第二話 天文部と勉強会
休日、九条家前。
……なぜ僕があいつの家の前に来ているのか、それは九条から送られて来た、ある一通のラインのせいだ。
『明日私の家に来て、家の場所は地図を送っておくから』
ここまではいい、問題はその後だ。
『あ、もし来なかったら、京介のアレを公開します。きゃ〜、学生生活終わっちゃうね(*´∇`*) んじゃ、よろしく〜』
……とりあえず俺は聞きたい。アレとはなんぞや!?
別に普段からやましい事はしていないし、弱味なんて握られた覚えはない。
だが、アレという不確かな言葉と学生生活という言葉が僕の不安を掻き立てるのだ。
さらには普段使わないくせに、顔文字とか使っている所が不気味さを倍増させる。
とりあえず僕は頭を悩ませながら、玄関のチャイムを鳴らした。
よく見ると九条家は割と綺麗な一軒家で、マンション住みの僕からしたら羨ましく感じる。
そうしてしばらく待っていると、中から階段を降りる音が聞こえ、ドアが開かれた。
「お、やっぱり京介だ、いらっしゃい」
そこにいたのは普段着を着た九条だった。
いつもの男らしい性格とは裏腹に女の子らしい服を着ていたので、不本意ながらもちょっとドキッとしてしまう。
「ん、どした? ぼーっとして」
「あ、いや、何でもない。……というか九条、何だあのふざけたラインは! アレってなんだアレって!」
「ん? ……ああ、アレね。あんなのあんたを呼ぶための嘘に決まってんじゃん」
「……は、はあ!? じ、じゃあ、学生生活が終わるってのも……」
すると九条は呆れた顔をして言う。
「嘘嘘、ぜーんぶ嘘。あんたビビリだから、あーいう事言っておけば絶対来ると思って」
「……あのなあ、別に怖くはねえけどさ、学生にとって学生生活とかいう単語は不安になるの、わかる!?」
「はいはいわかったから、とりあえず家に上がりなよ。みんなも待ってるからさ」
「ん? みんなって----」
ワンワン! ワンワン!
すると突然庭の方から何かが走って来て、そして僕を物凄い勢いで押し倒す。
その拍子に僕は、近くの柱に強く頭をぶつけた。
「ぐっ……あ、頭打ったあ……つーか、一体何が……」
僕が恐る恐る正面を見ると、そこにいたのは。
「……犬?」
「あら金さん、こいつのこと気に入ったのかな? もしそうなら見る目ないけど」
そう言うと九条は、その犬を撫で回す。
「……金さん?」
「そ、ゴールデンレトリバーだから金さん。可愛いでしょ? わたしの大切な家族だからね」
……ゴールデンだから金さんって言うのはあまりにも安直過ぎる気もするが……まあ、言うと面倒なのでやめた。
それよりも僕は、ペットと触れ合う九条に気を取られていた。
いつもは強気な顔をしている彼女だが、今は幸せそうな、柔らかい笑顔をしていたから。
こういう時、九条も一応女の子なんだなあと正直に意識してしまう。
「……どうしたの? なんか顔赤いけど」
「い、いや、なんでもねーよ」
すると満足したのか、金さんは庭の方へと走っていった。
「まあ、とにかく部屋に案内するわ、ついてきて」
「ああ、わかった。……お邪魔しまーす」
……返事はない。ご両親はいないのだろうか?
そのまま九条の後をついて階段を上がる。
部屋は二階にあるようで、入口のドアには可愛らしく「かなえの部屋」と書かれた掛札があった。
「あのさ、これ……」
「それ以上言うなら殺す」
「あ、はい、失礼しました……」
九条が部屋のドアを開ける、そこには残りの二人のメンバーも揃っていた。
「あ、おはよう、神田くん」
「……おはよう」
「なんだ二人とも来てたんだ」
「うん、私達も叶恵ちゃんにお呼ばれしたんだ」
そして僕は部屋を見渡す、内装はピンク基調で所々にぬいぐるみが点在しており、これまた可愛らしいお部屋だ。
「びっくりするよね〜、あの叶恵ちゃんがこんな可愛らしい部屋に住んでるなんて」
「ああ、なんつーか、魔王が妖精の部屋に住んでいるような驚きだ」
「う、うるさいなぁ。部屋がどうかなんて私の勝手だろう!?」
おお、顔を真っ赤にしてこれまた可愛らしい。
なんか今日一日で九条の印象が変わってしまいそうだ。
「こほん、とにかく全員揃ったところで……第一回天文部存続勉強会を始めまーす」
「……はあ? なんだって? 勉強会?」
「そ、勉強会。特にあんたのための……ね」
「私達の部活って四人しかいないでしょ? だからもし、今度の中間テストで赤点を取る人がいて、部活禁止になると色々と不味いことになるの」
「そういうこと、もし部活に出られなくなると〜」
「……天文部は廃部」
お、珍しく恵美が口を開いた。
「Yes! だからあんたが赤点取らないようにしなきゃいけない訳、わかった?」
「……はあ、この暑い日にここまで来て勉強なんてやってられないっつーの」
俺は席を立ち、ドアへと向かう。
「おい、逃げる気かてめえ!」
「いいじゃないか廃部になったって、元々皆んな無理矢理入れられたようなもんだろ?」
「……嫌だ、それは……非情に困る」
「……恵美?」
「……私にとって……天文部は……本も読みやすくて……心地いい場所だから……」
「うっ……」
「……京介は……この部……嫌い?」
いつも無表情な恵美が上目づかいでこちらを見る。
突然の可愛さに、つい心を打たれてしまった。
それに天文部は退屈しのぎになるし……別に嫌いじゃない。
むしろ、割と心地いい場所ではある。
「さあ、どうする京介? 女の子の頼みを無下にする気か?」
九条も須藤さんもこちらをニヤニヤしながら見てくる。
「……くっ、わかったよ。やればいいんだろやれば!」
僕は再び席に着く。
「それじゃ、京介にはあたしが教科書貸したげるから。さあ、始めるよ」
まあ、勉強会だかなんだか知らないが、俺の頭脳でどうにかしてみせるさ。
いつも俺を馬鹿にしてるこいつらに、目にものを見せてやる!
…………数時間後
「はあ!? あんたこんな簡単なことも知らない訳!?」
「す、すみません……」
「はい次、歴史! とりあえず私が問題出すからすぐに答えて!」
「お、おう! どんと来い!」
「第一問、江戸時代1685年に五代将軍徳川綱吉が行った動物愛護法は?」
「しょ、しょ、しょう、生涯憐れみの令!」
「違うわよ、生類よ、生類! 何よ生涯憐れみって! 一生憐れまれるのはあんただけで十分だっての!」
「そ、そこまで言わなくても……」
「じゃあ次! 第二問、1853年に黒船に乗って来航したのは?」
「そ、それは分かるぞ! ぺ、ぺ、ぺ……」
「お、ついに答えがでるか……?」
「ぺ……ペッパー……くん」
「あほか! そんな世界初の感情認識ロボットが、そんな昔にカイコクシナサイって来る訳ねーだろが!」
「はい、その通りです……」
「じゃあラスト! 第三問、794年に日本の首都だった場所は?」
「あー、えっと……」
「ほらあれだよ、鳴くよウグイス……って聞いたことあるだろ!?」
「鳴くよウグイス、鳴くよウグイス……」
「そうそう、もっと唱えて!」
「鳴くよ、鳴くよ……泣くよ……俺が」
その瞬間顔面に教科書らしきものが飛んで来た、……痛い。
「知るか、ボケ! お前これ中学生レベルだぞ!? それでよく高校入れたよな!?」
「それは……俺って瞬間記憶能力だけには自信があるからさ。高校受験はそれでどうにか……」
「ま、まあ、もうお昼過ぎたし。そろそろ休憩なんてどうかな?」
優しい須藤さんが僕に天使の手を差し伸べてくれる。
「須藤さん……、そうだよね! やっぱり頭回すには休憩って大事だよね」
僕がそう言った瞬間、激しく机が叩かれる。
「いいや、瞬間記憶能力がどうとか言う奴にはこの瞬間嫌と言うほど詰めて上げないとなあ……、お前には休憩も昼飯も無しだ!」
「そ、そんな、おらもう腹ペコでたまんな……」
「馬鹿がなんか言ったか?」
「いえ、なんでもないです!」
「じゃあ早くペンを握れ!」
「サーイエッサー!」
「あ、美緒子と恵美はご飯買ってきたら? ついでに私のも。この馬鹿の分はいらないから。」
「……性格悪いなあ、だからいつもぼっち……」
「京介くん? 何か言いました?」
「いえ! 俺に休憩なんて必要ありません!」
「あはは、じゃあ行ってくるね……」
そして美緒子と恵美は昼飯を買うために家を出て行った。
「……九条さん、俺ら二人っきりだね……ドキドキしちゃうっ」
「馬鹿は黙ってペンを動かせ」
「……はい」
くそっ、こいつに恥じらいを期待した俺が馬鹿だったよ!
結局九条のスパルタ指導は夕方まで続き、結局僕は一度も休憩することは無かった。
「もう……無理……死ぬ……」
あまりにも疲れた僕は机に突っ伏していた。
「まあ一応全教科終わったし、これで大丈夫でしょ。……多分」
「あはは、神田くんお疲れ様、頑張ったね」
「……お疲れ……京介」
ああ、二人の優しい言葉が身に染みる。罵倒され続けたせいか、普段の優しさのありがたみに気づけた気がする。
「じゃあ、そろそろ私達も帰ろっか。だいぶ遅くなってきたし」
「……うん……帰る」
二人は帰りの準備をして、先に部屋のドアを開ける。
「叶恵ちゃん、今日はありがとう。じゃあ、またね」
「……バイバイ」
「おう、またな。気をつけて帰れよ」
そして二人は手を振りながら、先に部屋を出て行ってしまった。
「んで、あんたはどーすんの? 帰るの?」
「ああ、さすがに帰るよ、このまま泊まるわけないだろ」
「え、と、泊まりなんて!? へ、変態!」
「いや、だからそんなことしねーって」
「しかもよく考えれば……今私達部屋に二人きり……」
九条は顔を赤らめて下を向いてしまった。
なんでさっきは反応しなかったくせに、今更照れてるんだこいつは。
……まあ、可愛いからいいけど。可愛いからな。
僕も帰りの準備をして、ドアへと向かう。
「あ、そうだ……」
「な、なんだよ、早く帰れよ、変態……」
「き、今日はありがとな、こんなアホに最後まで付き合ってくれて……」
「ふ、ふん、別にあんたの為じゃなくて、天文部の為だから。そこ、忘れないでよ」
うーん、素直じゃないなぁ。
「わかってるよ、それでもずっと俺につきっきりで教えてくれたんだ。だからちゃんとお礼を言わせてくれ」
「……赤点なんてとったら許さないから」
「おう、まかせとけ、俺の瞬間記憶能力にな!」
「それはもういい」
そして僕も九条も顔を見合わせて、お互い笑顔を交わす。
なんだか少しだけ九条と心が繋がった、そんな気がした。
「んじゃ、俺は帰るから……」
「待って!」
突然九条が僕の腕を掴み、引き留める。
「……どうしたんだ?」
「と、突然こんなこと聞いても……信じられないだろうけどさ……もし」
「……もし?」
一体何の話をする気だろうか、普段ははっきりとしている九条が今のようにもじもじしているのは珍しい。
やがて九条は、ふざけた様子もなく真剣な顔で話しだす。
「もし……もし私が、泣けない女の子だって言ったら……京介は信じる?」
ここまで読んで頂きありがとうございました。




