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親友は戦災孤児

「クーイ! ここに居るのか? 大丈夫なのか!?」


 担架を抱えたソロスコ父子は、クーイの自室の扉を勢い良く開いた。ソロスコは講義をさぼった罰として父に頂戴したたんこぶを擦りながら、もし彼がここに居なかったらどうしよう、姫さんの部屋へは探しに行きたくねーなあと口の中で呟き、恐る恐る部屋を覗き込んだ。友人は長椅子に倒れていた。ハリー教授は少年の意識が無いと見てとるや大股で長椅子に歩み寄った。


「うおっ!? タ、タンマオヤジッ、タンマ!!」


 ソロスコは慌てふためいて父の前に回り込もうとした。眠っている時のクーイが一番怖いのだ。まず少し離れた場所から声を掛けて起こしてからでないと、何をされるか分からない。それはソロスコだけでなく父ハリー教授も知っている筈だった。だが教授はクーイの容体に気を取られていて、ついそのまま手を伸ばした。


 わっとソロスコが顔を覆った瞬間、恐れていた事態が起こっていた。たった今まで長椅子に横たわっていた少年の姿はかき消えていた。呻き声を上げて膝を折った教授の目先に細い鉄串のようなものをぴたりと突き付け、煮えるような瞳で見下ろしていた。


「ひ……ひぃっ……」


 思わずソロスコは物陰に隠れ、そこから恐る恐る顔を覗かせた。だがそこから先は彼が心配したほどのことは起こらなかった。教授は白い翼で少年の手から暗器を叩き落とし、素早く取り押さえていた。


「クーイ。驚かせてしまって本当に済まなかった。もう大丈夫だ。戦はとうに終わっているのだよ」


 振りほどこうともがくクーイを押さえつけ、ハリー教授は低い声で繰り返した。実に手慣れた感がある。父はこういう時のクーイにどう対処したらいいか知っていたのだ、とソロスコは確信した。ちぇっ、知ってたんならオレにも教えといてくれよなー。マジで苦労したんだぜ~。


「大丈夫、大丈夫だとも。もうお前をあんな目に遭わせる者は居ない、あんなことはもう二度と無いとも。今は我々がお前を護っているのだから。……勿論、そう、勿論ソーレル様もお前をお護り下さっている。もう安心して良いのだよ、クーイ。ここは安全なのだから」


 やがてクーイの体からすとんと力が抜けた。教授は彼を支えた。父親の腕の中に居る友人はいつもよりずっと小さく幼く、疲れ果てて見えた。


「……やれやれ、参ったな、まさか未だにこれが出るとは。この三年間で随分良くなったと思っていたのだが……こらっセールッ、自分だけそんな所に隠れているんじゃあないっ! こっちへ来て手を貸しなさいっ!!」


 ソロスコは慌てて物陰から躍り出た。あの暗器が掠めたのか父の太腿は横一文字に裂け、血が滲んでいた。だが教授は自分の怪我には構わず、クーイを抱き上げて担架に乗せた。ぐったりしている友人を間近にして初めて彼が今までどれほどの無理をしていたのかが染みてきた。


 視界が歪んだ。普段は彼が戦災孤児だなんて殆ど忘れていられるからこそ、何の屈託も無く喋ったり遊んだり巫山戯あったり出来るからこそ、彼が隠している傷の深さに直面すると胸が痛くなる。


「なあクーイ、あんまムチャすんなよな。オレもお前のこと出来るだけ護ってやっからさー……」


 聞こえているかどうか分からなかったが、ソロスコは小声で囁いた。それからゴシゴシと目を擦って歪んだ視界を直した。


「よし、セール、そっちを持ってくれ。処置室へ移すぞ」


 父に言われて担架を担ぎ上げ、何時の間にかあの強烈な精霊の気配が無くなっていることにソロスコは漸く気が付いた。



 クーイを運び込んでから程無くして、処置室には父を含む大人達がぞろぞろと集まって来た。そして縫合手術の必要があるとか骨折しているとか囁き合ってソロスコの不安を煽り立てた。出来ればずっと友人の側についていてやりたかったのだが、いい加減に講義へ行けと父につまみ出されてしまった。


 勿論素直に講義に出る気分にはなれ無かった。さりとて自分の部屋に戻る気にもなれず、ふて腐れたまま彼はクーイの部屋へ向かった。


「チキショー、何でぇ、オヤジのワカランチン! オレだってアイツのこと護ってやりてえのによ~……」


 毒づきながら思いっきり音を立てて扉を開けた。がらんとした無人の部屋が彼を迎えた。ぐるりと見渡すと、ワゴンに昨夜の夕食が手付かずのまま放置されている。僅かに使った形跡の残る奥の間では水を張った手桶に血のついた服が投げ込まれていた。


 ソロスコは見つけて来た外套をぽいとその辺にひっ掛けると、どさりと長椅子に身を投げ出した。半ば自棄のようにワゴンに手を伸ばし、乾いてカチカチに固まったパンを取る。ひと口齧ろうとして水気の無さにすぐに諦めた。胸の奥がそわそわして落ち着かない。クーイのために何かしてやりたいのに、何をしたら良いか思いつかない。たった一日で色んなことが大きく変わってしまった。学友タルヴァッカがパージェに襲われたあの瞬間から……。暫く無為にパンを弄んでいたが、やがて彼は指に力を入れて立ち上がり、虚空をぐっと睨みつけた。


 そうさ、やるしか無ぇよ! オレ、アイツを護ってやるんだ!!


 そのまま勢いでパージェの部屋の前まで来たものの、扉を目にした瞬間にやっと固めた決意が脆くも崩れ去り始めたのを感じた。この薄い板を隔てた向こうに気狂い姫様が居る。オ、オレは友を護るために恐ろしい竜の巣に踏み入ろうとする勇士なんだっ……と口の中で何度も何度も繰り返した。だがタルヴァッカが逆吊りにされて蟲に腕を砕かれた光景を思い出すと、ぞっと足元が凍りつく。だ……駄目だ、もう一歩も進め無い。


 逃げちまおうぜ。心の中で誰かが囁いた。やっぱ命あっての物種ってゆーじゃねーか。ヤダぜオレ、こんなトコで姫さんに殺されちめーの。まだまだしたいコトいっぱいあっし、家に帰ってかーちゃんのハンバーグまた食いてーし、それに弟もオレのこと待ってんだろーなぁ。もしオレが居なくなったらかーちゃん達泣くだろーな。つらつらと考えていると、いつの間にか爪先が回れ右をしていた。


 階段に足をかけようとしてハッと我に返った。ブンブンと強く頭を振る。そりゃーオレだって逃げてーよ、でも、クーイを護ってやるって誓ったじゃねーか! 姫さんにびしっと言ってやんなきゃなんねーんだ、例え貴族様だろーがオレのダチに酷いことしたら許さねーって。ソロスコは自分の両頬を叩いて喝を入れ、再び竜の巣へと向かった。


 ……けど、あの姫さんにそんなコト言っちまってホントにダイジョブかよ? 歩を進める毎に不安が膨らむ。姫さんすげぇ気性荒れーじゃん、オレ、即座に蟲の餌食にされちまうんじゃ……再び扉が遠のいてゆくのに気付いて自分を叱咤した。やいやい、セレイン・スーリー・ソロスコ、だらしねーぞっ!! タルヴァッカが酷い目に遭った時、クーイが姫さんの前に割って入って止めさせたの見てたじゃねーかッ!? アイツだって怖かったハズだぜ。少しはクーイを見習えよ、オレ!


 遂に扉の前で足を止めた。武者震いが翼の先まで走り抜ける。い・いざとなったら『発光』の魔法で目眩ましして、その隙に逃げりゃいーんだかんな、ダイジョブダイジョブ……口の中で何度も唱え、扉をノックすべく拳をふり上げた。ところで蟲って目、見えてんだろーか。もし蟲に目潰しが効かなかったら……うあ、やべぇ、ここで大声出しても誰も助けに来てくれねーじゃんっ!! 振り上げた拳が凍った。や・や・や・やっぱ、今度にしよう、ウンそーだ、それが良いよナ! ぎくしゃくと彼は踵を返し、扉に背を向けた。


 逃げ出そうとした当にその時、バタンと勢い良く扉が開いた。


「クーイ、君かいっ!?」


 びっしょりと濡れた何かに背後からタックルされ、ソロスコは柔らかい絨毯の上に勢い良く転倒した。一瞬何が起こったのか理解出来なかった。翼に冷たいものが走る。水滴が滑り落ちるような感触だ。


「……え……クーイ……クーイはっ……?」


 心細そうな声が間近に聞こえて、すぐに体が軽くなった。ソロスコは声の主に気付いてギョッと全身を硬直させた。恐る恐る目を上げると、思った通り彼のすぐ側に、ぽたぽたと髪から雫を滴らせながら泣きそうな瞳で左右を見回している気狂い姫様が居た。


 だが、彼女を目にした瞬間、別の衝撃が彼を襲った。


「うっ……うああああああああッ!! ひっ姫さんッ!?」


 ソロスコは咄嗟に顔を片手で覆った。


「たっ、頼むからっ、ふ・ふ・ふッ服を着ろぉぉぉ~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」


挿絵(By みてみん)


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