフを滑らせないように黙ったミリイに、レアンは囁いた。
「……あたし、パージェ様にお会いしたら申し上げてみまさぁ。あの子逹と遊んでみちゃあ如何ですかってね。あのまんま燻ってちゃ人間駄目になっちまうもの」
「冗談でしょ?」
ミリィは目を剥いた。芋が手を滑り落ちる。慌てて拾い上げ、芋を洗い直して、ミリイはレアンの耳元に囁いた。
「お願いだからそんなことやめて、レアン。昔、古株の侍女がちょっとパージェ様の行いが目に余るってお館様に申し上げたことがあったんですって、そしたら『平民は余計な口出しをするな』ってお館様かんかんにお怒りになって、その侍女は即解雇されたそうよ。お館様はそういうところ凄く神経質でいらっしゃるし、例えパージェ様が望まれても、平民とのおつき合いなんてお許しにならないと思うわ。それにパージェ様って、恐ろしい方だって聞いてるし……」
「あたしにゃあの子が、皆の言うほど嫌な子には見えないんでさ。あんなに細っこい体で人なんて殺せるもんですか。それに、いつ見ても優しそうに笑ってらっしゃるんだもの。皆変に怖がりすぎてんですよ。幽霊の正体見たり枯れ尾花ってね」
レアンは芋をせっせと剥きながら呟いた。恐ろしい噂は度々耳にするが、確かに二人ともそういう事実を見たことはなかった。敷地内に動物や何かの死体が転がっていた試しも一度もない。侍従が突然消えることはあるようだが……。
「……でも。わたしは不安だわ」
ミリイが呟いた。
つるりとした白い芋がまたひとつ、レアンの手から籠の中へ滑り落ちた。