2話
「未来から来た男……」
私の事を分かってくれる人にやっと出会えたと思ったのに……。
透が意味不明の冗談を飛ばす変な男だと分かってしまったので、私はガッカリした。
「あの、私、こう見えてももう二十歳なんです。くだらない話するの止めてもらえます?」
「くだらなくないよ、本当なんだから。どうしたら信じてもらえるかな?」
「信じるも何も、人のことバカにしてるんですか?」
「してないって……、あーもう、何でそうなるかな? あ、じゃあ、証拠にあんたの事を当ててやろうか?」
透は髪をくしゃくしゃ掻き回しててから、手をポンと叩いて言った。
一週間くらい前に顔見知りになった程度の仲だというのに、この男が私の何を知っていると言うのだろう?
からかわれている事には腹が立ったが、自称「未来から来た男」が何を語り出すのか、少し興味が出てきた。
テレビに出演している胡散臭い霊能力者みたいに、きっと外見だけ見て当たり障りのない事を適当に並べるに違いない。
私は鼻で笑って、高飛車に言い返した。
「いいわよ。言ってみれば? あなたが私の何を知ってるって言うの?」
「そうだな……、まず、あんたは母子家庭で育った。本当のお父さんはあんたが小さい頃に離婚して、交通事故で亡くなってる。いじめと母親の再婚をきっかけに中学校から不登校が始まって、高校中退してからずっと引き篭もりを続けてて、自殺未遂の常習犯。今は母親と再婚相手と一緒に暮らしてる、だろ?」
涼しい顔でサラリと言った透に、私は返事ができなかった。
今日初めてまともに会話を交わしたこの男が、今まで誰にも話した事のない過去まで言い当てたのだ。
昼間っから図書館に通っているところを見れば、私が無職だって事くらいは分かるだろうけど、母子家庭だとか、自殺未遂の常習だとか、どうして分かったんだろう?
それに、私のお父さんが交通事故で亡くなってる?
物心つく前にお母さんは離婚してたから、私はお父さんを見たことがないのだ。
交通事故で亡くなったなんて、私自身も知らなかった事実だった。
まさか探偵でも雇って、私の事を調べてきたんだろうか?
でも、透が私の事を調べる理由が分からないし、ここ以外の場所で会った覚えもなかった。
「ど、どうしてそんなことまで知ってるの?」
「だから言ってるだろ。オレは未来から来た男だって。あんたの事はよく知ってる。これから先の未来のことをあんたに教えたくてきたんだ」
「来たって、どこから?」
「だから、未来からだよ」
透は目尻を下げてニッコリ笑った。
その笑顔が逆に不審で、私は思わず後退る。
「もういい加減にして! 変な冗談言うのは止めて下さい。どうして私に構うんですか? もしかして宗教の勧誘だったら、他を当たって下さい。これ以上つきまとうなら警察に通報しますよ?」
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってよ。警察はヤバいな。宗教の勧誘じゃないってば」
「警察」という言葉に、透はアタフタと両手を広げた。
その慌てっぷりに、私は合点がいった。
きっと叩けば埃が出る人に違いない。
「関わったら危険だ」と、直感した私はスタスタと先を歩き始めた。
いい年して、何が未来から来た男、よ。
声掛けるにしても、もっと気の利いた事言って欲しいわ。
憤慨しながら歩いていると、背中で透の声がした。
「明日、この図書館であんたは運命の人と出会うことになってる。そこからあんたの未来は変わる筈だ。明日、必ずここに来て、あんたと同じように左腕に傷のある男を探してくれ。いいな?」
私みたいに左腕が傷だらけの男?
運命の人より、透がどうして私の左腕の事まで知っているのか、そっちの方にびっくりして、私は思わず立ち止まった。
背中に透の視線を感じたけど、私はそのまま振り返ることなく、猛ダッシュで走り出した。
透の得体の知れない不気味さと、これから今までとは違う何かが起こりそうな奇妙な期待感が、私の心をどうしようもなく掻き乱していた。