12 社会人がなろう作家になる話(完結)
――『それ』は第6話目の投稿を行ってから暫く経ったあと、唐突に訪れた。
明日の投稿のため、第7話を少しでも書き進めておこうと『小説家になろう』へと再度アクセスした際に、私はユーザーページの左上辺りに何か違和感を感じた。
探るまでもなく違和感の正体にはすぐに気付く。
『お知らせ欄』に見慣れぬ文字が記載されていたのだ。
そこには赤色の文字で『感想が書かれています』とのメッセージが記載されていた。
思考が一瞬停止する。
ついに、ついにこの日がやってきたのだ。
私は一刻も早く『感想』の内容を確認しようとするが――すんでのところで手を止めた。
早く確認したのはやまやまなのだが、手が動かない。
小説を書き始めてからというもの、ずっとこの瞬間を待ち望んでいたはずなのに、今私を支配している感情は『喜び』などではなく、その逆『不安』や『恐怖』といったものだった。
――怖い。
そう、私は怖いのだ。
思えば、ブックマークが増えた際は、何も考えることなく単純に喜べた。
それは、読者からブックマークを付けられるという行為が、作者にとっては『アナタの作品は面白いので今後も読んでいきます』という意思表示に感じられ、全面肯定を受けたにも等しいものだからだろう。
しかし、『感想』は違う。
『感想』はその名のとおり、読者が感じたこと、想ったことが記載される。
ネット上でのこととはいえ、人間の生の感情をぶつけられるのだということに今更ながらに気付き、これが私の感じている恐怖の正体なのだと悟った。
好意的な意見が書かれていれば良い、否定的な意見であっても『評』であれば受け入れよう。
しかし、もし悪意を持った書き込みがされていたのなら――。
私は胃のあたりがキリキリと痛むのを感じた。
深呼吸を行う。
だからといって、このまま見ないわけにもいかない。
私は意を決して、感想が書き込まれたページを、開いた――
――そしてすぐに元のページに戻った。
別にふざけているわけではない。
まずは本当に書き込みがされているのかを確認したのだ。
感想ページを開いた瞬間、『ヒィ!』とかいう声と共にブラウザバックを行ったが、嘘ではない。本当だ。
その証拠に、『シヴァ』という名前が一瞬見え――いや、シヴァさんが本当に感想を書き込んでくれていたことを確認している。
シヴァ――サンスクリット語で吉祥、つまり幸福やめでたいことを意味する。
ヒンドゥー教における主神の中の1柱であり、破壊と再生を司る。
別名ナタラージャとも呼ばれ――
ふぅ、とため息を一つ。
現実逃避はこのくらいにしておこう。
シヴァ、日本語で吉祥の意。なんとも良い名前ではないか。
もともと験を担ぐタイプであるところの私は、これを吉兆と感じた。
そして私は再び覚悟を決め、感想ページを開く。
そこには、要約すると『面白い』といった内容の感想と、『今後も期待しています』といった旨が、短いながらも記載されていた。
私はおもわず席から立ち上がる。
何故立ち上がったのかは自分でも分からない。
ともかく胸のあたりがザワザワして落ち着かないことこのうえない。
右を向いて、左を向く。
特にそこに何があるわけでもないのだが、とにかく何かしていなくては、この込み上げてくる衝動を抑えることができない。
目頭が熱くなってくる。
そろそろ限界も近い。何か、何かしなくては――。
そして私は――
パチパチパチパチ! と何故か拍手を行っていた。
その拍手は、感想をくれたシヴァさんへのものだったのか、それとも感想をもらった自分へのものだったのか、はたまたその両方か。
誰に向けてのものだったのかは分からない。
しかし、これだけは言える。
これは私が、ともすれば生まれて初めて行ったかもしれない、嘘偽りのない、心からの――拍手であった。
その拍手の音は、私以外誰もいない狭い空間の中で、暫くの間、鳴り響いていた――。
――1年後。
私は、相も変わらず投稿を行っていた。
今もおよそ二日に一度の投稿ペースを続けており、先ほど投稿したもので丁度、第200話になる。
今はチラホラと送られてくる、『200話達成おめでとう』の感想に返信を行っているところだ。
さすがにこうも長く続けていると、ブックマークの増加や感想をもらっても最初の頃のような感動はなくなってしまっていたが、やはりどれだけ慣れたとしても祝福されるというのは嬉しいものである。
いつまでも感謝の気持ちだけは忘れてしまわないよう心掛けたいものだ。
この1年の間、色んなことがあった。
一瞬ではあるが、日間ランキングの上位に食い込んだことを喜んだり、辛辣な感想をもらい、へこんだりもした。
また、店頭に並ぶのはまだ先の話だが、友人の小説の書籍化が決定したりもした。
当初は友人との才能の差を見せつけられようで嫉妬したりもしたが、今では素直に祝福できるようになって一安心といったところだ。
それよりも目下の悩み事は、自分の小説のことである。
やはりデビュー作に戦記ものを選んだのは間違いだったのか、200話も続けたというのに一向に話が終わる気配がない。
というか、まだ予定の半分も進めていない有様だった。
――まあ、そんな感じで、私はそれなりに充実した執筆生活を送っている。
思えば遠くまで来たものだ。
かつての私は、社会人であり、オタクだった。
きっかけは友人で、軽い気持ちで小説を書き始めただけのはずなのに、今ではすっかり生活の一部になってしまっている。
そう、今の私は、社会人であり、オタクでもあり、そして『なろう作家』だった。
おしまい
ご高覧いただきありがとうございました。
2017/11/24 シシド