秋咲きの薔薇
ばたんと扉が開き、鼻をつまんだソロスコが夜の廊下に転がり出た。
「こっ……この莫迦オヤジ、ここはオレの部屋でもあんだぜ!! そんなのどっか別の部屋でやってくれよな~!!」
ゲホゲホと咳き込むと、ソロスコは部屋に向かって拳を振り回した。空気が色味を帯びて見えるほど濃厚な薔薇の香りが漂っている。部屋の中には古紙を広げ、花弁を丁寧に並べるハリー教授の姿が在った。
「おい、聞ーてんのかよ、オ~ヤ~ジ~!! こんなトコじゃ気持ち悪くて寝てらんねーだろー!! それに朝起きて全身薔薇臭くなってたらどーすんだよ!! オレぜってー変な渾名つけられちまうよ~! だってオレ羽白くて金髪で目が紺色だろ、やっぱつけるとしたら、お……『王子様』とか?……うっっげぇぇぇぇっ、い、嫌すぎるぜそんなの~っ!!」
「誰もそんな渾名はつけやせんよ、大体どう見ても『王子様』って柄では無いだろう。それに庭師殿がこうして良く乾燥させれば長く香りが保てると教えてくれたのだから、お前も騒いでいないで少し手伝いなさい」
「じっ、冗談じゃねーよー!!」
「大丈夫だ。人間の嗅覚は十分くらいで慣れるように出来ている」
「そーゆー問題じゃね~だろ!! 嫌なモンは嫌なんだよーっ!!」
涙ながらにソロスコは地団太を踏んだ。だが、泣けど叫べど父親の背中は揺るがない。
「ちくしょー、もう知らねーっ! オヤジのバッキャロー!!」
遂にソロスコは寝支度に慌ただしい廊下へと走り出した。
「くそぉ、オヤジなんか羽までピンクに染まっちまえ……ううっ」
学生達はそろそろ寝たのだろうか、次々と部屋の明りが消えてゆく。そんな中をソロスコはただ足任せに走った。階段を駆け上がり、駆け降り、込み入った廊下を曲り、やがて彼が落ち着いて涙を拭う頃には完全に闇と静寂が周囲を覆っていた。
「……ここ……何処だ?」
溜め息を全て吐き出し、我に返ったソロスコを急に心細さが襲った。絨毯を踏む自分の足音に身を縮め、彼は恐る恐る周囲を見回した。冷たい感触が背中から翼まで駆け抜ける。
離れの廊下には高価そうな彫像や家具がセンス良く並べられている。普段は目を吸いつけて止まないその美しさが、ひとりぼっちの闇の中ではこんなにも不気味に見えるなんて。
「ひゃああああ!!」
ソロスコは悲鳴を上げて再び走り始めた。




