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僕らの天欠ける感情戦線  作者: 赤猫
3/3

第三話 泣けない女の子

「……泣けない女の子? ……ごめん、ちょっと意味が……」


すると九条は、かなり気まずそうな顔をして応える。


「変な事言ってるってのは分かってる。……でもさ本当なんだ、私は……悲しくなれない」


「……それは、生まれつきそういう感情を持たなかった……そういうことか?」


「いや違う……そうじゃないんだ。正しくは感情が……無くなったんだ、ある日を境に」


「無くなるって……そんなことあるわけ――――」


「――――イルミナ流星群」


「……それ、この前俺がみんなの前で話した」


「そう、その流星群。知ってるでしょ? 最近流行のその噂」


イルミナ流星群の噂、つい最近学校の話題になったばかりなのでよく覚えている。


「イルミナ流星群を見る時に感情を表に出してはいけない、さもないとそこに住む神様からその感情を奪われる……だったかな」


「ん、大正解。実はそれさ五年前にも流行ったんだ、イルミナ流星群がもうすぐ見られるからって。まあ、あの時の私はそんな噂信じようともしなかったけど」


「一応俺も覚えてる、確かにそんな噂はあったけど。……所詮、噂は噂だろ?」


「実は私、お父さんを亡くしてるんだ……それもちょうど五年前に」


「五年前……」


「信じられないかもしれないけど、元々私は泣き虫だったんだ。小学校の時だって、些細なことでもすぐに泣き出しちゃうような、そういう子供だった」


すると九条は懐かしむように、そっと微笑む。


「でもね、泣きながら家に帰ると、いつも優しく慰めてくれるお父さんが……本当に大好きだった。ずっと一緒に居たいって、あの時は本気でそう思ってた


でもある日の夜、私はお父さんと二人でバスに乗ってた。あの時は母方の実家からお母さんだけ置いて、二人で家に帰ろうとしていた……んだったかな」


「そして帰っている途中に……あの事故が起きた……」


「あの……事故……?」


「衝突したのさ、私達が乗っていたバスが向かいから来ていたトラックとね。しかも不幸なことに、すぐ側は崖……だったんだ。それでバスはそのまま崖下に落下


……正直そこからはよく覚えていない、あまりのショックに少しの間気を失ってたから。……でも、何かがずっと私を包み込んでいた、微かに感じていたその感覚だけは覚えてる」


……それはきっと、九条のお父さんが必死に抱き寄せていたのだろう。……自分の最愛の娘を守るために。


「そしてしばらくして、私は目を覚ました。辺りは真っ暗でほとんど何も見えなかったけど、ただ苦しんでいるようなうめき声は色んなとこから聞こえてきた」


「…………」


「それから、ただの泣き虫だった私はひたすら泣いた。怖くて、寂しくて、訳も分からず、ずっと泣いてた


でもね泣いてる途中にふと気づいたの、お父さんがいないって。……だから私は必死に探した、お父さんを見つければ、いつもみたいに慰めてくれると思ったから。きっと助けてくれるって思ったから


でもね、ぐしゃぐしゃになったバスの中にお父さんはいなかった……いたのは、ひたすら苦しむ知らない人達だけで……


でもほんの数秒、月の明かりが外を照らした瞬間に倒れているお父さんを見つけた。多分、落下の衝撃で……外に投げ出されたんだと思う


私は走った、ひたすら走った、一秒でも早くお父さんの、いつもの優しい笑顔が見たかった。……そうでもしないと、恐怖で押しつぶされそうだったから


そして私は、お父さんの側でひたすら呼んだ、起きて、ねえ起きてって。起きて早く、いつもみたいに笑ってよって


そうずっと呼びかけていたら、やっと目を開けたの。……私は嬉しくて、また泣いた。するとねお父さんはいつもみたいに私の頭を撫でて、微笑んで言ったの『叶恵……愛してるよ』って


『私も……お父さんが大好きだよ』私がそう返した瞬間だった。撫でていた手は地に落ちて、お父さんは静かに目を閉じ、そして……動かなくなった。


私はまた呼びかける、呼びかけ続ける、それでも……全く反応しなくて。……私は悟った、死を理解していたから。その瞬間込み上げてきた悲しさは爆発し、私の涙となって溢れた


――――そんな時だった、涙で滲んだ夜空に沢山の光の線が走ったの。突然の未知な景色は私を圧倒し、強い悲しみと混じり合った。やがてその中の一つの光が、もの凄い速さで私に近づいてきて……体を貫いた」


「それが……イルミナ流星群?」


「多分そうだと……思う。その後は突然意識が薄れて、そこからは……何も覚えていない。次に目を覚ましたのは病室で、お母さんが泣いて抱きついてきたのを覚えてる


でもまだその時は何も感じなかった、あの星も全部夢で、ただ私は気を失っただけ、そう思っていた


違和感を覚えたのは、そう……お父さんのお葬式の日かな。周りでは沢山の人が泣いていて、特に母はもの凄く……泣いていた」


下を向いて話していた九条が僕をまっすぐと見つめ、外ではカラスたちが激しく鳴き始める。


「でもね。私には何故かわからなかったんだ……みんながどうして泣いているのか。だから言っちゃったんだ、お母さんに『どうしてみんな泣いているの?』って


するとお母さんは驚いた表情で言ったわ、『お父さんが死んだことがみんな悲しいからよ……叶恵も悲しいよね……』……そう言い私を抱くお母さんに私が言った


『悲しい……これは悲しいことなの?』って。……だって私は悲しさを感じていなかった、感じられなかったから。理解しているのに理解できなかったから……


そう言った私に怒っているような、呆れているような表情をした母は『あなたって……最低な娘ね』と言って、私を離しどこかへ行ってしまった


それからは今も、お母さんと二人で暮らしているけど、まともに口を聞くことも無くて。そうやって今に至る、そういうわけさ


だから私はあの星に悲しみを奪われて、それ以降泣けない女になった、そういうわけ。……これで私の話はおしまい」


……しばらくの間沈黙が部屋を包み込む、僕はどうにか言葉をひねり出そうとして。


「……九条……あのさ」


「あ、待って、今のは別に同情とかそういうのが欲しくて言ったんじゃないから」


そう言い、九条は笑う、どこかに寂しげな影を残して。


「いや……でも……」


上手く言葉がでてこない……頭の整理で精一杯で、気の利いた言葉が見当たらない。


「ただね、なんだかよくわからないけど、本当のあたしを……京介に知ってて欲しくなった。……ただそれだけなんだ……」


「…………うん」


結局僕は何も、何も言えなかった。


突然九条が沈黙を破るように手を叩く。


「さ、もう時間もだいぶ遅くなってきたし、早く帰らないと」


そう言い僕たちは、玄関へと向かう。そしてドアを開け、僕は道路に出る。


「じゃあ、またね。京介」


九条は僕に微笑んで手を振る。だけどまだ、その笑顔はどこか不安げで……。


「九条! 俺さ……信じるから、今日の話ちゃんと信じるから、だから……」


これが僕がひねり出した精一杯の……返事だった。


「うん……ありがと」


そう言うと、九条は家の中へと入っていった。


こうしてもどかしい気持ちを残し、勉強会は幕を閉じる。



                   *



中間テスト最終日。


無事に全部のテストを終えた僕は、部室へと向かっている。


テストの方は九条の予想がかなり当たっていたおかげで、どうにか赤点は免れそうだ。


しかしそんなことより僕は、あの日の九条のことが気になって仕方がなかった。


あの日以来、部活がテスト休みで無かったので、まだ一度も会っていない。


九条の見せた最後の笑顔、どこかにまだ何かを抱えたようなそんな笑顔。


正直まだ、僕に何が出来るのかわからないけど、でもきっと会えば……ヒントくらいは掴めるかもしれない。


そう決意し部室に到着する、深呼吸してドアを開けるとそこには……九条は居なかった。


「あ、久しぶりだね神田君」


「……テスト……どうだった?」


「……あ、ああ、テストは無事どうにかなりそうだよ。……それより、今日は九条のやつ来てないのか?」


「ああ、九条さんなら今日は体調が悪いからって帰っちゃったよ?」


「……そ、そうか。テストの出来映えでも教えてやろうかと思ってたんだけど……」


九条が来ていない、ほんとに具合が悪いのか、それともあの日のことを気にして僕を避けているのか。


どっちかわからないけど……僕がやることは一つだ。


あいつともう一度話をしよう、そうしないとお互いくすぶったままだと思うから。


「ごめん! 俺も用事思い出したから帰る!」


「え? 神田君!?」


僕は急いで階段を降り、学校を出る。


校門から周りを見渡すが、九条の姿はない。


「……まだ家にはついてないだろうし、最悪家まで押しかける!」


とにかく僕は九条家に向かって走り出す。


……あの時九条は、ただ本当の私を知っていて欲しかっただけだと言った。


でも本当にそれだけなのか? 九条は僕に伝える事で何かを得たかったんじゃないか?


それは何だ? 慰め? 同情? ……いや、何か違う気がする。


だったら……言葉? 言われる事で九条が救われるような言葉?


……わからない、普段九条が素直じゃないぶん、心が読めない。


それでも僕は……。


すると突然、僕は冷たい風を感じる。


空を見ると、いつの間にか黒い雲に覆われていた。


「……急がないと、雨まで降って来るぞ……」


そう言い、僕が曲がり角を曲がろうとしたその瞬間、誰かとぶつかりそうになる。


「――――っと、すみません! ちょっと今急いでて……って……九条?」


そこにいたのは息を切らし、焦っている様子の九条だった。


「九条、お前今日具合悪いって……」


突然九条は両手で強く僕の肩を掴む。


「はあはあ……京介頼む、力を貸してくれ」


「九条……何かあったのか?」


「金さんが……金さんがいなくなったんだ」


「金さんって、九条の家のペットの……」


「そう、繋いでたリードがいつの間にか壊れたみたいで、帰ったらいなくて……あの子元気だから、多分どこか走り回ってると思うんだけど……」


いつも冷静な九条が、かなり取り乱している。


普段から母と険悪な九条にとって、金さんはよほど大切な家族なのだろう。


「わかった、とりあえず俺もこの辺探してみるから」


「うん、お願い。見つけたらすぐに連絡して!」


そして僕らは二手に別れて走り出す。


九条の事も心配だが、今は金さんを見つけるのが先決だ。


九条に2度も大切な家族を失わせる訳にはいかない。




……あれからおそらく1時間ほどたっただろうか。


未だに金さんは見つからないし、九条から連絡も来ない。


よほど遠くまで行ったのだろうか?


金さんの元気さを体で知っている僕は、遠くまで行った事には納得がいく。


それにまだ、日が落ちるまで時間もだいぶあるし。


だからもうちょっと遠くの方まで探しに――――。


――――その瞬間、僕の横を大きなトラックが通り過ぎる。


どうしても僕はそのトラックを意識せずにはいられなかった。


理由は……トラックの正面、下の方についていた


赤黒い血の跡


……まるでついさっき、小動物でも轢いてきたかのようなそれは


僕に悪い予感をさせずにはいられない。


……し、しかし、まだそうと決まった訳ではない。


人違い……いや、動物違いかもしれない。


とにかく確認しないことには始まらない。


僕はトラックが来た方向へ急ぐ。


時々道路に落ちている小さな血痕を辿って、何かが轢かれたであろう場所へと走る。


そうして数分走りつづけたその先にいたのは……。


「……九条、それ……」


そこにいたのは地面に座り込む九条と……血まみれの何か。


近くで見ると分かる、それは犬、ゴールデンレトリバー、間違いない。


それは……金さんだった。


多分、もう息もしていない。……即死だったのだろう。


「……なあ、九条……」


九条は返事をしない。ただただ真顔で、眉一つ動かさず、金さんの亡骸をじっと見ている。


そして……そんな静寂の中、雨が降り始める。


まるで彼女の涙を代わりに流すかのように。


「……ねえ、京介……金さん動かないね」


「……うん」


「……金さん、死んでる……よね」


「……うん」


「京介、これは……悲しいことだよね」


「……うん、すごく、すごく悲しいことだ」


「……じゃあ!」


九条は突然、自分の手を額を地面に叩きつける。


「じゃあどうして! どうして私は悲しくならない!」


何度も、何度も、血が出るほどに


「金さんが、私の大事な家族が! 死んだんだぞ!」


叩きつける。


「あの時と同じだ! お父さんの葬式なのに私は泣けなくて、家族を亡くしても涙ひとつでやしなくて!」


ひたすら叩きつける。


「私は知ってる、理解してる、これはすごく悲しい事だって! なぜ、なぜ分かってるのに、全く悲しくならない!」


……彼女は悲しくならない、泣けない。


だからこそ行き場を失ったそれは、怒りとして現れ。


その矛先を、彼女は自身へと向ける。


「私はクズだ! 悲しむこともできない人でなしだ!」


「……九条、一旦落ち着こう」


「そうだよ、結局そうだ。私は、私は……最低な……娘なんだ……」


九条がこれまで以上に振りかぶる。


「こんな私なんか! 死んだ方が――――」


叩きつけれようとしたその手を


僕は掴む。


「――――離せ! 私に触れるな! こんな私は同情される資格なんて無い!」


九条は必死に抵抗する、だがこうして抑えてみてわかる。


腕は華奢で、力もたいしたことはない。


いつも強気な九条も普通の女の子なんだ。


「……九条」


「離せ、離せ離せ……離して..」


「九条、俺を殴れ」


「……はあ? あんた、何を言って」


「その拳も流している血も、全部お前の涙なんだろ? だから、俺を殴れ。お前の涙は、全部俺が受け止めるから」


僕は九条が自身の涙で傷つくのが見ていられなかった。


だからせめて、その涙を……僕に向けて欲しかった。


「馬鹿じゃないの……そんなこと出来るわけないだろ!」


「いいからやれ! 泣きたいんだろ? 悲しいんだろ? だったら来い、その涙を証明しろ!」


「――――っああああああああ!」


九条は殴る。


僕の頬を胸をひたすら、まるで殴り殺すように。


ぶつける、怒りへ変えた自身の悲しみを。


殴って、殴って、ひたすら殴って。


そして――――。


九条は俺を抱きしめる。強く強く怒りを込めて締め付ける。


「ああああ、あ、あ……」


やがて力は弱まり、ただ抱きついただけになる。


「どうだ? 収まったか?」


僕に顔をうずめて九条は答える。


「……わからない」


「そっか……あのさ九条」


俺はゆっくりと話しだす、あの時言えなかった何かを。


「俺は、俺はさ、九条はちゃんと悲しくなれる、涙を流せる女の子だって思う」


「……何言ってんの、涙なんて一つも流してなんかない」


「――――流したよ。さっきも言ったろ? その拳が血がお前の涙だって。俺はそれを全身で受け止めたんだ」


「…………」


「ちゃんと感じたよ。九条の悲しさも涙も全部」


「だからさ九条、俺は思うよ。九条のお母さんに、お父さん、そして金さんにとっても


――――九条は、最高の娘だって」


「――――っ!」


九条は小さく震える、まるで溜まった何かが溢れていくように。


「……あれ? なにこれ……」


「ん? どうしたんだ、九条」


降っていた雨はやみ、雲間から光が差し込む。


「ねえ京介、これって――――」


突如顔を上げ、九条は正面から僕を見つめる。


そこで見たのは、九条の目元に溜まる何か。


やがてそれは流れ出し、空の光と相まって……淡く輝く。


「く、九条……それって……」


それは涙……紛れもなく、九条が流した涙。


「もしかして九条、感情……戻ったのか?」


「いや違う……これは……嬉し涙……」


涙を流しながら九条は笑う。


それは以前とは違う純粋な笑顔。


「あはは……そうだ、そうだったね……


涙は、悲しくなくても出るんだ……


ふふ、五年振りだよ……こうして自分の涙を拭うのは」


彼女のその涙は、流せない涙と一緒に流れ出していった……。

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