現実
目が覚め、気付くと地平線まで続く広い花畑に私はいた。こんな綺麗なところで私はなぜ寝ていたのだろうか。そう考えたが、私は何者であるのか、これまでに何をしてきたのかという記憶は何もなかった。それに対しての悲しみや喪失感はなぜか無く、雲一つない空と綺麗な花畑に私は魅了されてしまった。そう思ったのもつかの間、線路も何もないはずであったが、目の前に一本の汽車が停車した。SLのような、私が見とれていた情景を壊すかのように現れたこの汽車が、ひどく私に不快感を植え付けた。早くどこかに行ってくれないかと思ったが、5分程度待っても停車していたために私は乗らざるを得なかった。いや、乗ってしまったと表現した方がいいだろうか。しかし乗りたくなかったわけではない。この世界を案内する何者かの使いであるかもしれないとこの汽車に対する妙な期待感もあった。
私が汽車に乗るとすぐに動き出した。私を乗せねばならないという義務が車掌にあったのだろうか…。乗客は私の他に数名いたが、特に興味もなかった為窓際の席に座り景色を眺めた。ああ、なんて綺麗な花畑だろう、このままずっと見ていても飽きないんじゃないだろうか…。そんなことを考えていると
「次はフクジュソウ駅です。」
元気がない若い男の声でアナウンスが流れた。私は降りる気になれず、この景色を終点まで見ていようかという気持ちがあった。他の乗客も同じ気持ちだったのだろうか、皆外の方を見ており、停車しても降りる者は誰一人いなかった。それはそうであろう、誰だってこの景色を永遠に見ていたいと思うに決まっている…。
フクジュソウ駅を出て数分経っただろうか、次はオダマキ駅に停車するとアナウンスが流れた。当然降りる気はない。それどころか開けた窓から入ってくる風が私に心地よい感覚をもたらした。この感覚がずっと続けば良いのにと。他の乗客もそうだろうと思い周りを見渡したが、この汽車に乗っているのは車掌と私だけになっていた。終点まで行かないなんて勿体無いと私は心の中で彼らを小馬鹿にした。こんな景色を心地よい風に吹かれながら見られないなんて可哀想とまで思った。
一人になった私は景色を見ながら、この汽車は一体どこに向かっているのだろうか、終点に着いたとして、そこで降りて何をしようか、と考えても何も思いつくことはなかった。それは途中で降りた彼らも同じではないのか、と心の中で解決しようとしたが、今ひとつ納得することができなかった。
自問自答を繰り返していると次は終点に到着するというアナウンスが流れた。どうやらイトスギという駅らしい。それを聞いた途端、この世界が何であるかということがわかったと同時に、先に降りていった乗客達はなんて賢いのだろうと思った。欲にまみれて他人を馬鹿にするなど私はなんて愚かだったのだろうか。だが乗客は私一人でよかった。この私の愚かな姿を誰にも見られたくなかったのだから…。